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龍神の聖母-16

 冷たい空気を切り裂きつつ、俺は共鳴する魔力の方角へ向かっていた。

 傾き始めた夕日の光を全身に浴び、冷たい空気を思い切り吸い込むと、感覚が研ぎ澄まされるような気がする。

 

 そうして飛行すること十数分。

 リアナ公国北端の街に差し掛かった辺りで、抱きかかえていたカーテナがもぞもぞと動いた。


「……あ……主様……」


 掠れた声を出すカーテナ。しばらくふらふらと視点を定めあぐねていたようだったが、すぐに俺に目を合わせてきた。


「起きたか、カーテナ」

「あれ……私。主様も生きて……」

「インベルのお陰でな。悪いけど、刀に戻ってくれないか。スピードを上げたい」

「構いませんけど……って、主様、それ、まさか」

「インベルの贈り物だ。くーちゃんを助けるために、俺にくれた」


 カーテナは驚愕の表情を浮かべ、俺の肩の辺りを凝視していた。

 驚くのも無理はない。俺だって驚いている。

 

 まさか俺が、背から翼を生やして大空を舞うことになるなんて、誰が想像できよう。


 身の丈よりも大きな、純白の双翼。

 かつて見たくーちゃんのそれより一回りも二回りも大きい、龍の翼だ。

 

 インベルが俺に施した『犠牲サクリファイス』という術式は、他者に身体を与え、もう一度生命を吹き込むためのものだと言っていた。

 つまり、死に瀕した者に肉体を重ねあわせ、足りないものは補い、付け加える術式だったのだ。

 融合、とでも言えばいいのだろうか。術式を施された俺の中には今、2つの異なる身体が共存している状態だ。しかし異なるといっても、完全に別物というわけでもない。インベルの肉体は移植された臓器よりも深く俺に根付き、同化している。今の俺は、さながら人化した龍族のような状態だ。同時にインベルの魔力制御系を使うことによって、俺は再び魔術を使用できるになった。

 体調を戻す、とはこのことを指していたのだろう。


 インベルのお陰で俺は、再び死の淵から救い出されたのだ。


「悪かった、カーテナ」

「……ホントですよ。主様は悪い人です。くーちゃんを置いて死のうとするなんて」

「あの時はああすることが最善だと思ってたんだけどな、インベルのおかげで気付かされたよ。俺は俺の死を悲しんでくれる人のことなんてすっかり頭から抜け落ちてたけど、俺が死ぬってことは、そういう人達を泣かせて傷つけることにもつながるって」

「気付くのが遅すぎます。この女たらし」


 女たらし?

 確かに俺の周囲には少々女性が多い気がするが、別に恋仲にあるわけではないし、アプローチしまくっているわけでもない。心外な評価だ。

 ただまあ、今回だけは口答えしないでおこう。カーテナに対しては負い目がある。

 俺に再びその刃を向けなければならないほどにカーテナを追いつめてしまったことは紛れもない事実だ。


「主様、この後はどのように?」

「くーちゃんの所に向かう。場所は分かってる」

「勝てるんですか?」


 カーテナは眉をひそめ、そう口にした。

 無理もない。弱っていたとはいえ、俺は瀕死の重傷を負い、カーテナは敗れ、さらにはエリアルデ支局長もテンペスタさんもハリカさんまでも敗れたのだ。

 

「…………どうだろうな。ハッキリとは言い切れない。あいつらの魔術の解析もできてないし、規模もはっきりとはしてない」

「だったら戻って皆の回復を待ったほうが」

「いや、それじゃダメだ。うまく言えないけど、無茶苦茶嫌な予感がする。『予知』みたいな感覚なんだが、うまくビジョンが見えない。ただ、くーちゃんに何らかの危険が迫っているのは間違いない」

「危険…………?」

「『予知』は怪我程度だったら発動しない。いつも『予知』が働くのは、俺の知り合いに死の危機が迫る時だけだ」


 カーテナは目を見開き、さっと顔を青くした。


「今は時間が惜しい。カーテナ、刀剣状態に戻ってくれ。スピードを上げる」

「分かりました」


 腕の中でカーテナが1本の日本刀に姿を変えていく。俺はカーテナを鞘に納め、万が一にも落とさないよう、ローブの紐を使って強く身体に縛り付けた。


 翼を2回3回と動かして、空気を強く叩く。加速度を受けた俺の身体はぐんと押されるような感覚とともに速度を上げていく。


 純白の翼の動かし方は身体が、厳密に言えば、俺の中にあるインベルの肉体が覚えていた。

 羽撃き、風に乗り、滑空するという一連の動きは、考えて分かるようなものではない。自転車の乗り方のように実際に経験し、文字通り身体で覚えなければならないものだ。


 そのインベルの身体が覚えている感覚が、俺に『これ以上の速度はこのままでは出せない』と伝えてきている。

 俺はその感覚が訴えるまま、龍族の力を解放した。

 

