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龍神の聖母-14

「陛下!!」


 執務室で長ったらしい条約とか立法の取り決めとかとにかくめんどくさいものを読み込んで頭にたたき込むという作業に忙殺されていた私は、イライラしていた。途中から法典を消し炭にする方法や何とかして城をこっそり抜け出す方法とか、現実逃避的な思考に移行して、視線は紙の上を滑るばかり。要するに油断しきっていたのだ。

 だからパーシヴァルが部屋に入ってきたとき、私は比喩でも何でもなく、驚いて少しだけ椅子の上で跳ねてしまった。


「パ、パーシヴァル。淑女の部屋に入るときはノックをするようにと教えたのはあなたではありませんか」

「陛下は今一度淑女の意味をお調べした方宜しいようですが、それは後にしましょう。事態は差し迫っております」


 物凄く失礼なことを言われた気がしたが、それよりも気にするべきことがある。


「何かあったのですか?」

「侵入者です。地下階は既に敵の手に落ち、騎士団と宮廷魔術師が迎撃に当たっております」


♢♢♢


 スカートを少し持ち上げつつ、私はパーシヴァルと共に自室へ急ぐ。城内に人気がないのは、戦える者は前線へ赴き、戦えない者は待避しているからだろう。


 しかし、何故このタイミングで?

 考えられるとすれば、前皇帝に近しい人間による復讐か。

 実の父親を死刑台に送ったことは事実だし、私のやり方に反発を覚える人間が居ることは知っている。魔魂石によって利益を上げていた者も居るし、徹底した魔魂石排除政策の過程で多くを失った者も居る。

 そうした者達が武力を結集し、私の首を狙っているとしたら。

 動機的には十分あり得そうだ。

 だが、能力的にそんなことが可能なのだろうか。

 味方の話とはいえ3回に渡って『神殺し』による城内への侵攻を許したことを反省し、宮廷魔術師を動員して城全体を巨大な障壁魔術で覆っている。障壁が壊されているわけではないから、すり抜けたということになる。

 そんな無茶をやり通せる魔術師はそう多くない。


 考えていると、先を進むパーシヴァルが口を開き、この後の身の振り方について説明を始めた。


「陛下には避難路を通じて防護室に避難していただきます。騒ぎが収まるまでそちらでお過ごしください」

「パーシヴァルは?」

「私は前線で侵入者を迎撃いたします。既にエアリアが」


 私の耳に届いたパーシヴァルの言葉はそこで途切れた。


 断末魔や爆発音を含む大音声と共に城の一部が崩落したためだ。さらに崩落で生じた穴から薄く緑色を帯びた暴風が吹き荒れた。

 パーシヴァルは私を背後に押し込んでかばおうとしたが、それより早く、私は障壁魔術を発動して風に乗って飛んでくる瓦礫を弾き飛ばした。


 しかし前方からローブをはためかせながら人間が飛んで来るに至って、私は即座に障壁魔術を解除した。

 為す術もなく、ただ飛ばされている様子の誰かを受け止め、背を向ける。

 拳大の瓦礫が私の背中をしこたまに殴りつけてくるが、痛みに耐えさえすればこんなものは何でもない。踏ん張り、風に負けないよう背を丸める。


 やがて暴風は止み、瓦礫の脅威も消えた。


「う……」


 背中を中心に引きつるような痛みがある。

 が、もう治りつつある。この程度であればものの数十秒で完治するはずだ。


 パーシヴァルは腕から血を流しながらも苦痛を表情に顕すことはせず、中級の回復魔術の魔法陣を展開しつつ、私に近づいてきた。


「陛下、お怪我は」

「私は大丈夫です。それより自分の傷を手当なさい」


 パーシヴァルの傷は出血量も決して少なくなく、早急の止血が必要なことは明白だ。


「しかし」


 案の定、食い下がってくる。

 パーシヴァルはこの性格だから、相当強く言わなければ私を置いて自分を先に治療するような真似はしないだろう。


「私の傷は既に殆ど治っています。これは命令です。自分の傷を治しなさい」

「……分かりました」


 渋々といった調子で自らの傷を治療し始めたことを確認すると、私は飛んできた魔術師を床に下ろした。

 パッと見た限りかなりの傷を負っているが、腹部の細い何かで突き刺されたらしい刺し傷と、焼けただれたような顔の火傷が特に酷い。体型から見て男性だろうが、顔の損傷が酷過ぎて判別は難しい。呼吸が浅く、このまま放っておけば間違いなく死ぬだろう。


