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ぼっちーと オフライン  作者: あんころ(餅)
一の章、誰がその手を汚せといったか
3/24

[001] 投げ出されファンタジー

     〔1〕


「……うん? なんだ?」

 寸瞬の自失と、そこからの目覚め。

 まるでいつの間にやらうたた寝にでも陥っていたかのような。

 だが妙な違和感、あるいは不可解な苛みがある。これは焦りか? それとも恐怖か?

 なにか悪夢を見たというわけでもない。そのはずだ……


 直前の状況は問題なく思い出せる。

 いつも通りに遊んでいた。すなわち、アバターネーム「アルシン」という男として、仮想現実没入体感型オンラインゲーム《ミグランティス》の中で。

 この《ミグランティス》というゲームは、一つの大きな世界舞台を全てのオンラインプレイヤーが共有して遊ぶタイプの、いわゆるMMO――大規模多人数同時参加型――のファンタジーRPGであった。

 といっても、アルシンは変り種の“ソロ専”、つまりは単独(ソロ)プレイの専門者であったが。

 せっかくのオンラインやMMOであることの意味がない、とはよく知り合いからも言われたものだ。時にやっかみ者たちからは“独りきり(ぼっち)野郎”だの、“お一人様”だのと揶揄されたこともある。

 気にもしないが。

 アルシンがMMOタイプである《ミグランティス》をそれでも選んでいた理由は、ひとえに舞台世界が広大であったためだ。

 幾万もの人々が共有して遊ぶ世界であるからこそ、どこまでも広く、そして深く精彩に作りこまれていた。そこに魅了されたのだ。

 目的と動機が明確であるのだから、他人の浅はかな嘲弄なぞ響きようもない。

 そんなアルシンが楽しんでいたもの、それを一言で表すなら“秘境生活”であろうか。

 未知の秘境を探索、探検し、時に密林を切り拓き、時に高山を踏破せしめ、絶海の孤島を、大湖の水底に沈みたる(いにしえ)の遺跡を、あるいは深山の秘湯を。そして、モンスターハント(狩り)

 今日もまた、辺境最果ての人里からさらに幾日と外れた山脈の奥地にて、見つけ出した大型の獲物、エルダー・レッドドラゴン(赤色の老成竜)を狩り倒し、その身を解体して得た素材からドラゴン料理を作りつつキャンプしていた、はずだった。

 狩りたて新鮮な身を調理するなら、やはり臓物(モツ)からだろうということで、モツのスープと、あとはモモ肉の赤身を串焼きなどにしていた。

 まぁ鮮度と言っても、ドラゴンの身はその秘めた力のためかやたらと長持ちするため(数年ほど常温放置したところで、腐るどころか痛みもしない)、扱う者の勝手な気分の問題でしかない、というのが実際のところだったりもするが。

 おまけに竜の肉や血は、人が食べるには劇薬のようなもので、そのままでは食用に適さない。毒性やアクを抜くためには大層な手間と高い調理スキルを要するし、また調理材として希少な薬草類や霊薬などもふんだんに用いる必要もある。

 だがそれでも、ロマンがある。

 竜の、お肉! ですよ! せっかくファンタジーしていてこれを食らわない理由があろうか。いや、ない(断言!)

 という、そんなことにばかり全力を注ぎ込むプレイスタイルのソリスト(ぼっちメン)こそが、アルシンという男であった。

 長年かけて趣味プレイを突き詰めた結果、けっこうな希少(レア)アイテムや資産を貯めこんでいたりするし、結果として最前線の開拓者でもあるため新天地や新情報の発見者であることも多い。それは富と、なにより栄誉をもたらすものだった。また、自覚することはあまりないが、プレイヤーとしての実力も一線級であったりした。

 その上、本人としてはそうした他者との比較や評価といった面には、無頓着であった。

 そんなところが、他の二流に甘んじざるを得ないプレイヤーたちから、妬まれる面であったりするのだが。


 ともあれ、そうしてドラゴン“ザ・モツ”スープなぞを煮込みつつ、出来上がり待ちの間にコーヒー片手に香りを楽しみながら、山麓の向こうへ沈み行く夕陽と景色を眺めていた、はずだったのだ。

 だが気がつけば周辺の景色が変わっていた。いや、山奥の岩地であること自体は同じなのだが、細かな地形や、岩石個々の形や配置が様変わりしている。ように思う。

 それに、時刻が。夕暮れであったはずなのに、この陽の照りようはまるで早朝のようだ。

 いつの間にか一晩越してしまっていたというのか? そんなに長い時間、気を失っていたとでも?

