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ぼっちーと オフライン  作者: あんころ(餅)
一の章、誰がその手を汚せといったか
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[003] 投げ出さ〔3〕

     〔3〕


 そう、空腹である。

 アルシンの心身を先ほどからずっと苛んでいた、それ。すなわちキャンプ地中央の簡易石組みかまどに設置した寸胴なべ(小)さんから漂いまくっている、ドラゴンモツスープ様の芳しい香りである。当然、嗅ぎつけた腹の虫さまもグゥグゥギュルゴォと大合唱中だ。

 こんな状態では、思考を連ねる忍耐も限界を迎えようというもの。

「待て落ち着きたまえ。おれは腹が減っているだけなんだ……。そうだろう?」

 そうアルシンが己に呼びかけてみれば、心はすごく落ち着いた。

 後のことは飯を食らってから考えればいい。そうですとも。

 アルシンは鍋前の小岩に腰掛け直すと、手を清めてから付け合わせのパンを火のそばに置いて炙りだす。これはすぐ済む。

 その間におたまとスープ椀を手にとって、待望のドラゴンスープを一混ぜしてみる。赤々しく辛味を湛えたレッドでホットなチリペッパー作りだ。にんにくも主張しすぎない程度に入れ、また辛味だけでなく適度な甘味も醸すためパプリカや炒めオニオン、臭み消しも兼ねた香味野菜なども入れてある。ちなみに、スープを煮る水自体も、とある秘境の奥地でしか採れない妙なる霊水であったりする。

 アルシンは煮上がり具合を確かめながら、湯気と共に立ち上がる香気を一嗅ぎする。出来は良さそうだ。期待に胸がふくらむ。

 お椀によそれば準備完了。一旦膝上に置いて、合掌する。

「さて……。では、いただきます!」

 スプーンを手に取り、まずは一口! アルシンは口中に充溢する熱と旨味に、はふはふと息を吐く。これは美味い。

 美味いが、辛い。辛いが、美味い。美味い辛いが止まらない止められないハムッハフホフ、ハムッ! とがっつき食らい続ける。

 ああ、この腹の底から脳髄まで駆け上がる充満の螺旋、これに勝る快楽がはたして世にあるだろうか。しかも食するほどに、ドラゴンちっくな謎パワーが腹から巡って身体中へと満ち満ちていくのだ。

 思わず内心で感嘆を漏らすことを、いったい誰が責められようか。

(この、竜モツ肉を噛み締めるほどにその内側から溢れ出す旨味汁、まさに肉汁界のメリーゴーランドさんやで……ッ!!)

 そこから四半刻(約30分)ほどは、ひたすら食する没頭タイムであった。


 食らいも食らって満腹したアルシンは、膨れた腹部を抱えながら仰向けに寝転がる。

 時刻は正午まであと一刻ほど(約2時間)といったところか。天候は快晴、初夏のような気持ちよくも強さのある日差しを浴びながら、わずか浮かぶ雲と、どこまでも蒼い空を見上げる。

(満足だ……。ああ、こんな気持ちも味わえるってんなら、悪いことばっかりでもないさ)

 結局はそこしかないのだ。それはアルシンの信念とも言えた。状況は状況でしかない。いつだってどこだって、それで自分はどうするか。そこを選ぶ意志だけが己の領土だ。

 そして、手放すつもりはない。ならこの状況だからといって、何が違うというほどのこともまた、ないのだ。

 この考えの先には困難が予想される。認め難い事実と向き合う道が。だが最も困難な選択こそが正道でもある。いずれは避けられない。ならば、とっとと始めてしまおう。

 そうして心さえ決まったなら、後は消化する手順でしかない。

(具体策が必要だが、その前に手持ちの要素をもっと確認しないとな。ただし優先順位を誤ると手詰まりになりかねない。そこは細心を要する……)

 危険な展開はいくらでも予測できる。中でも最悪なのはタイムリミットが“設定”されていた場合だろう。かといって急いて動けば、身の危険を自ら呼び寄せる典型的なオチに嵌りかねない。

 とはいえ、それもこれも。

「ぜんぶ、明日からでいい。今日はとりあえず、寝床の確保と周囲の安全確認だべさ」

 アルシンは声に出して、自らに言い聞かせる。食事によって精神状態を一時的に立て直したものの、それだけで長持ちするわけがないことは自覚していた。睡眠が必要だ。それに、一晩寝て起きたなら、判断が一つ進むことにもなる。


 明日から頑張る。

 そう気高く太陽へと誓い立てて……ひとまずは食休みの午睡を決め込む、アルシンであった。

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