龍神の聖母-23
最初に仕掛けたのは俺だった。
『魔神』の翼に力を溜め、弓のようにたわんだ翼を前方に叩きつけた。
石材が砕け散り、あるいは消滅し、クレーター様の大穴が形成される。
これだけで並の魔術師なら即死だが、5人はさも当然のように散開してこれを避け、返す刀で魔術を放ってきた。
左方からは操風系の魔術2種から成る竜巻が、右方からは炎熱系の魔術による火球が。
両者は丁度俺の目の前でぶつかり、渦巻く炎となって俺にぶつかった。
すぐさま俺を中心とした気流を発生させて炎を散らす。
障壁を幾重にも展開している俺は単なる炎では何の影響も受けないが、一瞬だけ視界を塞がれた。その一瞬のうちに、魔術師たちは次なる攻撃の準備を終えていた。
広大な床を覆い尽くすほど巨大な純白の魔法陣。
広範囲殲滅術式、『神よ、何故私をお見捨てになったのですか(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)』。
それを、5人がかりで発動させている。
この魔術はまずい。
俺は翼を魔法陣に突き刺し、『虚無』魔力を放出した。
『虚無』は負の魔力だ。通常魔力や物質と激突すると互いに打ち消し合って消滅するという性質を持っている。俺はその性質を利用して魔法陣の一部を強引に引きちぎり、陣を打ち消す。
「他所事に気を回してる場合か?」
距離感の掴めない声が聞こえ、冷水を浴びせかけられるような悪寒が背筋を走った。
半ば本能的な動きで俺は『投影』を使って座標を書き換えた。
直後、俺が一瞬前まで居た位置がオリハルコンの直撃を受けて炸裂した。
その攻撃の威力と性質を視認して、俺は戦慄した。
あれをまともに受ければ、ただでは済まない。
しかし敵は生唾を呑み込む暇すら与えてくれない。
続いて起きたのは、爆発だった。視界が紅く染まるが、障壁のおかげで被害はない。
しかし。
「!?」
喉が焼けるように痛んだ。
反射的に呼吸を止め、『投影』で掌の上に周囲一体の空気を圧縮しながら集める。
「カーテナ、大丈夫か!?」
『問題ありません』
そう答えるカーテナだったが、刀身には白い錆のようなものが付着していた。
爆発と、腐食のような化学反応。塩素と水素の爆鳴気でほぼ間違いない。この手の攻撃手段を使ってくることは前回の戦闘で学習済みだ。
俺は掌に集めた気体を障壁で包みそのまま放り投げた。
既に陰圧で外部から新鮮な空気が取り込まれているため、呼吸は問題なくできる。
そうした一連の行動の隙を突いて、再びジェラルドが接近戦を仕掛けてきた。
オリハルコンで覆われた拳を、俺はカーテナで横にそらし、交差の刹那翼を槍のように突き立てた。ジェラルドはその攻撃に反応し、オリハルコンでできた触手状の翼の形を扁平に変え、盾としてぶつけてきた。
ガガガガガと『魔神』の力が連続して衝突し、翼ごしにビリビリと振動が伝わってくる。レオナルドの破壊したそばから再生していく翼と違い、ジェラルドの翼はただひたすらに硬い。しかも異常に高い魔力耐性を誇る金属、オリハルコン製だから、いかに特殊な力といえど、魔力の塊である俺の『虚無』の翼でも貫き通すことができない。
だが貫けなくとも、出力を上げた今ならほんの少しだけ砕くぐらいはできる。
弾かれた勢いを利用して一度距離を取り、俺は利用して磁力のレールと電流を『投影』した。
対象は、砕けたオリハルコンの欠片。
魔力に関して特殊な性質を持つオリハルコンも導体であることに変わりはなく、導体でありさえすればレールガンの弾たりえる。
うぁんと唸るような音と共に微小な弾は摩擦でプラズマ化し、ジェラルドのオリハルコン装甲に次々と突き刺さる。魔力に対しては絶対の防御力を誇っても、物理的な特性は硬めの金属と大差ないオリハルコンは、レールガンの直撃を受けてさらに砕けた。しかし、弾に使った金属片が小さすぎたのか、貫通には至らない。
「無駄だ」
特に堪えた様子もなくジェラルドは振りかぶった拳を俺に叩きつけてきた。
俺はカーテナを拳の軌道上に合わせたが、重量差があまりに大きい。このままでは防ぎきれずに吹き飛ばされる。だが、対処法はいつぞやの戦いで学習済みだ。
『投影』した電流でローレンツ力を発生させ、足りない重量を速度で補う。さらにジェラルドの拳に対しても、進行方向とは逆向きにローレンツ力を作用させ、無理やり速度を落とす。
