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龍神の聖母-17


 歴史は繰り返すと言う。それは科学技術が世を支配する元居た世界と、魔術が存在し科学があまり発展していない異世界の間においても同じなのだろうか。

 俺の眼前に現れた建築物は、さながらゴシックやルネサンスのような、他の建築物とは明らかに異なる様式を備えた威容を誇っていた。サン・ピエトロ大聖堂とモン・サン・ミッシェルを組み合わせたような、複雑だが力強い印象を受けるその建築物の名は、この世界で5年も暮らせば自然と知ることになる。

 『メシア大聖堂』。

 それが、アルキドアの城すら上回るあの威風堂々とした大建造物の名だ。

 つまり俺の今回の敵は、『宗教』だ。


『敵はメシア教そのものってことですか』

「そうなるな。正直、国を相手に回すよりも厄介かもしれない」


 国を敵に回したところで、その1カ国か、せいぜい同盟の数カ国を敵に回すだけだが、宗教はそうもいかない。その宗教を信じる全ての人間が、国の垣根を超えて俺の敵に回るのだ。しかもそれが、この世界の最大宗派である『メシア教』だとしたら、敵に回す単位はアルキドア帝国の比ではない。そもそも宗教を国の中心に据えている国も存在するぐらいなのだ。そうした国々はまず間違いなく俺の敵に回るし、大勢の教徒を抱える国は反乱の火種を潰すために俺の敵に回る可能性がある。それは現時点では友好的な関係を結んでいるアルキドア帝国ですら例外ではない。

 最悪の場合は、文字通り世界を敵に回すことにすらなりかねない。


「引っ越さなきゃいけないかもな」

『ですね。どうします? 次はアルキドア帝国にでも住みますか?』

「いや、カミラの国にわざわざ火種を持ち込むような真似はできないよ。もしダメなら、東に行こう」


 だがまずは、『魔境』を超えるよりも先にやらなければならないことがある。

 くーちゃんを返してもらう。

 くーちゃんは全てに優先する。俺の生活よりも、俺の命よりも。

 もちろん世界を敵に回すことと引き替えにしてでも、だ。


「カーテナ、少し揺れるぞ」


 俺は最高速度のまま、全身に障壁を展開して教会の前に着弾した。

 轟音が聴覚を打ち消し、舞い上がった土砂が視覚を潰す。ちょっとした地震のようなものまで発生したあたりに、龍族が内在する力の凄まじさを感じる。

 当然、メシア教の連中は誰かが攻め入ってきたと思うだろう。

 それでいい。 

 これは、『神殺し』タカス・ハルトの、メシア教に対する宣戦布告だ。

 いつの世も、どの世界でも、どんな生物でも、絶対に敵に回してはならないのは子を守る親だ。


 龍化を解き、普段の人の姿へと戻ると、俺は中級の操風系魔術で砂埃を全て吹き飛ばした。緑色に薄く色づいた風が吹き荒れ、拡散していく。

 砂埃が全て吹き飛んだことを確認して、俺は自分にかけていた認識阻害魔術を解除した。


 カーテナを抜刀して片手持ちし、俺は歩を進める。

 一歩一歩、前に進む。

 くーちゃんはもうすぐそこにいる。俺の中のインベルが、くーちゃんの居所を教えてくれている。 

 しかし、やはりというか、何というか、教会は俺を拒むつもりのようだ。

 聖堂の前に、俺の歩みを食い止めるように、白い魔法陣が無数に出現した。さらに次の瞬間には、魔法陣上に巨体を誇る魔獣が出現した。恐らく空間移動魔術の使い手がいるのだろう。

 ツチグモ、リーパー、ヨツン、ワイズマン……。

 多様でしかも強力な魔獣が、数えるのも面倒になるほど俺の前に突然現れたが、魔獣達は不自然なほど静かだった。

 中には喰う喰われるの関係にあるような魔獣も居るというのに、目のある魔獣は全て俺の方に視線を向け、目のない魔獣も俺を認識して照準を合わせているようだった。

 明らかに『テイム』かそれに準ずる魔術の支配下にある。


「問答無用だな。それも全て、『神の名の下に』、か」


 俺は嘲笑を込めて、敢えて言葉にした。

 メシア教の中には異種族排斥を堂々と謳う宗派だって存在する。

 そういう奴らにとって異種族とは敵だというのに、それを堂々と駒として使う辺りが、この宗教のいい加減さを物語っている。あるいは『だからこそ』なのかもしれない。異種族『だからこそ』魔術で奴隷化して敵にぶつける駒にしたって構わないと、そう考えているのかもしれない。

 そうだとすれば、今俺の目の前に知性ある異種族の姿が無いのは、ラッキーなのかもしれない。


 『テイム』という魔術の解呪にはある特性がある。『テイム』された側に強い意思が無ければ、『テイム』を解くことは困難であるという特性だ。故に『テイム』されている期間が長すぎる場合や、そもそも意思の力があまり強くない野生的な生物にかけられている場合、解呪は困難を極める。

