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ぼっちーと オフライン  作者: あんころ(餅)
二の章、不都合な世の中に割り切れているなら
22/24

[020] 働いたら勝ちかなファンタジー

     〔1〕


 アルシンは疾駆する。

 野原の細道を、あるいは丘陵に生い茂る草々を踏み分け、風のごとき早さで。まるで抜け走る弾丸のように空気の壁すら貫いて。

 登録から十日ほど経ち、探索冒険者組合の依頼仕事を様々に請け負う中、今回は一種の緊急救援依頼を受けてアルシンは現場へ急行中であった。

 対象は、妖魔類小鬼族(ゴブリン)の討伐。この手の低級妖魔は秘境域内の生存競争において下層に位置し、縄張りを十分には確保できずに秘境外へとはぐれ出てくることがままある。たいていは数匹から十数匹程度の小集団であってまさに()()()でしかないのだが、今回、周辺近隣の村々から順次的に日を置いて舞い込んだ討伐駆除の依頼を総合して見たところ、どうにも群れの規模が大きそうであった。場合によっては酋長種に率いられた本格的な“巣分け”であるかもしれない、と。

 そうなると問題となるのが、初期に小口の駆除討伐依頼をそのまま受けて出発済みの冒険者(パーティ)であった。戦力の見積りが正しく伴えていないのであるから、苦戦は免れまい。最悪の事態としては壊滅的な敗走すらありえる。

 そこで急ぎ特別戦力として駆り出された身が、すなわちアルシンだった。単に勝利するための戦力としてならばもっと実績あるベテランの隊や冒険者たちが他にもおり、もちろんその者たちも依頼を発行されて動き始めている。しかし緊急性を問うにあたって、端的にして絶対的なまでの実行能力の差がそこには一つあった。足の速さである。

 通常であれば馬でも丸一日かかるほどの距離を、アルシンは一刻(約2時間)かからず走破を可能とする。間に合うか間に合わないか。下手な体面など捨て置き、真に見据えるべき実利を選択するのであれば、最適たる実行役はアルシンであった。他の居並ぶ者たちを見事説き伏せてアルシンへの打診を遂行せしめた担当員カレルヴォに敬意を表し、アルシンはこの依頼を快く引き受けていた。

 なお、アルシンの足の速さに関しては、日々の依頼達成量とあまりの敏速な帰還を不信に思うなりした連中が様々に後をつけようとした結果、何度と目撃されていたためこの十日間で周知の事実となっていた。小細工なしのただ走る速さの圧倒的差でもって全てを置き去りとするアルシンの姿は、追おうとした者たちに強烈な放心を味わわせ……転じては、いっそ畏敬の念すら抱かせているようだった。

 また、場所の細かな特定などに関しても、アルシンならば村々で話を聞き込んで回るといった手間なぞ要さない。広範囲の【探査】能力と、先行偵察に飛ばしているイーグルゴーレムがもたらす上空俯瞰情報によって、接近しながら並行しての絞込みを済ませていた。

 そうして、現場へ臨む。朝遅めの時刻からの出発だったにもかかわらずいまだ昼まで日の昇りには余裕を残す、それほどの迅速さであった。


 森林秘境から見て北西地域、あるいはユークスタシラムの街から見て北部域、秘境の地脈侵食をまだ受けていない独立した普通の森林が小規模に点在している中、その内の一つの外縁付近で事態は進行していた。

 五人組らしき冒険者の隊が、二十匹ほどのゴブリンの群れに追い込まれている。二十匹といってもその内の半数は既に倒すか戦闘不能なほどの負傷を与えているようであったが、残りの半数たる十匹ほどがいまだ壮健かつ戦闘意欲盛んであるようだった。対し冒険者側は五名中二名が倒されてしまっており残りの立っている三名も消耗激しい様子。この状況を端的に表すならば、窮地の一言であろう。

