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ぼっちーと オフライン  作者: あんころ(餅)
一の章、誰がその手を汚せといったか
9/24

[007] 確かめファ〔4〕

     〔4〕


 頭脳処理系の能力や思考力に関しては、とあるスキルによっても顕著であった。

 【並列思考】と【高速思考】である。

 偵察に飛ばしたイーグルゴーレムの視聴覚共有を複数並列して行い効率化を図ることと、村落における現地住民の俗習慣および会話を観察して理解するため、それぞれ行使していた。


 【並列思考】は、元々は魔術系統を主力としたプレイヤーが用いるもので、例えばマジック・アロー(魔力の矢)を十本や二十本と多数同時に発射する場合に個々の矢の弾道計算などをシステム側の補助割り当て思考領域が担ってくれる、その同時実行可能数がスキル熟練度に応じて増していくというものだ。だが使ってみれば他のスキルとの汎用的な組み合わせも可能だったため、アルシンのようなプレイスタイルの者であってもそれなりに使う場面があった。これも例えば、戦闘の合間に現地でちょっとした生産を行うとして、その間に並行して探査察知による周辺警戒や、実行中の生成制御を行いながら次の生産の設計データを確認しつつ微修正、などといったことにも効果を発揮したものだった。とはいえ、さすがに本職の魔術師プレイを行う者ほど並行数が必要でなかったため、スキル熟練度はそこまで高くはなく、アルシンの同時可能数は最大で四、余裕を残すなら三、といった程度であった。

 【高速思考】は、文字通り自身の思考速度を高速化するものだが、主観体感的には“周囲がゆっくりになる”現象を起こすスキルと言えた。スキル熟練度が低いうちはほんの数秒だけ少し余裕が持てるかといった程度でしかないが、習熟が進むにつれ数十秒以上の長さでかなりのゆっくり深度をもたらすようになる。ではそれで素早い強敵も楽に倒せるかというとそうは簡単でなく、自身のプレイヤーキャラクター側の敏捷力とてどんどん向上していく上に戦法戦術も多様化複雑化を辿っていくことになるため、いわゆるプレイヤーの「中の人」が凡人の場合には戦闘の高速展開についていくのが難しくなる。高速思考を使用した状態でようやくまっとうに戦える、自身のキャラクターの素早さに振り回されず十全に能力発揮できる、となるわけだ。特に手数で押すタイプのスピードファイター型でキャラクター能力を構築(ビルド)した場合にこの問題が顕著で、一部では必須に近いスキルと化していた。アルシンもこちらのスキルはけっこう熟練度高めである。

 これらスキル熟練度に高低のバラつきがあることには、理由がある。もちろん全てのスキル値が高いに越したことはないのだが、実際上の制約があってそれは無理だったのだ。ゲーム《ミグランティス》において、スキルを習得すること自体には総数やクラスによる制限といったものはなかった(ただしクエスト関連習得であったり購入できるとしても高額であったりといったコスト要素は存在した)。しかし、熟練度の上昇は、実際に行動したことの反映として得る。プレイ時間に物理的限界がある以上(また、仮想領域ダイヴには健康管理上の制限もあるために)、単位時間あたりに上げられる熟練度の総和にも自ずと限界があるわけだ。そして、前線で通用するためには高熟練度値を必要としながらも、熟練度は値が高くなるほど鍛え上げる手間が加速度的に膨大化していく。つまりは対象スキルをしっかり絞り込んで鍛えないと、熟練度の無駄散らしになり、かえって役に立たなくなってしまうのである。そのため、使うスキル鍛えるスキルには優先順位付けが肝要であり、キャラクターの能力ビルド(育成方針)には計画性が求められた。なお、こうした優先順位において最優先とするスキルは通称「メインスキル」と呼ばれ、初期スキルとして選ぶ五つから、そこに補助を組み合わせても多くて十個ほどまでで、中核となる能力構成は組み上げた方が良い、というのが経験を積んだプレイヤーの間では定説であった。


 さて、この頭脳能力に関わる二つのスキルだが、どう考えても生身の脳神経組織だけで処理を実現できるものではない。よほどの天才ならともかく、アルシン自身の現実における才覚は凡人の域を超えたものではなかった。

 オンラインから断絶されその支援を受けられていないと思しき現状に対し、ゲームサーバー側の中枢システム部を担う並列量子コンピューター、その超計算能力をもってのみ実現可能なものとされていた数々の機能と処理。思考領域の補助割り当て容量もその一端であったはずなのだ。

 だというのに。現状では並列思考も高速思考も不足なく、頭痛なども伴わずに行使できてしまっている。この、異常。

 また、もう一つの不可解な点がある。なぜかは分からないが、「全て自身の頭蓋の内で行えている」という、実感がある。ゲーム時にオンライン支援を受けていた際とは感触が違うのだ。以前のそれをあえて言葉として表するなら、「精巧なヘルメットに上手く頭がはまっていて、かぶれた分だけ大きくなっていた」とでもなるだろうか。自身の生体脳とは内外が感触的に区別されていたのだ。これは恐らく意図的なものもあってのことだとは思うが(混同による錯乱症や依存化を避けるためだろうなど、簡単に思いつける範囲でも理由を挙げられた)、他にも通信越しであることによる遅延(ラグ)の付きまといから生じる「一枚向こうの遠さ」のような一体感の損なわれがどうしてもあったものだった。それが、今はない。とても「しっくりきている」のだ。

