龍神の聖母-24
突如現れた男、ライオネルに対する魔術師達の反応は、迅速の一言に尽きた。
俺に対する牽制として放たれた『神の鎖』に対応している間に、魔術師達は攻撃の矛先をライオネルに変え、『神の火』を放った。猛烈な勢いで燃え上がる紫色の豪炎はあっという間にライオネルを呑み込み、焼きつくした。
かに見えた。
「無駄です」
声は、『神の鎖』を引きちぎった俺のすぐ横から聞こえてきた。
最初からそこに居たかのように、ライオネルは俺からほんの1メートルも離れていないような位置に佇んでいた。もちろん火傷はおろか、焦げ跡一つ無い状態で、だ。
起きた現象には必ず理由があり、その理由を解析する能力こそが魔術師の肝だ。
ライオネル・メリオール。こいつはそう名乗った。俺がつい先刻激闘を繰り広げた男と、同じ名字だ。
レオナルド・メリオールは、空間移動魔術を使用していた。ならば、その血縁と推定されるこの男にも、同質の力があったとしても不思議なことは無い。
敵か、味方か。
問題はそこだ。
「タカス・ハルト。私との共闘は気が進まないでしょうが、私情は抜きにして協力を」
「信用出来ない」
「でしたら、こうしましょう」
そう言うとライオネルは、懐から鈍色に光る何かを取り出した。
それが、この世界で生み出され、カミラを瀕死に追いやった『銃』であると気付いた頃には、既に弾丸が射出されていた。
破裂音が鳴り響き、銀弾が飛ぶ。
弾は魔術師のうちの一人の腹を貫いた。腹から決して少なくない量の血を垂れ流しながら倒れるうちにフードが風圧で外れた。同時に識別しづらかった顔が急にクリアになり、現れたのは、壮年の男性だった。
認識阻害魔術が解けた。
すなわち倒れた男は魔術を維持し続けることが困難になる程のダメージを受けたことを意味している。当然戦闘不能だ。しかし死んだわけではないから、レオナルドとの戦闘前に捻った奴らのように、命を媒介にした魔術は発動しない。ライオネルがそこまで考えて腹を撃ったのかは分からないが、結果としてはそうなる。
「これで私は彼らの敵です。敵の敵は味方。それで十分。信用は必要ありません」
反響した銃声が消える頃、ようやく敵も何が起きたのかを把握したようだった。白髪の女以外の3人が相異なる魔法陣を展開し、その隙間を縫うようにしてジェラルドが突撃してくる。
その全てが、俺ではなくライオネルに向かっていた。
俺は前に出て、ジェラルドに『虚無』の翼を叩きつけた。
「不穏な動きを見せたら即潰す! それでもいいなら好きにしろ!」
前方への推進力は殺せたが、当のジェラルドには何のダメージも無い。体を捻り、『虚無』の翼を断ち切るように回し蹴りを放ち、生じた隙間に強引に体をねじ込むようにして向かってきた。
俺は翼を引き、カーテナでジェラルドの拳を迎え撃つ。
ガィン、と、ただ弾いただけでは立たない類の音が鳴った。
『虚無』の魔力を纏ったカーテナが、ジェラルドの装甲をわずかではあるが、削りとったようだ。だが、生身の部分が露出するには及ばず、すぐに傷は修復されてしまった。
再び回し蹴り。
俺はカーテナを添えるように鈍器と貸したジェラルドの右脚に添え、回転方向に逆らわず、受け流す。
生じた僅かな隙に、すかさず『虚無』の魔力を纏った龍爪を突き入れる。龍爪はジェラルドの脇腹に当たったが、装甲に先端が少し食い込むに留まり、貫通には至らない。
ジェラルドは俺の攻撃等意に介さず、さらに回転を殺さずに独楽のような動きでオリハルコンの拳を打ちつけようとしてくる。
猛攻をカーテナで弾いたり躱したりして凌ぐ最中、ジェラルドの後方で、魔術師達が何らかの魔術攻撃を行おうとしている様子が目に入る。
動いたのは、ライオネル。
魔法陣を中和する対抗魔法陣を即座に組み上げ、魔術師達が展開しようとしていた魔法陣を打ち消す。さらに次々と低位ではあるが発動時間の短い炎熱系の魔術を発動して魔術師達に攻撃を仕掛け、次なる魔法陣の展開を許さない。
対抗魔法陣は打ち消す対象となる魔法陣の構造を知り尽くしていなければ構築することはできず、しかも一瞬で複数の魔法陣を構築するともなれば、至難の極みだ。
ライオネル・メリオール。腐っても元筆頭宮廷魔術師。信用こそできないが、共にこの場を戦うにあたって、重要な戦力になり得る存在だと認識するに足る技量だ。魔術師共を僅かでも抑えこんでくれれば、俺はジェラルドに対して全力を注ぎ込むことができる。
ジェラルドの回転方向とは逆方向に体を捻り、『虚無』の翼を束ねて叩きつけた。
『虚無』の翼はオリハルコンによって散り散りに破壊されていくが、破壊される度に翼の再構築を繰り返すことでなんとか拮抗することに成功した。レオナルドの『魔神』の力を参考にして編み出した対ジェラルド戦法だが、ここまでしてなお可能なのは『拮抗』まで。
十分。
「――――っ!!」
『投影』による電気的な力、龍族の筋力、身体能力強化魔術、カーテナ。持てる全ての力を込めて、俺はジェラルドにカーテナを打ち込んだ。
下から上へと抜ける斬り上げは、強烈な手応えと共に振り切られた。
宙を舞うジェラルド。
鈍色に光る装甲には一直線の太刀筋が走り、赤黒い液体が噴出する。
背から落ち、床に盛大な罅を入れたジェラルドは、そのまま起き上がろうとはしなかった。




