龍神の聖母-21
繋がった。
何故ハリカさんが行方不明になったのか。
ジェラルドはハリカさんの親代わりだった男だ。ギルド諜報部に所属していたハリカさんが命令違反を犯した時、粛清しようとしながらも非情になりきれず、結局ハリカさんを守るために所属組織を捨て去ったという過去を持つ。基本的にあまり感情を表に出さないが、この男は大切な者のためならなんだってするタイプの人間だということは以前の共闘の時理解した。
そんな男が、ハリカさんを人質に取られたらどうなるのか。
その答えが今眼前にある。
レオナルドはジェラルド・アウリカルクムに、窘めるような口調で言う。
「余計な邪魔はせぬように。広域術式への対策だけで良い」
「何を言っている。2人がかりで攻めた方が確実だろう。あれはお前が思っている程弱小な存在ではない」
「それこそ何を言っている、だ。弱小ならば手を出すなとは言わぬ。弱小ではないからこそ、手合わせしてみたいのだよ」
「……戦闘狂か」
「何とでも言うがいい。しかし手を出すことだけは許さぬ。私の戦いを邪魔するのならば、娘の命、無いと思え」
「……っ」
ジェラルド・アウリカルクムという真正の『魔神』と、レオナルドという未知の『魔神』。そんな存在が2人同時に襲いかかってくれば、流石にどうしようもない。だが、幸いにもレオナルドは俺とサシの戦いをしたいらしい。
1対1ならまだ勝機がある。
しかしあくまでも0%ではないというだけで、絶望的状況に変わりはない。間違いなくあの男は俺よりも強い。
『魔神』の力を発動させたことにより、先の魔力の無駄遣いは無いも同然と言えるぐらいに魔力が漲っている。だが、それは相手も同じことだ。しかも相手は2人。単純に考えれば、俺2人分の魔力。本質的に同様の力を操る以上、彼我の優劣は魔力量の絶対値や戦闘のセンスが決める。魔力量の絶対値は間違いなく負けているし、戦闘のセンスはレオナルドにかなり水を開けられている。
勝敗に影響する要素は他にも、俺の身の内に宿るインベルの存在やカーテナ等があるが、どの程度影響を与えるかまでは分からない。
しかし1つだけ、確実に大きく勝敗に影響を与える要素が俺の手の内にはあった。すなわち『投影』だ。魔力を使用せず、発動もノーモーションの『投影』ならば、レオナルドが講じる魔術的な防御手段では防ぎようがない。
必要とされるのは分業だ。防御と牽制に『魔神』の力の全てを割き、決め手に『投影』を用いる。
何を決め手に使うか。
しかし考える時間を与えてくれるレオナルドではなかった。
手のようにも見える赤黒い翼をより表面積の大きい板状に変えて、横合いから思い切り振るってきた。
面を叩き潰す攻撃に対して、俺は翼を細かく裂いて『虚無』魔力の剣山を形成し、これを迎え撃った。鋭い槍がレオナルドの翼に無数に吸い込まれるが、圧倒的な再生力のために貫き切れない。その状態のままさらに、俺は翼を90度ほど捻る。
ミリィ、と金属がひしゃげるような音がして、しかし翼を捩じ切るには至らない。
能力には大きな相性差は無い。勝敗を決するのはその他の要素だ。
挟みこむように反対側から迫ってきた二枚目の翼は、『破魔』を発動したカーテナで切り刻む。魔術相手ならば絶対の効力を有するカーテナの『破魔』の前に、さしもの『魔神』の翼も切断され、断片は粒子となって散っていく。
翼を時に一塊にして、時にバラしてぶつけ合う。その度に少しずつ翼が削り取られるが、互いにその程度の損傷は損傷のうちに入らない程度には再生することができていた。