 そして今回の場合は、その両者に該当すると考えられる。恐らく解呪は、たとえ時間をかけたところで絶望的だろう。


 知性が有るか無いかなんてことは、俺の中の勝手な価値観なのかもしれない。だが、もし龍族や獣人族の姿が俺の前にあったらと思うと、思わず身震いしてしまう。同じ命だとしても、『悲しい』とか『悔しい』とか、そういう風に感じるような生物が『テイム』されて俺の前に立ちはだかっていたら、俺は非情になりきれない。


 だから、ラッキーだった。


「カーテナ、『纏魔』の準備を」

『はい!』


 広範囲殲滅神級魔術、『神よ、どうして私をお見捨てになったのですか(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)』。

 その威力の全てがカーテナの刀身に吸い上げられていき、カーテナは白い燐光を放ち始めた。


 俺はカーテナを両手で持ち、右から左へと思い切り振るう。


 直後、俺の眼前の魔獣達が、白い線に区切られて二つに分断された。

 音はない。手応えもない。

 ただ『斬った』という結果だけがそこにあった。


 苦しめてはならない。

 生命力の強い一部の魔獣は、身体の半分を失ったって絶命しない。だからこその、『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』だ。

 この術式の性質は殲滅。決して命を奪わない『神の裁き』とは対極に位置する、必ず命を奪う魔術だ。少しでもこの術式の有効範囲に入れば、その生物は全てを失う。

 さらに本来は空間を攻撃するこの術式を、カーテナに乗せて撃つことで面に圧縮し、絶対に防げない致命の一撃にまで高めた。


 魔獣達が崩れ落ちる。

 そこにもう命はない。


♢♢♢


「き、教皇! 防御網が侵入者によって突破されました!」


 大慌てで部屋に駆け込んできたのは、つい先ほども教皇に非常事態を伝達した年若い司祭だった。

 しかし教皇は涼しい顔をして告げた。


「想定の範囲内だ。第二第三の防御網を展開して食い止めろ」

「そ、それが、既に第二第三の防御網も突破され、残すは魔兵部隊のみです!」


 今度は教皇も平然としてはいられなかった。

 第一防御網の要素はAAA級とはいえ所詮は知能のない魔獣だ。したがってここが突破されてしまうことは、事前に感知していた侵入者の魔力量を考えれば十分ありえることだった。

 ところが第二の防御網を為す『絶対防御』とも称される障壁を、中にいる教皇自信が気づかないほど『自然に』破壊し、魔術師の部隊からなる第三防御網を突破するというのは想定の範囲外だ。


「続いてメリオール様からの報告をお伝えします。魔力に決定的な差異が見られるものの、侵入者の容姿はタカス・ハルトのものとほぼ一致。カーテナと思しき刀剣を持ち、ノーモーションで魔術的現象を引き起こしていることから考えて、タカス・ハルト本人である可能性が非常に高いとのことです」

「…………生きていたのか」


 しかし、何故。

 他人の魔力を自らの体内に通した報いは、魔力制御能力の破損という形で顕れる。そんな状態で魔力を行使すれば、制御しきれなかった魔力が自分自身を攻撃することになる。初級中級のように扱う魔力量が小さければまだいいが、『魔神』化のように神級魔術すら超える絶大な魔力を消費する術を使えば、肉体にかかる負荷は想像を絶する。ただでさえ適格者以外の『魔神』は負荷に苦しめられるというのだから、文字通りに崩壊したとこらで何ら不思議はないはずだ。


 しかし報告を上げてきた者が、レオナルド・メリオールだ。教皇に次ぐ権勢を持ち、実力はメシア教トップクラスの男が、わざわざ虚偽を伝えてくるだろうか。

 下克上を狙った謀略の可能性は否定できる。何故ならば、ここで反旗を翻すことはメリオールにとってメリットにならないからだ。 

 侵入者の正体はタカス・ハルトであり、何らかの手法によって魔力制御能力を修復し、その過程で自らの魔力を大きく変質させた。

 起きた現象と報告を総合すると、そう結論せざるを得ない。

 理論的な裏打ちや理屈は教皇をして理解できないが、そういうものだと考えなければ先の対策を練ることができない。


 教皇は明晰な頭脳を以て、最も期待値の大きい方策を練り上げ、司祭に命じた。


「魔兵部隊を展開し、『神玉』の製造が終了するまで堅守させよ。必要ならば『魔神』も前線に出し、何としてでもタカス・ハルトを食い止めよ」

「はっ」


 もはや安楽椅子に座して待つだけでは『神玉』に届かない。

 教皇は長らく着る機会の無かった法衣の埃を払い落とし、身を包んだ。

 錫杖を床に向けると、赤いカーペットに白い魔法陣が広がった。魔法陣は教会が帯びる魔力を吸収し、教皇をどこかへと転移させた。

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