 視界が一瞬白く染まり、身体の感覚が変わっていく。人型に感じていた身体の輪郭線が大きく広がっていく。

 視界の隅にちらりと映り込んだ俺の腕は純白の鱗に覆われていた。指先には白い長大な爪が生えており、強い威力を感じる。

 自分の姿がどうなっているのか、『天眼』を使えば確認することもできるが、俺はそうしなかった。

 分かっていたからだ。

 自分の側頭部から伸びる一対の角も、雄大な翼も、全身を守る硬い鱗も、万物を切り裂く爪も、そこにあるということは分かっている。

 今の俺は、白い一匹の龍だ。


 元人間である俺が龍族に姿を変えるのだから、さしずめ『龍化の術』とでも言えばいいのだろうか。


 一際大きく空気を叩くと今までにない勢いで加速した。風景は物凄い勢いで流れていくが、不思議と周囲の様子はなんとなく分かっていた。動体視力の出来が人類のそれとは違うのだろう。


 風よりも速く、俺は空を舞う。


♢♢♢


「教皇!!」


 年若い司祭がノックも無しに部屋に飛び込んできたことに眉をひそめた教皇だったが、そのただならぬ様子を見て反射的に怒鳴ることだけはどうにか抑え込んだ。

 威圧的な視線で射竦め、無言のうちに用件を言うよう促す。

 司祭は一瞬怯えるように一歩後ずさりしたが、逃げ出すことなく教皇の正面に立ち、報告した。


「異常に強力な魔力を内在する何者かがこちらにまっすぐ向かってきています! このままのペースで進めば、およそ10分後にこちらに到達します」

「……何者だ?」

「不明です。解析班の報告では、魔力量は『神殺し』タカス・ハルトよりもやや多く、魔力の特徴にも一致する点が見られますが、別物と断じて良い程度の差異が存在するそうです。認識阻害魔術かそれに準じた効果を持つ魔術によって妨害され、目視による判別も不可能だと」


 顎鬚をゆっくりとかき回しながら、知を蓄えた老教皇は思考する。

 『神玉』を得るために脅威となり得る勢力は全て無力化したはずだ。

 『神殺し』タカス・ハルト、『龍王』エリアルデ、『嵐龍王』テンペスタ、『魔神適格者』ウメミヤ・ユウヤ、『魔神』ジェラルド・アウリカルクム。

 タカス・ハルトには不審な動きがあったが、あの状態で『魔神』化すれば無事で済むはずがない。事実、直後に『魔神』化したタカス・ハルトの魔力は消滅している。『魔神』の負荷に耐え切れず崩壊したと見る方が確実だ。

 障壁となり得る大戦力は全て沈黙し、邪魔立てする者など現れるはずがない。各国のトップには圧力をかけているし、唯一圧力をかけられるルートを持たない新生アルキドア帝国は他所事に干渉するような余裕はないはず。

 

 そうした思考の末、教皇は1つの仮説を弾き出した。同時にこの想定外の事態に対する対策を練り上げていく。


「タカス・ハルトの近縁の者が、どこぞに潜んでおったか」

「その可能性が高いかと」

「ならば、S級の警戒態勢を敷け。この時節にタカス・ハルトの近縁の者がここに向かってくる理由など、1つしかあるまい」

「はっ」


 テイムした魔獣、魔兵、そして、ごく最近確保した大戦力。それがS級警戒態勢の内訳だ。

 教皇は思う。

 客観的に言えば、過剰な警戒だ。『魔神』でもない相手に対して、『魔神』や『龍王』すら上回る大戦力を以て当たるというのだ。

 しかし『神玉』の製造は何人たりとも妨害させるわけにはいかない。『神玉』は、それを手にすることとなる教皇の力を強大なものにするだけでなく、メシア教の権勢を確固たるものとするためには不可欠なものだ。数十年という単位で練り上げたこの計画を邪魔するものは、それがかつて世界を席巻した者の力を受け継ぐ『四役』であったとしても、許す訳にはいかない。

 タカス・ハルトは間違いなく計画を阻害する最大級の要因だった。天才という言葉では言い表せないほどの魔力とキャパシティを備え、剣術に長け、未確認だが魔術に頼らない異能を操り、更には『魔神』の力まで獲得した男が、最期に望みを託したと考えられる近縁の者に注意を払うのは、ある意味で当然のことだ。しかも近縁の者は、魔力量だけならばタカス・ハルトよりも多いという。間違いなく世界一の魔力量だろう。

 不安はある。しかし同時に期待もある。

 弱っていたものの、タカス・ハルトを撃破し、さらには『龍王』エリアルデすら撃破した魔兵ならば、どんな敵であろうと負けはしない。

 

 不安と期待と、そして『神玉』を手にできるという喜びが、歪んだ笑みという形で世界に出力された。

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