かつての戦いと条件が同じであれば、ここまでしてなお俺は後退を余儀なくされていただろう。しかし今の俺には、龍族の力がある。
俺は龍族の筋力に魔術の補助を上乗せして、さらにインパクトの直前にローレンツ力を可能なかぎりの出力で刀身に作用させた。
気合裂帛、渾身の力でカーテナを振りぬく。
「ゥオラァァァァァ!!」
「ッ!?」
甲高い金属音が炸裂し、ジェラルドの金属化した肉体が吹き飛ぶ。砕けたオリハルコンの破片が軌跡を描き、振動と轟音を伴って壁に激突した。
畳み掛けるように攻撃を仕掛けたかったが、視界の端で赤黒い魔法陣が光った。
俺は空中に散った小石大のオリハルコンの欠片をローレンツ力を応用して掌握し、魔法陣に突き刺した。
小さくてもオリハルコンはオリハルコン。絶大な魔力耐性は魔法陣の魔力循環を乱して、陣そのものを粉砕した。術式中断のフィードバックが返ってきたのか、5人の魔術師は顔をしかめたが、しかし動きは鈍らない。2人と3人に別れて即座に連携魔術を放ってきた。
突如左腕に痛みが走る。
見れば、肘の付け根辺りの龍鱗に、腕を一周する傷が付いていた。事前のシグナルを伴わない、突然の切断。前回俺の腕を切断した攻撃と同種のものだろうが、流石に龍鱗までは破壊できなかったようだ。
続けて白い靄のようなものが視界を覆い尽くした。気体を介した攻撃は、周辺の空気ごと圧縮して封じ込めてしまうのが手っ取り早い。俺は塩化水素を無効化した時と同じ手順で防ごうとしたが、その直前、白い靄の奥に、火花が散った。
視界が再び紅く染まる。
全身を守る障壁は既にジェラルドによって砕かれてはいたが、俺は背中の黒い翼を、ジェラルドがそうしたように平らに広げ、盾のように構える。音もなく、翼は『炎』までも貪欲に呑み込み、爆炎を一欠片たりとも外には漏らさずに完璧に遮断してみせた。
しかし翼の盾は突如として金属の針のような物に破られた。
ジェラルドが体勢を立て直し、親指ほどの太さの針状に整形したオリハルコンを、爆炎を突っ切るように放ってきたのだと気付くまでに少々のタイムラグがあった。
「ガっ、あ」
数十本にも達する針の大半はカーテナで弾いたが、しかし取り逃した3本が俺の肩と左脇腹、右ももに突き刺さった。
黒い翼が大きく胎動する。体内に侵入したオリハルコンによって魔力制御が乱されている。そう気付いた俺は、躊躇なく3本の針を引き抜いた。鮮血が散るが、龍族の頑強な肉体はすぐさま出血を止めた。
カーテナが叫ぶ。
『主様、私を人化させてください! 刀剣状態では捌ききれません!』
「それでも決定的に手数が足りない! 単発の攻撃力は俺のほうが上でも、数で押し切られる!」
加えて、敵はカーテナとは絶対的に相性の悪い攻撃手段を持っている。塩化水素による腐食攻撃は、俺が近くに居なければ防ぎようがない。
オリハルコンによって障壁や魔術を無効化し、その隙に未知の魔術攻撃を仕掛ける。ジェラルドが押し切られようとも手数で俺を牽制して体勢を立て直す時間を稼ぎ、再びジェラルドが前に出る。
そのサイクルを崩す糸口を、俺はまだ掴めていない。
ただ徒にダメージだけが蓄積している。
こちらも手数で、というのは土台無理な話だ。ジェラルドが居る以上大抵の魔術攻撃はまともに機能しない。
ならば、一点突破の荒業しかない。
牽制にレールガンを放ち、『神の鎖』を囮として発動させて行動を制限する。
負荷の高い大技を連続して発動させているが、それが決まり手になるなどとは思っていない。これは、一種の賭けだ。
レールガンをまともに受けてなお倒れないジェラルドと、『神の鎖』を5人がかりで中和してのける5人の魔術師。
稼げた時間は、わずか5秒。
それだけあれば十分だ。
掌の上に、窒素を収集。
窒素原子間の三重結合を解き、代わりに網の目のような架橋を形成し、常温常圧では本来存在し得ない高分子化合物を形成する。
ポリ窒素結晶。
その構造に蓄えられるエネルギーはあらゆる爆薬を凌駕し、核に次ぐとすら言われる。
俺はポリ窒素をジェラルドの近傍に転移させ、結晶の維持を停止した。それだけで結晶は一瞬のうちに不安定化して元の窒素へと戻ろうとし、莫大なエネルギーを放出した。
圧と熱が場を席巻し、生じた火球が急速に膨張して、何もかもを飲み込もうとする。
