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龍神の聖母-19

「見事」

「!!」


 突如背後から聞こえた声。

 半ば反射的に距離を取り、カーテナを抜刀して構えた。


 立っていたのは、老人と呼んで差し支えない男性だった。

 ただし、その立ち姿に『老い』から連想されるような弱々しさは一切ない。むしろ年月を経ることによって蓄積されたらしい、色濃く絶大な闘気を感じさせる。顔を縦断する傷跡は、彼の戦闘経験がそのまま表れているかのようだ。その雰囲気はパーシヴァルやテンペスタさんにも通じるところがあるが、彼らを遥かに上回る圧迫感を感じる。

 いや、これは殺気とでも言うべきか。


「誰だ」

「私はレオナルド・メリオール。枢機卿の1人だ」

「教会の人間か。枢機卿ともなれば、俺が何故ここに居るのかもわかってるよな?」

「もちろんだ。『龍神の御子』を取り返しに来たのだろう。大した執念だ」


 枢機卿。それほどの地位ならば、くーちゃんの正確な位置も知っているかもしれない。

 ここで殺害するのはそれほど難しくない。魔獣を瞬殺したあの術式を使用すればいい。だが、情報を抜き取るとなると殺すわけにはいかない。

 

 結局やることは同じだ。

 殺さない程度に攻撃を加え、捕える以外に方法はない。


「だったら、俺がどれだけキレてるのかも分かってるよなぁ、ジジィ!!」


 怒りを演出し、我を失っているかのように錯覚させる。

 同時に神級魔術『神の風』を発動。

 嵐すら引き起こす暴風を狭い範囲に圧縮して放つ、操風系魔術の中ではトップクラスに位置する魔術だ。


 重要なのは敵に過剰な防衛手段を採らせることだ。敵に対して恐れを抱けば、人は必要もないのに過度な防御をして安心と安全を得ようとする。要するに冷静さを欠いて手の内を晒してしまう。


「ふむ」


 しかしレオナルドは冷静なまま、効果不明の魔法陣を空中に展開した。魔法陣と激突した『神の風』は、消えた。跡形もなく、魔力の残滓すら残さずに。


「下手な演技は無用だ。君に殺気はない」

「……チッ」

「もう1つ言い加えておくと、私は『龍神の御子』には元々それほど興味が無い。私の興味は君にある。『神殺し』と呼ばれる君に」

「爺さんは俺の守備範囲に入ってないぞ」

「最近の若者は冷たいな。年寄りの相手もしてくれん。だが……」


 レオナルドはそこで一度言葉を切ると、着ていた長いローブを脱ぎ捨てた。軽鎧といって差し支えない古い時代の戦闘服が露わになる。


「死にたくなければ、君は命がけで年寄りの道楽に付き合う以外にない」


 直後、レオナルドの姿が消えた。

 ほぼ同時に背後から強烈な悪寒を感じ、俺は咄嗟にカーテナを振った。金属音が響き、カーテナと拮抗したのはレオナルドの拳だった。


(具現魔術か!)


 カーテナが指示を出さずとも俺の意を察し、あらゆる魔術を切り裂く『破魔』のオーラを纏った。緑色の光を確認して、俺はレオナルドの拳を狙って横に一閃した。

 カーテナと接触したところから、案の定拳を模して魔術で作られたどす黒い物質が崩れていくが、レオナルドは構わずその拳を打ち付けてきた。

 甲高い金属同士を打ち合わせる音が再び響き、拳はさらに崩れ、しかし込められた力によってカーテナを思い切り弾かれ、俺は体勢を崩した。その隙を逃すレオナルドではなく、新たに杭のような形状の爪を具現化すると、俺の心臓を狙って一直線に打ち込んできた。

 避けられない。

 喉が干上がり、背筋に怖気が走る。本能的な死への恐怖が増大し、それが俺に極限の集中力もたらした。

 自分の座標を『投影』で書き換え、瞬間的に距離を離す。

 本来であれば数秒かかるこの作業を、俺は一瞬で仕上げ、実行した。


「っ」


 一瞬前まで自分が居た空間を杭が通り抜ける様子を目の当たりにし、改めて死の危険を実感した。

 こいつは容赦なく俺の命を奪いに来ている。

 過去いくらでもそんなことはあったが、単体の、それも身のこなしのような単純な戦闘技術で追い詰められた挙句、ギリギリのところまで追い込まれたことは数えるほどしかない。


「空間移動魔術……ではないな。魔力を感じない。魔術ではない、しかし魔術のような効果を顕す技術、というわけか」


 生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。


 『投影』を操ることができるのは、現時点では俺と梅宮さんだけだ。梅宮さんは『投影』の仕組みについていくつか心当たりがあるらしいが、俺には魔術よりも出力が小さい代わりに小回りがきく超能力という程度の認識しかない。1つ確かなのは、『投影』は本来この世界にも元居た世界にも存在しなかったはずの力であり、こちらにせよあちらにせよ、明確な正体は伝わっていないということだ。魔術の研究に数年を費やした俺も、自然科学の探求者として研究を生業にしていた梅宮さんも、この能力については何の知識も持ち合わせていなかった。