 冒険者たちの隊の編成は装備の見た目などから、戦士が二の斥候猟兵(レンジャー)が一、魔術師と治癒術師が一ずつ、といったところか。そして男が三に女が二。いずれも年若く、十代後半の若者と見受けられる。この内の倒されている二者がともに娘子の戦士と治癒術師であった。トドメは刺されず瀕死の状態で引きずられたまま連れ去られかけているようだ。応戦している若者たちはわめきながらも取り戻そうと試みているようだが、むしろ徐々に後退へと追い込まれている。

 このゴブリンどもの挙動は実に野卑た低級妖魔らしい、欲望に忠実なありさまと言えた。しかし同族が倒される最中でも他種族の雌回収を優先しようとするあたり、奴らの活動状態に推察が及ぶ。“巣分け”である疑念が一段と強まる。

 だとすれば、酋長種(チーフ)を逃さず見つけ出して殲滅しなくてはならない。後の禍根を残さぬためにも。

 アルシンは、展開されている戦場に対し横合いとなる方角から疾風のごとく走り迫る。到達までの距離が残り四町半(約500m)を切ったと見定めた頃、背に負う三連鞘から短槍を一本引き抜く。投擲用に重心を調整された手持ち長の特殊槍、つまりは投槍であった。

 構えを整えながらも駆け、わずか数秒で半分の距離まで詰めると、右腕に逆手と持って振り上げた投槍を裂ぱくの気勢とともに発した。

退()けぇぇぇぇぇーいッ!!」

 【武声】に【挑発】をも乗せた熾烈の息吹が戦場を射貫く。見渡す限りを丸ごと打ち据えるがごとき怒号であった。場に居合わせた者どもが、人も妖魔も関係なく意識を根こそぎ掻っ攫われる。すなわち、とっさに身が固まりつつアルシンの側へと振り向いてしまう注目として。

 そして同時、投槍が物理的にもその場を貫く。

 ひゅごぼっ――、と空気の壁を螺旋の渦を巻くように裂き貫いて飛来したそれは、重力なぞ知らぬとばかりに一直線の軌道を太引き、その瞬間だけ位置関係が線上に重なっていた四匹のゴブリンども――倒れた娘子二名を引きずり去ろうとしていた奴ら――の上半身を的確にとらえて消し飛ばす。飛び散るとか大穴が空くとかいった表現をはるか超えた粉砕のごとき抹殺であった。いびつに残った腰から下の半身は、ほとんどその場からは動かずゆっくりと、そして槍の飛び去った方角へ倣うようにして倒れていく。慣性として投槍から伝わるはずの運動量がかすかにしか伝播し得なかったのだと、その事象は破壊の圧倒的速やかさを示していた。

 投槍はそのままどこまでも直進して行きそうな勢いであったが……。遠景に見ゆる森林まで届いたとして、樹木の数本も貫通せぬ程度で消滅することだろう。乗せられたあまりの魔力と威力に槍の基材が耐えられないのだ。あれはアルシンが元から所持していた高品位アイテム群ではなく、現地の街で購入した鉄材製の安物だった(現地民からすれば十分な品質であるらしかったがアルシンからすれば数打ちの粗悪品でしかなかった)。よって、始めから使い捨て前提で用意してあったものだ。その分、消耗や回収のことなどは気にしなくてよいため、ある意味では使い勝手に優れているとも言えたが。

 急変した状況に認識と思考が追いつかず唖然の体たる者ども。その数秒ほど生じた意識の空隙を逃さずアルシンは走り寄ると、右腰に巻きつけてあった鎖分銅を手に取りながら軽く跳躍し、敵集団の中央へと躍りかかる。場の残敵は六体。

 着地を待つまでもなく。アルシンは右の分銅を投げつける。握り拳大の金属塊がうなり飛び、敵集団の指揮役らしき体格が(サー)一回り(ジェ)大きな(ント)個体()の側頭部を破砕。その結果と前後するように左の分銅も投じる。敵後方に控えていた支援役らしき術法使い(シャーマン種)の喉元を断裂。これでもはやゴブリンどもに特殊行動を可能とする戦力はない。特異な搦め手の恐れがなくなるということは、後は単なる踏み潰し作業でしかないということだった。残り四体。

