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龍神の聖母-18

遅くなりましたが、本編18話目になります。

 白い少女は魔抗銀に特殊な細工を施して作られた祭壇の上に寝かされ、その周囲を十重二十重に魔法陣が覆っていた。祭壇を中心とした平面だけでなく、立体的にも展開された魔法陣は、内部に絶大な魔力を循環させている。

 術式の正体は幾重にも重ねられた、障壁を突破するための魔術群だ。

 白い少女の周囲を覆う堅い障壁は、彼女を養育する黒髪の魔術師が施したそれではなく、それをベースにして彼女の実の母親がほぼ全ての魔力を消費して施した、古式魔術によるものだった。

 古式故に突破方法は確立されているが、術式のシンプルさ故に突破は容易ではない。複雑な錠前によって封印された扉は、錠前を破壊してしまえば開く。しかし扉そのものを溶接してしまえば、まともな方法ではそう簡単には開かない。インベルという名の『龍神』直系の子孫が、この世に留まることのできる時間と引き換えにして施した障壁魔術は、たとえ絶大な魔力量を誇るタカス・ハルトやウメミヤ・ユウヤであろうと、短時間でこじ開けるのは困難だ。

 

 その障壁を破ろうと四苦八苦しているメシア教の魔術師達程度では、障壁の破壊には数週間という時間を要するはずだった。

 しかし、状況は一変した。

 アルキドア帝国が秘密裏に作り上げた魔導兵器、『魔魂石』が、停滞していた現況を大きく変えた。

 数百人分の魔力を集積した石が、数十数百とある。その魔力量は『魔神』すら上回り、白い少女を守る障壁を少しずつ蝕み始めていた。


「術式AからFまで正常稼働」

「補助術式1から8まで、同じく正常稼働」

「新たに追加した魔魂石用のジョイント術式も正常に稼働中」


 ローブを着た魔術師達が、口々に報告を上げる。それを1つ1つ確認し、時に魔術師たちに指示を出している白いローブを羽織った魔術師は、イザベラと呼ばれる女性だった。若いが教皇からの絶大な信用を基に教会内での地位を築き上げ、現在では教会の意思決定会議にも参加するほどである。

 

「障壁の破壊に要する時間の概算は出ましたか?」

「およそ1時間程度と推定されます」

「では、障壁の破壊が済み次第、即座に『神玉』生成術式に移りなさい。聖下は一刻も早い『神玉』の完成を望まれています」

「承知しました、イザベラ様」


 『権謀術数』という言葉がよく似合う教会組織において、権力者に気に入られただけの若者は格好の餌食となる。しかし、イザベラはそうした勢力から手を出されることはなかった。

 背後を固めるのは教会の最高権力者。失脚させるといっても、簡単なことではない。

 ならば殺せば良い。

 そう思った輩は皆、死んだ。

 何の事はない。イザベラという女性が極めて優秀な魔術師であり、殺そうと近づいてきた者を全て返り討ちにするだけの実力があったからこその結果だ。


 神玉とは何か。

 イザベラにとってそんなことはどうでも良い。ただ、己が仕える主のために、忠誠を尽くすだけだ。

 横たわる白い少女の生死は彼女にとっては瑣末なことであり、『教会のため』というお題目が付けばいかなることも成し遂げる。

 

 そしてそれは、イザベラだけでなく、この教会に所属するただ1人の例外を除く全員に共通する性質だった。


♢♢♢


 聖堂を守っていた障壁をすり抜けた後、戦意を露わに攻撃を仕掛けてきた魔術師達を『優しき眠り(ヒュプノス)』で丸ごと戦闘不能に追い込んだが、その中に俺やエリアルデ支局長を戦闘不能に追い込んだ魔術師の一群と同じ魔力を持つ者は1人として居なかった。

 今俺の周囲で伸びている連中は、恐らくは衛兵レベルの雑兵なのだろう。魔術の腕前はかなりのものだったが、それでもエリアルデ支局長との戦闘で生き残れるようなレベルではなかったし、何より既存の魔術の域を出ない汎用魔術しか使えないようだった。