 それも怖い発想ではあったが、アルシンは自分で否定できた。かまどの火が消えていない。眼前の鍋の煮込み具合も、これは十分と経っていないはずだ。

 まるで、自分とその近い周囲だけが、ざっくりと別の場所に移動したかのようだ……

 混乱する頭を抱えながらも、アルシンは状況をより具体的に把握するため、コマンドメニューを開こうとした。メニューから時刻やマップといったコマンドを確認すれば、すぐに分かるはずだ。

 だが、開けない。

 メニューが開けない。手動モーションでも、口頭コマンドでも、思考制御でも。どの方法も反応がない。

 馬鹿な。

 とっさにダイヴ・オフ(ゲームの終了)に関しても、ショートカットコマンドとしてのメニューを介さない直接実行を試みる。しかし、やはり反応がない。

 GM(ゲームマスター)への緊急コールは? ――反応なし。

 フレンドチャットは? メールは? ――反応なし。

 他のプレイヤーの検索は! ――反応なし。

 ゲーム内からアクセス可能なはずの公式掲示板も参照不能。もちろん外部のWebサイトも閲覧不能。

 オンライン関連の機能が全滅している。にもかかわらず、ゲーム内らしき状態にある。これは異常だ。

 だが、ここまでで済んだなら、まだ救いがあった。

 もっと最悪な異常まで確認できてしまった。

 仮想現実への没入体感(ダイブ)に用いているハードウェア(機体)、その共通ミドルウェア層における各種呼び出し機能や、基盤OS層におけるヘルプやクラッシュチェック機能すら、反応がないのだ。

 試しにローカル領域のメモリストレージから、過去の記念写真スクリーンショット(画像データ)を呼び出そうともしてみたが、これすら駄目だった。最も手軽かつ身近にアクセスできるはずのデータであるのだが。

 たとえゲームサーバーがダウン(機能不全)していようが、ローカル側のゲームプログラムがクラッシュ(破損)していようが、それでもなお呼び出し可能であるはずの機能群まで、全てが反応しない。

 こんなことはありえない。

 ありえないが、事実として今この状態にある。

 どうしろと……?

 うめくような息を吐きながら、ここまででさんざん垂らすハメになった冷や汗を、思わず腕で拭う。

 嫌な汗だ。過大なストレスにおののく内心の様を表すかのような、ねっとりと不快な脂汗だった。背中にまで染みている。

 いや、まて。

 拭った腕の前腕部を見つめ直す。

「本当に汗をかいている……だと?」

 そうして一度意識が向いてみれば。汗をかく皮膚や頭部のむず痒さも、べたつく衣服の不快さも。照りつける日差しの熱も、地に立つ己が足腰への重量感、筋肉の収縮と疲労すらも。

 全て感じる。クリアーだ。とても。

 それだけではない。

 飲み差しだったコーヒーの香り。ゲーム内では定形データであったため、いつでもどこでも同じようにしか感じなかった。実際の飲食時脳神経反応から採取した感覚パターンを万人用に平均化したデータの挿入であったのだから、そのぼやけた味わいは致し方のないところではあった。だがそれが今は、周囲の環境臭と交じって嗅ぎ分けられる上、コーヒーの温度変化に伴う香気の立ち具合の鈍り(そろそろ冷めてきて美味しくなくなる頃だ)まで把握できるほどだ。

 煮ていたスープも。まもなく出来上がる頃合だが、その旨味の天頂ぶりを予感させる美味そうな匂いときたら! なんとも空腹をそそるじゃないか……

 そうだ、空腹も感じる。脳だけの画一的な空腹感ではなく、胃袋からの催促感まで力強く! 腸の蠕動もある。内蔵を動かせるし、その実感も確かだ。

 まるで、現実のようだ。機械を通しての仮想現実ダイヴでは――少なくとも現世代の技術レベルでは――到底不可能な域の知覚情報量。

 だが、アルシンの身体(からだ)はゲームアバターとしてのそれであり、現実の生身ではない。はずだ。それを確かめる手段として最も簡単な方法は、鏡に映すことだ。そして手持ちのアイテムに手鏡も姿見もある。ただし、アイテムストレージ(収納欄)の中だが。

 メニューは開けない。しかし、アイテムストレージなら腰後ろのウェストバッグからも連動している。これなら、どうか。

 タイトル思いついただけで話を組み上げた。反省はしている。

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