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くーちゃんとの生活-01

BLOODLESSで悲劇的な死を迎えることになるモブキャラクターを回収して異世界転生モノに仕上げてみました。

更新は不定期です。

「ハル、見て見て、くーちゃんハルの絵描いた!」


 白い肌、白い髪に紅い瞳の幼女が、画用紙片手にてててとキッチンに駆け込んできた。俺のエプロンの裾を掴んで引っ張るその姿は何とも愛らしい。

 食器を洗う手を止める。素早く濡れた手を拭いて屈み、目線の高さをくーちゃんに合わせる。

 画用紙を受け取ると、そこには先月の誕生日にプレゼントしたクレヨンで描かれた、肌色の何かが描かれていた。


「くーちゃん、じょうず?」

「ああ、じょうずだよ」


 そう言って頭に手を載せてくしゃくしゃっと撫でてやると、くーちゃんは「くすぐったい~」と言いながら俺の手から逃れ、居間に戻ってしまった。

 手に触れる柔らかな絹の如き髪の感触の他に、ゴツゴツとした固い感触があった。


 龍族であるくーちゃんは、通常時こそ愛らしい天使のような姿をしているが、本来の姿は真っ白な鱗を持つ純白の西洋龍だ。龍族の成体は、オスでは鋭い攻撃的な印象を受ける角を、メスでは丸みを帯びた木彫り細工のような繊細の角を持つ。

 くーちゃんはまだ幼体で角は生えていないが、それでもその萌芽のようなものは育ってきている。

 先月比0.3ミリ伸長していた。


 さて。

 画用紙を見る。

 そこに描かれているのは、ラブリーマイエンジェル・クリスことくーちゃんが描いた、俺の似顔絵、らしい。

 マイエンジェルがこの似顔絵を『俺』と言い切ったのならば、これは俺なのだ。そこに一片たりとも疑う余地は存在しない。

 しかし、もしくーちゃんが後でこの絵を見返した時、現実の俺との差異に愕然としてショックを受けってしまったらどうしようか。ショック→トラウマ→グレる→家出→非行少女の流れをたどるようなことがあったら、どうしよう。

 そこでふと、俺は閃いた。

 くーちゃんが描いたこの絵に対して、俺如きが手を加えることは許されない。だがしかし、俺の顔に関して俺が何をしようと俺の自由のはずだ。

 そう、すなわち、俺の顔をこの似顔絵に似せてしまえば、それで無問題ではないか。

 そう思い至った俺は、掌におよそ八千気圧の高圧を発生させると、それを自身の顔にゆっくりと近付けていく。これで皮膚を割いて再度直し、望む形に顔を変えるのだ。

 どんなに些細なことでもズレが生じることは許されない。

 マイエンジェルの将来のために!

 あと数ミリで圧力帯が顔に触れるというその刹那。


「ハル、ハルー。ハルも一緒にお絵かきしよ?」


 くーちゃんが俺を呼んだ。

 ならば、すべてに優先して馳せ参じなければならない。

 高圧帯を霧散させると、俺はくーちゃんの横に腰かけた。


「くーちゃんね、お花描いてるの!」

「おお、上手いじゃないか! よーし、ハルも負けないぞ!」


 くーちゃんのプレゼントであるクレヨンを俺が使う訳にもいかない。 ということで、俺は十年以上前、まだ幼稚園に通っていたころに母から貰った色鉛筆を思い浮かべた。色、形、質感、重さ、匂い等、可能な限り詳細にイメージする。

 イメージができあがったら、後はそのイメージを目の前の机の上に『投影』する。

 すると、イメージに質量が与えられ、現実の色鉛筆としてこの世に現出した。

 くーちゃんはお絵かきに夢中で気付いていない。

 そして全力で、果ての国の手前に広がる広大な『魔境』で見た、ラフレシア(?)型の肉食植物を描いていく。

 イメージを形にすることならば得意中の得意だ。ものの一分そこらで絵を描き終える。我ながらいい出来で、下手にイメージを『投影』してしまったら本物より強力になるんじゃないかと思われるほど、迫力がある。

 そして早く描き終えた分だけ、くーちゃんがクレヨン片手に絵を描く愛らしくいじらしい姿が見れるのだ。

 時折「んー」と唸りつつクレヨンを選び、慣れない手つきでゴシゴシと画用紙に擦り付けるように、くーちゃんの中の『花』を形にしていく。

 これを至福と言わずして何と言おう、いや何とも言えない。(反語)

 

「できた!」


 やがてくーちゃんは両手に高々と絵を掲げて、満面の笑みで俺に見せてきた。

 黄色い五枚の花弁から成る、タンポポのような花がそこにはあった。


「うまいぞ、くーちゃん! 末は画家さんかな?」

「でも、くーちゃんハルみたいにうまく描けないの」


 一転してしゅんとしてしまったくーちゃん。

 それをフォローするのは俺の仕事だ。


「くーちゃん、俺の絵には心がこもってない。本物と同じように見えるかもしれないけど、それじゃ駄目なんだ。くーちゃんの描いた絵のように、心をこめて描かれた、見ている人をぽかぽかさせるような絵じゃないとね」

「でも、こんなお花見たことないよ……?」

「いいんだよ、くーちゃん。見たことが無くても、それはくーちゃんの『花』なんだ。ハル、くーちゃんが描いたこのお花、大好きだよ」


 そこまで言って、俺は気付いた。

 ついさっきまでの自らの愚行に。

 くーちゃんの絵に自分の顔を似せる?

 馬鹿か己は。

 それはくーちゃんの純真なる絵心と真心を、遠まわしに踏みにじるような行為だ。

 ありのままを受け入れねばなるまい。間違っても、くーちゃんが描いた絵に疑いを抱いてはいけない。

 それを俺を忘れていた。


「ハルは、くーちゃんの絵好き?」

「ああ、大好きだよ」


 不安げに曇っていたくーちゃんの表情がからりと晴れ、陽だまりのような笑みに変わった。

 この時この瞬間のために俺は生きていると言っても、過言ではあるまい。

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