 とてもじゃないが、俺の腕を切断した術式のような、正体不明な術式を使えるようには見えない。


 と、すれば、まだ敵の主戦力(推定)にすらぶつかっていないということになる。もちろんメシア教の連中が更なる強力な手駒を揃えていないとは言い切れないが、あのアパートに集結していた戦力は出し惜しみを許すほど軟なものでなかった。あの時の部隊が敵の主力と見てほぼ間違いないだろう。


『妙に静かですね』

「そうだな。異常に人気がない」


 ここまで常駐部隊のような場を警護する連中以外に、人間の姿が1つたりともない。

 侵入者が入り込んできているこの状況下で放置するというのは考えづらいし、そもそも完全放置を決め込むなら最初の魔獣からして出してこないだろう。


『魔術で隠している、ということでしょうか』

「何らかの魔術が発動しているのは間違いないんだけど、それが正体を隠すための術式かどうか分からない。宗教建築にありがちな場に作用するタイプの術式が、ここは多すぎる」


 そのせいか、くーちゃんの魔力までボケてしまっている。なんとなく方向ぐらいは掴めているから、その感覚に従って虱潰しに探すしかない。


 俺は『天眼』を発動し、大広間のような広大な空間の内部を走査した。部屋を超えて術式を作用させようとすると阻害されることから、建物そのものに妨害術式が埋め込まれているのだろう。盗み見や盗聴を防止する、権力者の邸宅等ではごく一般的な仕様だ。

 

 その直後。


 突如として周囲が爆炎に包まれた。

 高熱が石材を焼き、カーペットを跡形もなく吹き飛ばす。柱だけは障壁魔術の庇護下にあるのか、爆風を受けても煤一つ付かず鎮座していた。こういう事態を想定していたのか、それともただ堅牢に作ってあったのか、それはわからない。


「お出ましみたいだな。カーテナ、『破魔』の準備を」

『はい!』


 体表面に展開した障壁魔術が爆風と熱を完全に遮ったが、その過程で表層の障壁が数枚割れてしまった。修復は容易だが、あと何回か同様の攻撃を繰り返されれば、瞬間的な出力では負けてしまうことも十分あり得る。

 俺は緑色の光を帯びたカーテナを構え、周囲の気配を探った。


 術式の影も形も掴めなかった。

 この感覚は、あの不可思議な術式を使用する連中と相対した時に覚えた感覚とよく似ている。


 白い霧が周囲に立ち込め始める。その霧に魔力の気配はない。


『主様、あれは……』

「お前を戦闘不能に追い込んだ毒霧だな、分かってる」


 カーテナにも障壁を展開して、俺は『レーヴァテイン』を使用する要領で毒霧を掌の上に集めた。

 吹き散らすだけでは半密室のこの部屋ではいずれ限界を迎える。ならば回収したほうが早い。


 白い霧を集める過程で霧のごく一部が鼻先を掠めていった。体に異常が出るほどの量ではなかったが、強い刺激臭を感じた。

 瞬間、俺は閃くようにある記憶を取り戻した。

 

 そうだ。

 この臭いには覚えがある。


 もうほとんど必要がないと思っていた、俺がこの世界に来る前の記憶に、この霧と同じものがあった。


 フラッシュバックするように思い出されたのは、高校時代の化学実験の記憶。

 硫酸や水酸化ナトリウム、銅や銀の化合物といった各種試薬を用いて錯イオンの生成実験を行った記憶だ。受験化学に嫌がらせのように現れる錯イオン溶液の色を覚えるため、化学教師が企画してくれた授業だ。