 伸びた左の分銅を、アルシンは引き寄せ直すまでもなく慣性を転じて円運動へと遷移させる。左右の分銅の間を繋ぐ鎖部分は、最長で六丈半強(約20m)まで伸長可能な余裕を備えているため、射程には不足がない(手指による操作だけでなく魔力による操作と変化もある程度受けつける、材質に霊灰銀(ミスリル)も用いた半魔化装備である。アルシンが現在表立って身にまとう装備群の中では一番の高等品だった)。数回転と経ぬ内に風をも切り裂く刃物のごとき高速に達したそれを、斜め上から引き落とすように袈裟斬りのように、身体ごと半回転しながらも背面であった側へと叩きつける。

 円の軸移動と円半径の折りたたみによる二重の加速効果が乗った一撃だ。瞬間的には音速すら超えていたかもしれない。軌道上にいたゴブリン二匹が肩と脇腹からそれぞれ輪切りにされて汚く黒じみた青紫色の噴血を散らす。残り二体。

 大地を叩き割りつつ跳ね返る左分銅の慣性を回し流して引き込みながら、アルシンは身体を再反転させつつ右の分銅を投げ打つ。右前方でナタめいた粗雑な刃物を構え直そうとでもしていたらしき鈍い個体の胸部を陥没させる。次いで間髪を入れず左の手元に取り直した分銅を投げ放つ。最も遠方で腰を抜かしていたらしき個体だ。今さら逃げ出そうとあがき始めたようだが遅い。身をひるがえす暇すら与えず腹部を丸ごと吹き飛ばす。

 これで全滅だ。立っている妖魔はいない。アルシンが到着する以前に倒されながらも死にきっていない個体が残ってはいたがそれらには順次分銅を投じて延髄を潰して回る。全部で十秒とかかりはしない。処理は完了した。

 鎖分銅の汚れを払って右腰に戻しつつアルシンがちらと見やると、冒険者の若者たちはいまだ呆然とした状態から抜け出せず声もないようであった。であれば今構う必要はない。先んじて取り掛かるべき優先事項がある――が、途中で邪魔されるようなことになっても危ういため、アルシンは一言だけ声をかけておくことにした。

「先に倒れている娘たちの治療から着手させてもらうぞ。緊急を問う」

 即座の返事はなかったが、瞳の焦点や表情のこわばり具合などからはハッと何かを悟るような反応がかすかに見受けられた。ならば錯乱しているわけでもなく事態を理解できる頭の働きが残っていることだろう。疲労と負荷から鈍くなっているだけだ。つまり、時間を置けば追いついてくる。

 そしてアルシンがこれから行う処置は長くても十数秒ほどしか要さない。その間に済ませてしまえばいい。

 若者たちのことはひとます捨て置き、アルシンはきびすを返して倒れた娘子二名の方へと歩み寄る。行うべき処置は診断と治療だ。手間取っていては間に合わなくなる恐れもある。手早く観察から始める。

 見る限り、治癒術師らしき娘の方は頭部を強打されての失神のようだ。先に行動を封じるためか足もひどく打たれており、片足がおかしな角度で曲がっていた。戦士風の装備をした娘の方は、四肢や肩などに矢が数本刺さった上であちこちに切り傷もこさえており、その内の数箇所が明らかな変色を見せていた。毒にやられたのだろう。息の弱々しさからすると純粋な麻痺毒といった行儀よいものではなさそうだった。

 アルシンは、まず解毒治療系の霊薬に魔力を込めて投じ、二者ともに巻き込む小範囲の効果を及ぼす。見た目には清らかに輝く靄に包まれたような数秒間が生じ、そして染み入るように消えてゆく。体内毒素を分解するだけでなく一通りの状態異常系を解除し、ついでに殺菌消毒的な効果も見込めるため後の破傷風などもこれで心配する必要がなくなる。また、どういう理屈によるものかは不明だが刺さったままの矢なども自然に抜け、折れ曲がった骨の配置も無理なく接がれた位置に整う。これも一種の“状態異常”の治療扱いとなる魔法効果だった。次いで、負傷再生系の回復霊薬を投じる。傷口の体組織が再生し始めると、一瞬ビクリと娘たちの身体が震えたようであったが、それで気絶から目覚めたりうめき出したりといった程の反応もなく、穏やかに全身の傷が治っていった。この調子であれば傷跡が残ることもないだろう。