 私は懐から小瓶を取り出し、鉄臭い中身を飲み干した。

 瞬間、全身のいたるところ、髪の毛の先まで魔力が漲っていく。感覚が研ぎ澄まされ、残っていた背中の傷も一瞬で治癒した。


 神級魔術、『神の薬』を発動。

 桃色の魔法陣が魔術師の身体を中心に展開され、治癒を促進する。

 神級魔術の威力は凄まじく、吸血鬼に近い早さで傷ついた肉体が修復されていく。修復がある程度進んだ所で、魔術師は意識を取り戻した。

 周囲を見渡し、自分が置かれている状況を確認すると、魔術師はバネ人形のように跳ね起きようとした。が、損傷した筋肉の修復が完全ではなかったためか、上体を起こしきれずにまた倒れてしまった。


「あ、が……」

「無理に起きる必要はありません。それよりも状況を説明してください。下で何が起きたのですか?」

「……騎士団が、壊滅…………宮廷……魔術師も……ほとんど……」

「壊滅だと!?」


 治療を終えたパーシヴァルが、魔術師に迫る。


「どういうことだ。敵の規模は」

「……20人……です」


 20人。

 あり得ない。

 宮廷魔術師も騎士団も、一騎当千の兵たちだ。この国の中でも最上位に位置する手だれ達が、わずか20人程度の侵入者に敗れるとは到底思えなかった。

 その20人は、タカス・ハルトやジェラルド・アウリカルクムに匹敵する戦力だとでもいうのか。


「エアリアは、侍女武官のエアリアは?」

「エア、リア様は……敵を、追撃、されて……逆に……」


 そこまで聞いて、私は居ても立ってもいられなくなり、崩落箇所に向かって走りだした。


「陛下!!」


 パーシヴァルが叫ぶが、無視して走る。

 崩落箇所に躊躇なく飛び込み、翼を展開して勢いを殺しつつ、穴を下る。


 地下に辿り着いた私が見た光景は、目を覆いたくなるようなものだった。


 石壁が剥き出しの殺風景な地下階では、光源といえば壁に設置された発光石だけだ。しかし何らかの衝撃で壊れたのか、その大半が光を失っていた。時折思い出したかのように瞬いては消える発光石の光が場を照らす。

 薄暗い回廊に転がる、生きているとも死んでいるともしれない、魔術師と騎士達。折り重なるように倒れている者もいれば、壁にもたれかかっている者もいるが、全員に共通しているのはピクリとも動かないということだ。


「酷い……」


 歩を進めると、赤黒いラインが見えた。それを伝って行くと、ラインは徐々に太くなり、やがて人影が現れた。


「っ!! エアリア!!」


 血溜まりの中に倒れるエアリアの上体を起こし、息と鼓動を確認する。

 幸いにもまだ生きているようだったが、既に体温が失われ始めていた。

 龍鱗や爪を開放して戦っていたようだが、灰色の美しかった龍鱗は無残に砕かれ、爪は切断されている。上で治療した魔術師よりも傷の程度は酷い。それでも生きているのは、龍族だからだろう。まともな人間であれば今頃死んでいる傷だ。


 エアリアは吸血鬼の私程ではないが、魔力耐性が高い。『神の薬』でも治療には時間がかかるだろう。

 ならば。


 私は愛用のダガーを取り出し、ドレスの胸元を思い切り噛んで、一息に腕を掻き切った。


「ーーーー!!」


 声にならない悲鳴を上げ、歯を食いしばる。思わず涙があふれるが、こんな痛み、エアリアが受けた傷に比べればどうってことない。


 かなり深く切ったので、太い血管まで切れて血が腕から吹き出すように溢れていく。

 それを、エアリアにかける。


 吸血鬼の血には治癒を促進する作用がある。その効果は『神の薬』を上回るし、効きも早い。

 しかし相手が強力な魔力耐性を備える龍族では、効果は劇的というほどでも無い。だが、間違いなく傷が小さくなり始めている。

 全身に振りかけたところで、私の腕の傷も徐々に小さくなっていき、やがて完全に塞がった。


 ひとまずこれでエアリアは大丈夫だ。

 他の宮廷魔術師や騎士の治療も行わなければならない。

 

 私は視界を確保するために、初歩的な発光系魔術を発動し、回廊を照らした。

 回廊が明るく照らされ、ようやく全貌が明らかになる。


「…………」


 傷ついている者は大勢いる。今すぐにでも動かなければならない。

 にも関わらず、私は動けなかった。目線が釘付けになって、離すことができない。


 光は回廊の一番奥の部屋まで照らし上げている。

 その部屋は、魔魂石が保管されている部屋だった。タカス・ハルトによってガチガチに封印され、私達でも手出しできない状態になっていたはずだった。

 その部屋にあるべきものが無い。


 魔魂石が、1つとして無い。


 ようやく私は敵の目的を知った。

 敵の目的は、かつて私の父が作り上げ、タカス・ハルトによって封印されていた魔魂石の強奪。

 私は、文字通り国民の命の結晶を奪われたことを認識した。 

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