 相手もぼんやりとしか理解できていないようだが、しかし、敵対する第三者に『投影』の存在を指摘されるというのはいささか不気味なものだった。


 レオナルドは杭で俺を指し、言う。


「だが、その技術をして、君は私を捉えきれていない」 


 その通りだ。既に感覚の加速は済ませているし、凡そ戦闘に必要な補助魔術は全て発動している。その上で、殊白兵戦において、俺はこの老人に及んでいない。


「これで君と私の間に横たわる戦闘経験の差は分かっただろう。その上で君に提案だ。『魔神』化しなさい」

「……バレてるのか」

「もちろんだとも。君なら分かっているとは思うが、私は体力をセーブしながら戦って勝てるような人間ではない。ついでに言えば、私の目的は『魔神』と化した君と戦うことだ。その他のことなどどうでも良い」

「…………戦闘狂か」


 吐き捨て、俺はレオナルドを睨みつけた。

 

 俺はまだ『魔神』化するつもりはない。あの状態は体力の消耗が激しすぎるし、何より制御できるかどうかも怪しい。下手すると自滅しかねない諸刃の剣だ。この老人は確かに強いが、それでも『魔神』の力が必要な程ではないように感じる。驚異的なのは近接戦闘の腕前であって、遠距離戦を仕掛ける限りはこちらの方が有利だろう。

 ならば、わざわざ『魔神』と化して余計な魔力を失う必要はない。ただでさえ、激情に駆られて魔力を無駄遣いしてしまった後なのだ。

 もしかしたら敵の狙いはそれにこそあるかもしれない。この老人がただの捨て石であり、俺に魔力を消費させようとしている可能性をどうして否定できようか。


 俺はカーテナに『神の雷』を流し込み、『纏魔』で斬撃に載せて放った。

 レオナルドは当然のように射線上から離れて電撃をやり過ごしたが、もとよりこれは牽制だ。

 その隙をついて『投影』で転移して距離を開け、懐から予め作っておいた金属球を20個ほど放り出した。


 磁力で作ったレールを空気中に敷設し、高電圧を『投影』。

 ぅあん、と不気味な音を立てて空気を切り裂き、加速した金属球は唸りをあげ、ローレンツ力のまま、レオナルドとその周囲に殺到する。


 ガガガガ、と硬質な音が響き、細かく砕かれた石材が砂埃のように舞い上がった。圧縮された空気が気流を生み出し、室内だというのに突風が巻き起こり、風に乗った石つぶてがそこかしこにビシビシと当たる。


 殺してしまっただろうか。

 いや、あの身のこなしだ。生きている可能性の方が高い。


 そう推測した矢先、ゴウ、と竜巻が拡散するような形で暴風が吹き、砂煙は全て吹き飛ばされた。


「……!」


 生きていたことに驚きはしない。元々これぐらいなら生き残れるだろうと思って放った攻撃だ。

 だが、まさか無傷とは思わなかった。

 しかも。


「その姿……」


 特段目にとまるのは、レオナルドの背から伸びる赤黒い一対の翼。触手と呼んでもいい。表面には剣山のように尖った鱗が覆い、鱗の鎧はレオナルドの体にまで及んでいた。目は赤く変色し、隈取のような模様が顔に浮き出している。

 

 その姿は、俺が『魔神』と化した姿に良く似ていた。


「私もまた、『魔神』だ。最後にもう一度チャンスをやろう。タカス・ハルト、『魔神』化しなさい」

「……」


 肌を刺すような魔力のプレッシャーが、目の前の男が『魔神』であることを証明している。このプレッシャーは、かつてジェラルド・アウリカルクムと対峙した時に感じたそれと同質のものだ。

 目の前に立ちふさがる者は、『魔神』。絶大な魔力と特殊な魔術を操る化け物。

 生身の老人ならまだしも、『魔神』相手では『魔神』化する以外の方法で勝てるとは思えなかった。


 仕方がない。覚悟を決めよう。


「カーテナ、『魔神』の魔力に耐えられるか?」

『いけます!』


 その答えを聞いて、俺は即座に行動を開始した。

 体の奥底で眠りについている、どうしようもないじゃじゃ馬のような力を解き放つ。

 それはたちまち俺の全身を巡り、肉体に負担をかけつつも高揚感をもたらしていく。背中の部分でわだかまった力は、黒い触手という形で俺の肉体の外に飛び出し、顕現した。


 ふつふつと湧き上がる全能感。湧き上がるどこまでも黒く、禍々しい『虚無』の魔力。

 そこで、俺は違和感を覚えた。

 

 何かが違う。何かがおかしい。


 なんだか、『体が軽い』。


 負荷はいつも通りのはずだが、その負荷に対して肉体の方があまり悲鳴をあげていない。いつもなら、この時点で割れるような頭痛との戦いが始まっていたはずなのに。


 龍族の強靭な肉体と同化したことで、『魔神』の負荷に対しても強くなったのだろうか。その説を裏付けるように、俺の全身には勝手に龍鱗が浮き出ていた。まるで、負荷から俺を守るかのように。


 全てを失って尚、子を思う母親の願いは俺の肉体を依代にして、屹然とそこにあった。


 遅くなりました。

 忙しすぎて時間が取れず、合間の時間で書き上げたので、文体に不自然な点があるかもしれません。後日手直しします。

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