 この臭いは、塩酸だ。


「塩水に電流を通して発生させた水素と塩素を混合し、炎熱系の魔術で着火した結果生じたガスを流す。そんなところか?」


 あえて口に出し、敵の動揺を誘う。

 だが敵も手だれらしく、そんなことでボロを出すほど間抜けではなかった。


 しかし、本当に驚いた。

 これは完全に科学の領分だ。魔術が支配的なこの世界では観察と実験に基づく自然科学はほとんど発展していない。数学も金勘定に必要なレベルまでしか発展していないこの世界で、一体どのようにして塩化水素の生成に至ったのか。


 敵は科学を戦闘に組み込んでいる。


 ただ、その領分に関しては、俺はこの世界で2番目の知識を持っている。

 俄仕込みの者達に遅れを取る訳にはいかない。


 俺は掌に集めた塩化水素を『投影』を用いて水素と塩素に分解した。使用するのは水素の方だけでいい。

 それをついさっきの爆発の時に『天眼』で確認した、『奇跡的に爆発の影響下から外れた』領域周辺に送り込み、着火した。


「ぐおっ」「かっ、あ」


 案の定、術式が破れて黒いローブを纏った魔術師が姿を表した。

 

 即座に『優しき眠り(ヒュプノス)』をかけ、深い眠りに落とす。

 エリアルデ支局長が命を賭して得た情報の中に、『魂食いの術式』というものがあった。絶命後に発動する魔術で、肉体を捕縛する術式が仕込まれていたという。ただでさえ得体の知れない敵と戦っている時に、余計な術式を食らっている余裕はない。だからこその『優しき眠り(ヒュプノス)』だ。


 戦闘不能に陥った魔術師を部屋の外に転移させようと手を伸ばしたその瞬間、強烈な悪寒が背筋を貫いた。


「っ!」


 感覚が告げるままに俺は『投影』で距離を取った。

 直後、俺が直前まで居た辺りを赤い線のようなものが無数貫いていった。

 戦闘不能に陥っていた魔術師が巻き込まれ、命を失ったことは、直後にその魔術師の体から漏れだした錆のような色の煙によって知った。意識を失った魔術師は、一部魔術の継続ならともかく、発動は決してできない。ならばあれが、『死後』発動するという『魂食いの術式』なのだろう。


 真っ直ぐ俺に向かってきた錆色の煙をカーテナで一閃すると、煙は雲散霧消した。


 味方を巻き込んででも、いや、むしろ積極的に巻き込みながら俺の命を狙ってくる敵の冷徹さに戦慄すると共に、俺は強烈な怒りも覚えていた。

 

「仲間を……」


 命を賭してでも守りたい者を持つ俺にとって、それは絶対の禁忌。

 

「何だと思ってやがる!!」


 練り上げた魔力を前回にして、俺は部屋全体を覆い尽くすような巨大な『優しき眠り(ヒュプノス)』の陣を展開した。濃紺の光が部屋を満たし、術式の効力をあますところなく伝えていく。


 本来の適正半径の優に30倍は広い魔法陣は、当然俺の魔力をかなり削りとっていった。

 後先を考えない行動だとは思う。こんなことをすれば後の戦闘に差し支えるかもしれない。折角『投影』を主体に戦闘を進め、魔力を温存していたというのに、それも水の泡だ。

 しかし、やらずにはいられなかった。

 

 宗教に限らず、何らかの人間や考え方を信奉する者の中には、全ての行動基準を崇拝するその対象に委ねてしまい、時として愚かなことすらも自分の中で正当化して実行してしまう者が居る。

 俺はそれこそを嫌悪する。

 俺が宗教を信じないのは、自分の価値基準を他者に委ねることを嫌うからだ。

 他者に全てを委ね、盲目的に臣従し、あらゆる全てを正当化して実行するような奴は、もはや対等な『相手』ではない。


 そういう存在は、ただのクズだ。

念のため申し上げておきますが、私は宗教というものに対して作中の主人公のような考え方を持っているわけではありません。特定の宗教や何らかの宗教を信じる方々を批判するつもりは毛頭御座いません。

「異世界に放り出された主人公は恐らくあらゆるアイデンティティを失っただろう。最後に依るところとなったのは多分自分の『意志』だろう」と考えた結果です。

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