カーテナを構えてレオナルドに斬りこむが、突如具現した赤黒い盾が進攻を阻む。『破魔』でその盾を粉砕すれば、逆に盾の裏からレオナルドが杭のような手甲で覆われた拳を叩き込んでくる。その拳にカーテナを合わせて迎撃するが、質量の問題で攻撃を弾ききれず、力づくで後退させられてしまう。後退する途中の無防備な隙を狙って放たれる翼の猛攻を同じく黒い『虚無』の翼で片っ端から弾き飛ばすが、あちらの翼にはあってこちらの翼には無いものが俺の体を更に後方へと弾く。
すなわち『質量』。
足が地面を離れ、そこにレオナルドの翼の攻撃が重なる。攻撃の直撃自体は自分の翼で防ぎきれているが、俺は勢いのまま、壁面に思い切り叩きつけられた。
壁に蜘蛛の巣のような罅が広がり、パラパラと剥離片が脱落する。
『主様!!』
「大丈夫だ」
肉体へのダメージはほぼ無い。龍鱗が全てダメージを吸収してくれている。
彼我の差を瞬時に見抜き、敵にダメージを与えるために必要な最適解を瞬時に選びとるセンス。
経験によるものか、才能によるものかは分からないが、レオナルドには戦闘センスとでも言うべきものがあった。それを『投影』で埋めきれるかは…………やらなければ分からない。
温度変化、オゾンを始めとする有害物質の生成のような空間を対象とする攻撃はあまり使いたくない。通じなかった場合に自分の行動を制限する要因になりかねないからだ。電撃や電気を利用した諸現象はかなり有望だが、単純な威力では俺の翼の方がよっぽど上だ。
…………違う。そうじゃない。
単一の攻撃で仕留めようとするから打開できない。
複数の攻撃を組み合わせ、連鎖的に叩けばいい。魔術も『投影』も、使える手札は全て使うべきだ。
「フンッ!」
「チッ」
横合いから襲ってきた大質量を、俺は『虚無』の翼で蜂の巣にした。鋭く細かい攻撃を繰り返すことで勢いを止め、ついでにレオナルドから分断する。
さらに翼を絡め、レオナルド目掛けて断片を投げつけた。
断片はレオナルドの身を守るように広がる厚く禍々しい色の翼と激突した。同質の物質であるためか、一瞬拮抗したが、単純な質量差に負けて断片は運動エネルギーの全てを失い、レオナルドに傷ひとつつけることなく落下した。
その隙に、俺は最初の『投影』のイメージを練り終わっていた。
重力場をレオナルドを対象として『投影』。
「!?」
質量あるものならば等しく重力は作用する。
翼を展開して質量を増していたレオナルドにかかる負荷は、お仕置きとしてカーテナにかけるときの比ではない。
地面に膝をつくレオナルドに対して、俺はさらに畳み掛けるように攻撃を放つ。
2撃目、レールガン。
残りの金属球を全て使い、電気的な力で空気すら引き裂く速度で射出する。
3撃目、ポリ窒素。
レールガンによってかき乱され、暴風が吹き荒れるこの空間内では、『投影』によって少し力の向きを調整するだけで簡単に窒素を収集できる。普段とは比べ物にならない速度で生成したポリ窒素結晶をレオナルドのすぐ脇に転移させ、戒めを解く。それだけで、元々極めて不安定な性質を持つポリ窒素は急速に分解し、その結晶構造に蓄えていたエネルギーの全てを放出した。結果生じたのは爆発だった。
4撃目にして最後の攻撃、剣撃。
『投影』によって構築した障壁で身を守りつつ、爆風の中を突っ切る。
カーテナが纏うのは『破魔』。一太刀当たれば『魔神』の力は不安定化し、しばらくの間『魔神』と化すことができなくなる。
全てはこの一撃のため。レオナルドを斃すこの一撃のための陽動に過ぎない。
全身全霊、一分の容赦もない本気を以て、俺は爆風に耐えているであろうレオナルドの影にカーテナを振り下ろした。
遅くなりましてすいません。




