放浪する嵐龍王-03
「あの、エアリアさん」
「エアリアでいい。敬語も止めてくれ、むず痒い。何だ」
土下座して請う元筆頭宮廷魔術師の神殺しこと俺は、頭こそ上げたものの、いまだ正座の姿勢を維持したままエアリアに話しかけた。
「俺に助けられたって、一体」
「……リアナ公国とアルキドア帝国の国境近くにある小さな村を覚えてはいないか?」
「ああ、覚えてる。ノーリッド村だったかな」
「そう、そのノーリッド村に、私は住んでいた。3年前のことだ」
「……そうか、君はあの時の……」
♢♢♢
3年前、正確には2年と10か月前、俺がアルキドア皇帝から神殺しの命を受けて都を発ってから二か月弱が経過した頃、俺はアルキドア帝国とリアナ公国の国境付近にある、閑静な村に滞在していた。
理由は色々あったが、まず一つ目がリアナ公国の入国手続きに手間取っていたこと。リアナ公国からすれば、友好的とは言えないアルキドア帝国の筆頭宮廷魔術師をそうそう簡単に入国させるわけにはいかないので、当然と言えば当然の事態だった。
皇帝の大嘘にまんまと引っ掛かっていた当時の俺だが、さすがにその程度のことは分かっていた。
二つ目が、村を守るため。当時その辺り一帯では盗賊の一味が度々現れて金品の強奪や殺人、強姦など、様々な悪事を働いていた。
放っておいても寝ざめが悪いので、最強クラスの力に溺れ、自惚れていた俺は、その盗賊一味を捕縛し、憲兵に引き渡すことにしていたのだ。
最初に捕まえた一人に(今の俺から見ても最凶クラスの)『お願い』をして手に入れた情報を基に1人、また1人、時にまとめて3人と、俺は次々と盗賊を捕縛していったのだが、そんな最中、事件は起こった。
俺が山に盗賊を捕獲しに行った時のことだ。
その盗賊は単なる囮で、俺をおびき寄せることが目的だったらしい。大急ぎで村に戻ってみると、そこにあったのは、殺人、強奪、暴行、強姦の惨劇。
大地を染める血、響き渡る悲鳴、盗賊の下卑た笑い声。
全身の血液が沸騰するかのような怒り、いや、憎しみを覚え、我を失った俺は、そこで初めて人を殺した。
殺し、殺し、殺し尽くし。
気がつけば、村を襲った盗賊は全員ズタズタに引き裂かれて死んでいた。
恐ろしくなった俺はそのまま村を飛び出し、関所の近くで野宿をした。安眠は全くできなかった。レベルこそ低いものの魔獣が出現するエリアで、俺は殺した盗賊共の悪夢を毎晩のように見た。
力を持つことの意味を、俺が骨の髄まで味わう羽目になった、そんな出来事だ。
♢♢♢
「あなたは、鬼のような強さで、私の里親を殺した盗賊を屠っていった。納屋の奥で震えていた私は、壁板の隙間から、あなたを見ていた」
「そうか……。済まなかった。あの時の俺は、自分の力で何でもできると思い違いをしていた。その結果が、あの惨劇なんだ」
「謝る必要はない。私は、あなたのおかげで生き残る事が出来た。私の今はあなたのおかげであるんだ」
ありがとう、なんて言わないで欲しい。
そもそも俺が居なければ、俺が余計なことをしなければ、あの村は襲われずに済んだかもしれなかったのに。
「もしかして、俺が居なければ襲われることなんてなかった、とでも思ってるんじゃないか?」
「!?」
「だとしたら、それは違うと言っておく。あの盗賊共の狙いは、私だったんだよ。つまり、遅かれ早かれ、あの村はああやって襲撃されていた」
「君が、狙い……?」
「そうだ。人間の常識を知るために、と養子に出されていた嵐龍王テンペスタの孫娘を狙った人身売買の連中が仕組んだことだった。まだ幼かった私は大した力もなかったからな。大方誘拐して脅しにでも使うつもりだったんだろう、って、おじいちゃんが言ってたよ」
闇のレートでは、幼龍は非常に高値がつけられる。嵐龍王の孫娘ならば、さらに跳ね上がることだろう。
リスクがあるというのに、一か所に網を張り続けるなんて愚かな盗賊団だと思っていたが、なるほど確かに、ある程度のリスクを冒してでも奴らにとっては魅力的な案件だったのだろう。
「おじいちゃんはすっかり責任を感じて、『引退する』なんて言い出して隠居してしまった。今、どこにいるのかも解らない」
そう言って、エアリアは寂しげに目線を下げた。
あのクールなロマンスグレー、テンペスタさんにそんな過去があったとは……。
どうしよう、『その人なら今俺の隣に住んでます』と言うのは簡単だが、しかしテンペスタさんが居場所を伝えていないということは、それなりの理由があるはずだ。
あの面倒見のいいテンペスタさんが、孫を捨てるはずがない。
「実は、この辺りにおじいちゃんと思しき龍族が住んでるっていうから来てみたんだが、結局空振りだったな。でも、まさか神殺しに遭えるとは思っていなかったから、私はラッキーだな」
フフ、と笑うエアリア。その魅惑的な表情にはどこか幼さが残っていて、俺はつい見惚れてしまう。
よくよく見てみれば、確かにテンペスタさんの面影がある。切れ長の目とか、灰色の髪とか。
しかしその笑顔にも寂しさが色濃く漂っているのを、俺は見逃さなかった。
テンペスタさん、後で謝りますから、許してください。
俺は心の中で敬愛する隣人に謝罪すると、口を開いた。
「嵐龍王の話は俺も聞いたことがある。確かにこの辺りに住んでるよ。もう少し探してみたらいいんじゃないかな」
「……いや、もういいんだ。これでも結構探したのに、見つけられなかった。この辺りに住んでいるというのは、きっとおじいちゃんに似た別の龍族だと思う」
浮かぶ感情は、諦念。
まだ諦めるには早すぎる。
嵐龍王テンペスタは、確かにこの辺りに住んでいる。具体的には、俺の隣の部屋に。
チキンな俺には、それをはっきりと口に出すことは憚られる。
しかし、ヒントを出すぐらいなら……。
俺は痺れてチリチリと痛む脚に鞭打って立ち上がると、エアリアに目線を合わせた。
「諦めちゃいけない。テンペスタさんは、この町に住んでいる。会ったこともある。俺の口からはこれ以上は言えないけど、諦めちゃだめだ。必ず会える」
強い口調で言う俺にエアリアは驚いていたが、一転表情を緩めると、
「あなたがそこまで言うのなら……、もう少しだけ、探してみようかな」
と言って、笑った。
プライドを投げ打った土下座の見返りが隣人と美女のささやかな幸せだというのなら、まあ悪くないかなと思った。
以上、真面目な話でした。
次こそはちゃんとくーちゃん出てきます。




