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龍神の聖母-20

 カーテナに『虚無』の魔力を渡すと、表面にうっすらと黒いオーラのようなものが通った。

 刀身そのものが消滅しているような様子は見受けられないから、カーテナはきっちり『虚無』属性の魔力にも対応していると見てほぼ間違いないだろう。


「カーテナ、ここからはお前も時々応じて発動する力を変えてくれ。多分、いちいち指示を出してるような暇はないからな」

『主様…………了解しました』


 カーテナは一瞬驚いたかのような声を漏らしたが、次の瞬間には戦闘時の凛とした声音に戻っていた。

 それでいい。

 戦闘中に精神的にも肉体的にも隙を作ってはならない。強敵を相手としているなら、尚更だ。


 改めて眼前のレオナルドの姿を確認する。

 赤い眼、隈取のような紋様。そして、背中から伸びる歪な翼。鋭い鱗が集積したような翼は赤黒く、禍々しい色を見せる。両手からは剣のように鋭く、鋭い切っ先を見せる爪が3本ずつ伸びている。指を含め手を、刀で言うところの柄として取り込む形で爪は伸びている。膂力をダイレクトに伝えるなら、最適の形と言える。


 俺は地面を蹴り、レオナルドを左肩から右脇腹にかけて切り裂こうとカーテナを振るった。

 

 『虚無』の魔力を纏うカーテナに、理論上切れない物質は無い。

 ところがレオナルドは、その絶対的な切断力を持つカーテナを爪で受け止めてみせた。


 矛盾。

 その由来となった逸話が思い出されたが、今回に関しては、何物も斬る刀と切れない爪は、それこそ何の矛盾もなく共存していた。


 単純な話だ。

 確かにカーテナは爪を斬り裂いているが、斬れた端から爪が再生し続けているのだ。


 俺は背中の翼を数百個の細片に分岐させて、一斉にレオネルドに放った。

 一発一発が『ラグナロク』に匹敵する効力を持つ攻撃だが、しかしそれはレオナルドの盾のように広がった翼にまとめて全て塞がれてしまった。


 音はあまりしない。

 さながら無限に伸びるゴムを押し続けているかのような感覚で、手応えらしい手応えは全く感じられない。


 返す刀で突き返される爪を引き戻したカーテナで弾く。


(キリがない)


 ジェラルド・アウリカルクムとはまた違う、異質な強さだ。

 特殊を極めた異質中の異質。

 そこに加えられる、『真っ当な強さ』というスパイス。

 尖ったものを尖ったものとして放置するのではなく、鋭利に研いだ後、柄と鍔をこしらえて刀に作り変えたかのような力。

 

 この男は、ジェラルド・アウリカルクムよりも、俺よりも強い。大家のババア級かもしれない。何が遠距離からならいける、だ。『魔神』の力抜きならそれも可能だったかもしれないが、残念ながらレオネルドは既に『魔神』化している。


 だが、負ける訳にはいかない。

 俺には絶対に守らなければならないものがある。


 俺は翼を触手に変形させて、レオナルドの盾を思い切り打ち付けた。

 『虚無』の力を集積した分、今までになく盾が抉れるが、やはり破壊することは適わない。

 しかし、もとより目的は盾の破壊ではない。俺は触手と盾の反発を利用して、レオナルドから大きく距離を取った。

 さらに牽制として二度三度と触手を振り回し、その隙に教会の天井に『神の雷』で大穴を開ける。


 沈みかけの夕日が放つ赤い光が差し込み、教会内部を幻想的に染め上げる。

 ほぼ同時に、全てを呑み込む漆黒が、夕焼け空に伸びていった。


 俺が放った、特大の『虚無』属性の魔力だ。


 魔力は上空で形をなし、複雑な魔法陣を描いていく。魔法陣は夕日の光すら吸い込み、赤い夕焼け空に穴が開いたかのような光景を創りだした。


「ほう……」


 レオナルドが上空に視線を遣り、感心したと言わんばかりに笑った。


「君の娘はいいのかね?」

「くーちゃんを巻き込まない程度には、制御できる」

「『魔神』の力だ。そうそう統御できるものではない」

「1人ならな」


 1人なら、今頃頭痛に食われて、最悪自我を失って暴走していた可能性すらある。

 だけど今は、俺と体を共有するもう1人が、負荷の一部を受け持ってくれていた。

 俺の体を覆う白い龍鱗と龍角の持ち主が遺した力だ。


 空を覆う魔法陣が、紫に近い不気味な色を発した。

 

「俺はお前を殺したくない。お前が握っている情報には価値がある。だから、ここで退いてくれないか」

「……なるほど。確かにあれほどの規模の術式が炸裂すれば、『魔神』たる私とて生き残れるかどうかは運に依存する。だが、君は選択を誤った」

「……?」

「教会全域を巻き込むような力は使うべきではなかったな。そうなれば私も、教皇をお守りする枢機卿として最低限度の策は講じねばならぬ」


 言葉に違和感を覚えた。

 隠れた余裕とでも言うべきものが、言葉の裏にある。少なくとも、苦し紛れの強がりではない。


 直後。


 空中に展開していた魔法陣が、突如崩壊した。

 発動途中の魔術を粉砕されたことで、強烈なフィードバックが俺を襲う。通常の神級魔術ならまだしも、ぎりぎり制御できるかどうかという『魔神』の術式だ。フィードバックを押さえ込める程熟練してはいなかった。フィードバックは苦痛として全身を這いまわり、特に魔術制御の要である脳に強い負荷をかけた。


 歯を食い縛り、頭痛に耐える。

 インベルと同化していなければ、冗談抜きに死んでいたかもしれない。


「何、しやがった……」

「私は何もしておらんよ。私はな」


 状況は動く。


 天井に開けた穴から、何か金属の塊のようなものが降ってきた。

 教会の石材に蜘蛛の巣状の罅をいれつつ、金属の塊は着弾した。


 金属の塊のようなものは、よく見れば人型をしていた。金属だというのに、まるで水銀のように滑らかに動く。

 

 動く。

 

 俺はそれの正体を知っていた。

 魔抗銀すら上回る魔力耐性と硬度を持ち合わせるレアメタル、オリハルコン。それを自在に使役する魔術を扱う、理に反した力を持つ魔術師。


「ジェラルド・アウリカルクム……!」


 最初は敵として殺し合った。次は味方として、共に国を落とした。


 俺と互角かそれ以上の実力を備えるもう1人の『魔神』が、レオナルドと並び立っていた。

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