 アルシンはそれらを見届けて一つうなずくと、若者たちの方へと振り返って声を投げかける。

「緊急性を判断し、取り急ぎこちらで治療させてもらった。君たちの状態はどうか」

 アルシンが娘たちの身体に近寄りすぎず、少しの間を置いたまま霊薬瓶を投じることに徹していたためか、若者たちは仲間たる娘子の処置に対し反射的な拒絶などはここまで示してこなかった……あるいは意味がよく分かっていなかったのかもしれないが(顔に浮かべている間抜け面的に言って)。それでもこうして改めて声をかければ、のろのろとだが反応は返ってくる。

 最も近い位置に立っていた戦士らしき武装の少年がいらえを発してきた。

「あ、ああ……。あんた、助けか。ありがとう。彼女ら、治療? 助かったのか? ああ。助かったのか……」

 あまり要領を得ない語調であった。声、というよりも息に力がない。今にも倒れ伏してしまいそうだ……とした表しが比喩では済まない状態か。

 見かねたように残り二人の若者たちが戦士らしき少年の元へと寄ってくる。魔術師風のローブを着た若者は精根尽きかけたように青白い顔で。斥候風の革鎧をまとった若者は重たい足を引きずるようにして。この二人の年齢は、戦士の少年よりも一つか二つほど上のように見受けられた。まだ二十歳は超えていないといった程度だろう。

 魔術師の若者が、戦士の少年の肩に手を置きながら体勢を回り込ませ、兜のひさしの隙間から顔を覗き込むようにして声をかける。

「おいラウノ、大丈夫……じゃあないな、これは。くそ、待ってろよすぐ手当してやる。とりあえず座れ。ああ、そっちのあんたもすまないが、手伝ってくれ」

 最後の呼びかけはアルシンへ向けて放たれていた。

 受けてアルシンはうなずくと、だが手は貸さず近づきもせず、その場から薬瓶を投じた。

 先ほど娘たちに使ったものと同じ、治療薬と回復薬だ。続けざまに二瓶投げつける。丁度よく三人とも位置が寄っているため手間がなくていい。魔力を込めて拡散展開させた場合、瓶ごと輝く靄となって霧散するため物理的な衝突はほとんど起きない。――まぁ少しだけ、デコピン程度の衝撃なら直撃した場合にはあるかもしれないが。霊薬を封入してある瓶は、それ自体が細微な魔導回路を刻まれた特殊魔化具であった。元より貴重な霊薬の効能を劣化させぬまま長の保存に耐えるための拵えだ。これに加えてアルシン謹製の瓶は、威力や範囲を強化するための増幅回路も積層彫刻してあった。実は“中身”次第では瓶の方が高級というか製造の手間が上回っている場合があって、今回のように使い捨ての形で発動させることは贅沢な行為であったりする。(とはいえ、戦場ではいちいち手ずから口に注ぐなどとやってはいられないのだから、致し方のないことだった。ただしもし余裕がある状況ならば、瓶はなるべく回収しておきたい対象というわけだ)

 見る間の内にも再生していく傷口と賦活されていく体調に、若者たちが思わずといった体で、おお……、だの、これは……、だのといった感嘆めいた声を上げあう。

 そこへアルシンは声をかける。

「身体が動くようなら、まずは娘たちの面倒を見てやるといい。その後に落ち着いたら情報交換を望みたい。それまで私は討伐部位の回収でも行っていよう」

 片手の親指を立てて肩越しに背面を示すようにしつつそう言葉を述べるアルシン。これに対し若者たちの内からは、先ほどラウノと呼ばれていた戦士の少年が慌てたように声を発してくる。