 ただ、これらに関しては別角度からの考察として見えつつあるものもあった。いくつかの閃くイメージ――――何年と遊びこむ内に、いつしかゲーム内へのダイヴ・オンの度「帰ってきた」などと感じていなかったか――――あの思考の広がる開放感――――ダイヴ・オフ時に切り離されることには悲痛であったはずなのに、現実で過ごす時間の中でそのことを省みることは不思議となく――――そして、「帰ってきた」状態においてのみ、それを、理解していた。ような。

 量子コンピューターからの補助領域割り当ては適応化と専用化が進んでいくといった話も聞いたことはあった。だがそれにしても、これは、これは…………

 しかしそこで一旦、アルシンは思考を打ち切ることにした。今の時点で踏み入るには時期尚早の域だと判断したのだ。この点に関して情報に進展を望むなら、己とは異なる視点、すなわち他のプレイヤーに接触する必要があるだろうと。


 己の他にも同様の事態下にあるプレイヤーが存在するだろうことは、高い確率で、ある、とアルシンは考えている。それも少数ではないはずだ。少なくとも数百、多ければ数万の単位とてありうる。

 なぜなら、アルシン自身には特定少数の対象として選ばれるような、特別性などないからだ。たしかに、いわゆる一線級のプレイヤーではあるかもしれない。だがそれも、日本人だけでも百万人超の総プレイヤーがいる中で、真のトッププレイヤーと呼ばれる者たちが立つ上位千人内の領域ともなればかすりもすまい。一桁下げて一万人以内とするなら、その最後尾あたりにもしかしたら、よくてもそんなところだろう。

 これはプレイスタイルの問題で、アルシンはたしかに単独(ソロ)でボス位持ちの大型モンスターとて狩ってきた。だがそれは、生産消耗品を惜しげもなく大量投入することによって成される、一月かけた準備を一戦の小一時間で消費しきる、といったやり方だ。当然だが連戦はできない。これがまっとうに複数人でのパーティ(戦隊)を組んで戦う普通のプレイヤーたちなら、同じモンスターを毎日だって狩り続けられるだろう。また、本当の大ボス型で百人がかりのレイド戦用モンスターなどとまでなると、さすがにアルシン一人でどうこうできる域でもなかった。(とはいえ、もっと格を落として十数人で狩れる程度の大ボスなら、半年近くかけた準備の末に撃破できたことはあったりもするが)

 また、ゲーム内でなくリアル側の事情に関しても似たようなものだ。アルシンの“中身”は、どこにでもいる普通の会社員だった。特別秀でた能力もなく、仕事内容も平凡なもので、資産家でもなければ貧してもいない。一人暮らしで誘拐やら拘束やらといった犯罪行為を仕掛けやすいといったこともなく、家族仲は良好で交流は密だ。ゆえに、ダイヴ中の無防備な生身をどうこうされたという可能性は低い(もしそれでも強行されたとするなら家族の身がどうにかされてしまったということになり、それはあまり考えたくもないがそれだけではなく実際性も薄い)。そもそもが仮想領域ダイヴに用いている機械――全感覚代替置換電脳接続収容機、通称ダイヴ・ポッド――は、それ自体に使用者を保護するハードウェア的な生体防護機構や緊急通報機能が備わっている上、同居の家族といったしかるべき権限者であれば外部操作によって強制排出を実行させることができる。この強制排出は実行回路が物理的に独立しておりそのセキュリティ性は非常に堅固、通信越しの不正乗っ取り(クラッキング)などは出来ようはずもない、のだ。にもかかわらず今もってダイヴ・オフできずにいる、というこの事実が、どれほど異常なことであるか……


 ともかく、そんなアルシンが今ここにいるなら、それはすなわち「分母が大きいから」という考えに落ち着くのだ。何百人あるいは何千人と対象になった中でなら、この自分とて入り込むことはありえるだろうと。

 むろん、なにもかもが全くの偶然で、突発の事故で、自分一人だけが億兆分の一の確率でこんなことになっている、という可能性がゼロというわけではない。それは分かっている。だが、もし本当にそんな事態だというならそもそも考察すること自体が無意味となってしまい、推論のしようもなく、お手上げ状態だ。そんなパターンについては想定するだけ埒外であって、他に出来ることがなくなりでもしない限りは置いておくしかない。

 ならば、他にも多数いるはずだろう彼ら、彼女らを探して。接触を図って、互いの持つ情報を交換する必要がある。そして、得られた情報次第では…………考察が進むか、もしくは事態が決定づくことにもなるかもしれない。


 ただし、接触する他のプレイヤーたちの中には悪意の者とていることだろう。そのため、接触に際しては警戒と、そして備えを要する。

 いつだって事の成否は準備こそが決するのだから。細心の限りを尽くすべし。

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