爆風を翼で打ち消しつつ、俺は床に膝をついた。
頭が痛い。
ポリ窒素のような複雑なイメージを要する大技を使った代償は、頭痛と疲労という形で現れた。気を抜けば『魔神』化が解けかねない程に体力を失った。以前と比べれば圧倒的な継続時間ではあるが、くーちゃんを助けられなければ意味が無い。
ポリ窒素による爆炎は徐々に勢いを減じ、やがて石材を炙る程度の炎にまで小さくなった。
床を構成していた石材にはクレーター状の大穴が穿たれ、美しかった壁画は焼き尽くされて見る影もない。
魔術的な強化を施された石材で建築されているらしい大聖堂は倒壊こそしなかったものの、壁面の一部は崩れ、ドームには穴が空き、今や大聖堂としての役割を何一つ果たせない有り様となっていた。ポリ窒素爆撃の威力が、そうした痕跡からも窺い知れる。
しかし。
「……チッ」
当然のように爆発を凌ぎ切ったジェラルド。
そして、半球状に展開された障壁が5つ。その内部だけが、外界と隔絶され、かつてのままの姿を残していた。
あれだけの爆発を凌ぎきれる障壁魔術はそう多くない。明らかに神級魔術の域だ。
障壁だけではない。敵はここまで、複数の神級魔術を行使してきている。『魔神』でも『魔王』でもない者達がここまで神級魔術を扱えるのは一体どういうことなのか。
その疑問の答えは、障壁の奥、魔術師たちの胸元で赤黒い光を放つ首飾りが教えてくれた。
『主様……あれは……あの首飾りは……』
「……魔魂石だ」
かつて、アルキドア帝国で創られた、人を材料として作られる邪法の結晶、魔魂石。
あり得ない。あれは、全て何十枚もの障壁魔術で封印したはずだ。
…………いや。
俺はカミラの治療後、まともに魔力を扱えない状態にあった。俺からの魔力供給を絶たれた封印の障壁がその時にかなりの割合で破れてしまった可能性は否めない。
だとすれば、敵のバックにはカミラとアルキドア帝国が居るということか?
いや、早合点はできない。
政権交代の混乱の最中に奪われた可能性だって否めない。『投影』による障壁もあったが、ジェラルドのようなオリハルコンの力を以てすれば、あるいは封印を破ることに可能かもしれない。
どちらにしても、厄介極まりないことに変わりはない。
あの石は、並の魔術師を化け物に変えるだけの性能を持っている。魔力キャパシティに乏しい者でも、あの石さえあれば一騎当千の魔術師となれる。
それが少なくとも5つ。それ以上の数を保有しているのはほぼ間違いない。
こめかみのあたりを冷や汗が伝う。
敵の手に魔魂石があるとすれば、絶対的に物量差がありすぎる。
だが、引き下がる訳にはいかない。
かつては撤退も戦略のうちとして捉え、絶望的な戦いには挑まなかった。帰る場所があったから。くーちゃんが家に居たから。くーちゃんと共に居たいから、俺は死ぬわけには行かなかった。
だから、くーちゃんが居ないのなら、撤退という選択肢自体が無意味になる。
障壁が解かれ、魔術師達が臨戦体勢に戻る。
応じるように、俺はさらに龍化の度合いを上げた。背からは一対の翼が生え、カーテナを握っていない左手には長大な爪が現れた。部分部分を保護するだけに留めていた龍鱗もほぼ全身に現れ、龍と人が入り混じった姿に変じる。『虚無』の翼と龍の翼、合わせて二対の翼を背に、俺は全身から魔力を絞り出す。
一触即発の張り詰めた空気が漂う。
互いが互いの動きを読み合うことで生まれる一時的な膠着。
その最中、突如聖堂に声が響いた。
「素晴らしい戦意と魔力だ。流石は歴代の筆頭宮廷魔術師の中でも最強と謳われた『神殺し』」
俺の脳は一瞬恐慌状態に陥った。
「ただ、私の作品に対抗する手段としては、誤りであると言わざるを得ませんね。その程度では、我が『魔魂石』には遠く及ばない」
コツコツと響く足音。
俺から見て右手の、かつては大聖堂の入り口だった大穴に、ローブを羽織った男の姿があった。
何故コイツが、このタイミングでこの場に姿を現す?
いや、それ以前に、何故コイツは、生きている?
攻撃すべきか逡巡している間に、場違いにも男は慇懃に腰を折り、俺に対してアルキドア帝国宮廷魔術師流の礼をしてきた。
「お久しぶりです、タカス・ハルト殿。このライオネル・メリオール、皇帝陛下の命により、助力に参りました」