「ああっ! そうだ、ヘリヤ、マティルダ! いやあんた、ありがとう話は後で頼む。おい、大丈夫か!?」

 言い様に駆け出しながらアルシンの横を過ぎていく少年戦士。残りの二人も後に続く。

 それを振り返らぬままに見送ってアルシンは、軽く肩をすくめると()()()()に取り掛かるのだった。


 小鬼族(ゴブリン)の討伐特定部位は、その種族的特徴でもある額の小角だ。

 大した価値があるわけではないが、わずかながらに魔力を宿しているため、細々とした加工先がなくもない、そんな低級の骨工系素材が一つであった。

 アルシンは、息絶えたゴブリンどもの額、角の生える根元の脇に短剣を突き立てて切れ目を入れていく。ただでさえ頑丈な頭蓋骨、その中でも一番分厚く頑丈なのが額の骨だ。そこから生える角を綺麗にえぐり出そうとすると、一筋縄ではいかない。根元の骨ごと六方八方から周辺を断ち込んでいき、無理なく頭蓋骨と分離させなくてはならない。根元ごととは言わず表層で折り取ってしまうならもっと楽ではあるが……そうすると、素材としての価値は数段損なわれることになる。また、角そのものに破断力を加えることになるため割れたり欠けたり、ひびが走ってしまったりとろくな結果をもたらすまい。

 しかもこの際やっかいであるのが、地の骨の硬度であった。アルシンは短剣を使っているがこれはさりげにミスリル製の高強度刃を備えた逸品だからこそで、もし安物の鉄材製や青銅製であれば刃が負けてしまうことだろう(やって切り込みが入らないこともないだろうが、何度も繰り返せば刃が潰れて短剣を駄目にしてしまうだろう)。普通の道具で用を成したいならばもっと頑強な形状をした(たがね)(きり)、あるいは苦無(くない)のような工具を使って少しずつ削り割らなくてはならず、手間を要する。

 そこまで手間をかけても大した値がつく品というわけではないのだから、ゴブリンのような低級妖魔を相手取る戦闘は、討伐や護衛などの依頼報酬が別途定められてでもいないと割に合わないものであった。まぁ冒険者が駆け出しの内は、戦闘経験を積んで力量(レベル)の向上を図る相手としての観点なども含めれば、そう悪い相手でもないのだが。ただし今回のような事態に遭遇することがなければ、と但し書きがつくわけでもある。

 アルシンは手際よく角を回収して戦場跡を巡りながら、それら回収品を麻袋に突っ込んでいく。こうした汚れ物を扱う際には丸ごと水洗いなどもできる分、麻袋の方が革袋よりも向いているのであった。そうした中で、アルシンが始めの方に仕留めた体格の大きな個体と術法使いらしき個体の下にたどり着く。これら特殊に力を備えた個体は他の普遍種と異なり宿る魔力も強めとなるため、取れる素材(角)の価値も少しばかり高めとなるのだった。アルシンにとっては微々たる差異に過ぎないが、あの若者らの冒険者パーティにとっては貴重な現金収入源となるはずだ。なにせ大敗寸前だったのだ、装備の破損やらを補うためにも現金が少しでも欲しいところだろう。よって、アルシンは特にこれらの角は丁寧に削り出すこととした。溢れる親切心である。

 といっても、初撃の投槍を食らわした四匹なぞは頭部が一かけらの痕跡も残らぬほどに吹き飛ばしてしまっているから、差し引きしたならばどこまで得かなど知れたものでしかなかったが。幸いなことに側頭部をかち割った隊長種ゴブリン・サージェントに関しては前頭部まで砕けていなかったため、角の取得には問題なかった。まぁ頭蓋骨には割れやすい筋目というものがあるから、真正面から打ち砕くのでもなければ額の骨まで粉みじんなどといったことはそうありもしないのだろう。別に角まで砕けても構わないつもりで放った一撃ではあったので、これはちょっとした幸運とも言えたが……

(幸運、幸運か……)

