龍神の聖母-15
魔力が満ちていく。封じた魔力を解放したときのような全能感だ。
体のどこかにあった引っかかるような感覚はもう無い。崩壊の一途を辿っていた肉体には活力が漲り、むしろ過去のいかなる時よりも体調が良かった。
両脚で立ち上がる。
つい数分前にはできなかったことが、今はできる。
俺は気を失って倒れているカーテナを持ち上げ、『天眼』を発動して周囲の様子を探った。
「…………」
息を呑むような光景が、俺の拡大した視界に入ってきた。
雲より上の、常に白雪に覆われていると思っていた領域には、外から見ただけでは分からない世界が広がっていた。何らかの大規模な認識阻害魔術の効果なのだろうが、山の斜面には集落が広がっていた。内側にいなければ山が帯びる魔力に妨害されて、たとえ『天眼』でも見ることができないであろう、慎ましくも美しい街並みに目を奪われ、ハッと気付いて頭を振った。
今はそんなことに囚われている場合ではない。
どこか遠くに、今の俺の魔力と共鳴する小さな魔力がある。
大家が言っていた原始的な繋がりとは、多分これのことだ。血を分けた母子にだけ許される、魔力と魔力の共振。インベルの肉体を身の内に宿す今の俺には、くーちゃんの居場所がぼんやりとだが分かる。
『天眼』で洞窟の構造をひとしきり走査したが、出口らしい出口は見つからなかった。かつてインベルが死の危機に瀕してここに逃げ込んだときに出口を塞いだのだろう。
ならば方法は一つ。
神級魔術、『神の雷』を発動。
誘電力場を『投影』。
身を守るための数々の障壁を体表に展開し、俺自身に莫大な電圧をかける。
かつて『ミョルニル』と名付けたこの術式は、3メートルにも及ぶ鋼鉄の壁を容易くぶち抜いてみせた。
当然岩石如きでは30メートル連なっても大した抵抗にはならず、俺の身は音速を超えて外界に飛び出し、空を舞った。
報いなければならない。母親の献身に。
こんな俺を必要だと言ってくれた彼女の死と覚悟が無駄でなかったことを示さなければならない。
ローレンツ力は既に消え、俺の身体は空気抵抗と重力を受けて放物線を描きつつ落ち始めている。
以前の俺なら『投影』や魔術で反対向きの力をかけて制動するところだが、今の俺には別の選択肢があった。
新しい力の使い方は、誰に教えられることもなく、ただ『身体が覚えていた』。
♢♢♢
ストックしていた血を全て飲み干し、『神の薬』を連発し、涙で顔がぼろぼろになるほど腕を切り裂いて尚、引き戻せなかった命の数は、12。
総勢40名の騎士魔術師混成部隊は、わずか20名の敵の前に敗北を喫したのだ。
「陛下、後のことは私が処理します。ひとまずお部屋にお戻りください」
パーシヴァルがへたり込む私の前にかしずいて労るように声をかけてくるが、私は足が床と張り付いてしまったかのように、その場から動けなかった。
12人だ。
権力を奪う過程で失われた命とほぼ同数の数が、この一瞬で失われたのだ。覚悟なしに受け止めるには、重すぎる。
何かできることがあったかもしれない。
タカス・ハルトがかけた封印に手出しできなかったのは事実だが、全力で取り組めば何とかなったのかもしれない。事実、封印は破られ、魔魂石は奪われた。魔魂石を予め破壊しておけば、敵がここに来ることもなかったかもしれない。
かもしれない。
可能性に過ぎないことは分かっている。
だけど、どうしても考えずに入られないのだ。
何かできることがあったかもしれない。
呆ける私に、パーシヴァルが静かだが重みのある声音で呼びかけてきた。
「陛下、いえ、カミラ様」
ぼんやりとそちらに視線を遣る。
強い光を目に宿すその姿に、私は嫉妬すら覚えてしまう。
兵士として、騎士として、幾多の死を乗り越えてきたパーシヴァルの経歴を私は知っている。
どうすればそんな風に強くなれるのだろうか。
12人の死を受け止めきれず、何も行動できなくなってしまった私には無いその強さは、どうすれば手に入るの?
「彼らの死から、何かを学び取って差し上げてください。学ぶ過程で死に折り合いをつけ、前に進むのです。そうして私は生きてきました」
「学ぶ……?」
「最も悲しい死とは、誰に何も与えること無く、ただ消え去るだけの死です。誰かに何かを与える限り、その死はきっと無駄ではない。私はそう考えます。カミラ様、先に進みましょう。生き残った私達は、彼らの死に報いねばなりません」
パーシヴァルは、私に手を差し伸べた。
幾筋の傷跡が走り、ゴツゴツとして荒々しいその手に、私は幾度と無く支えられ、助けられてきた。
手を取る。体温が伝わってきて、当たり前のことだけれど、生きているという実感が湧いてくる。
そう、私は生きている。
生きている限り、前に進むしかない。
過去という後ろばかりを見て、未来という先を見ない人間は終わったも同然だ。そう教えてくれたのはハルトとエアリア。
再び2本の足で立ち上がる。
私には、やるべきことがある。