 その単語に、アルシンは思わず独りごちる。素直に喜ぶことは出来なくなっていた。

 かの日より、祝福(ギフト)だの何だのとご大層なシロモノを知ってしまった今となっては、皮肉な思いばかりが募る言葉でしかないのだ。しかし同時、日々のささやかな幸運に感謝することを見失えば、自らが一つの生命として生きていくことすらかないはしなくなるだろう。その板挟みの中で、アルシンの胸中はねじくれた苦笑の湧き上がるがごとしであった。運命を呪うように。あるいは喉に刺さった魚の小骨か。

 そんな物思いのかたわらにも、戦利品の回収は粗方を終える。そして時間の経過も程よい頃合であった。

 アルシンは、片手を軽く横振って何ともに振り払うと、きびすを回らし合流すべく歩を向けた。


「いや、本当に助かったよ。ありがとう。改めて礼を述べさせてくれ。俺はラウノ・コトネン。等位は黄銅(ブラス)の八で、パーティ『蒼き西風』隊のリーダーを務めさせてもらっている」

 合流したアルシンに向けて、若者らの一行を代表しそう挨拶してきたラウノ――戦士風の装備をまとった少年だった。

 またラウノ少年は、同時に握手を求めるように手を差し出してきた。これに対しアルシンは握手を応じながら、名乗りもまた返していく。

「私はアルシン・アルスハイド。等位は黒鉄の七だ。間に合ってよかった」

「はは。近頃なにかと話題の“韋駄天アルシン”さんにこんな形で助けてもらうことになるとはね。光栄と言っていいのかな?」

 気負うところなく端的にあいさつするアルシンと、軽やかに笑いながら即座に切り返してくるラウノ少年。互いの口調や態度は気安いものだ。冒険者同士、急場における助太刀は茶飯事であって、その恩義こそ尊び筋通しは重視するものの、必要以上にかしこまりはしない。そういうものであった。

 そうして残りの面々からも名乗りを受けて、それぞれの事情についても説明を交し合う。

 アルシンも含め一通りの事情に関し説明を終えたところ、ラウノ少年がくやしがるような声で言葉を応じてきた。

「くぅー、しかしまさか、“巣分け”だとは。妙にゴブリンどもの統率が取れている上に弓矢に罠に毒だの陣形だのと、戦術の駆使までしてくるなんてなんの悪夢かと思っていたら、それかぁー」

 片手のこぶしを握り締めて軽く腕振りしつつ、地に向けて嘆くように言葉を放つラウノ。とはいえ、その口調に陰湿さはなく、からっとした言い様のため耳にして障るところはなかった。

 このラウノという少年、年齢としては隊の中でも下から数えた方が早そうであったが、どうやら育ちの根のよさのようなものから人柄に求心力があるらしく、隊の並びとしても人間関係としても常から中心に位置しているようだった。(ちなみに戦士として前衛を担うだけあって若年ながらも体格は立派である)

 アルシンは、かすか苦笑を乗せるようにしながら、言葉を応じる。

「まだ確定したわけではない、あくまで疑いの段階だが。その可能性は高いと踏んでいるよ。しかし、君らにとっては災難だったな」

 せめてあと一日でも出発が遅ければ、今回の危険は回避できたことだろう。こうした面、情報の伝達が基本的に人の足と口の(つて)頼りというところがこの現地の社会における致命的な弱所と見受けられた。遠隔連絡を可能とする魔導具の類いが皆無というわけではないようなのだが(遠話の耳飾りや遠見の水晶球など)、基本的に希少かつ高級な品である上に稼働時間の短さや魔力の供給と制御に関する技術など、使いこなすにあたって使用者には相応の技量が求められることもあり、各地の村々や冒険者各隊にまで配備ができるほど普及してはいないのであった。

 受けてラウノ少年は、相づちを打つように幾度かうんうんとうなずきながら答えてくる。

「本当になぁ、まったく。いや、ここでグチっても意味ないことは分かってるつもりなんだけどね。でもやっと等位を黒鉄まで上げられそうだって久々受けられた“はぐれ”の討伐依頼だったはすが、こんなオチとか。かんべんして欲しいよ」

 まぁおかげで死ぬどころか怪我も治って、どう転んだらよかったかなんて一概に分かりはしないのだけれども――と、肩を大きくすくめるようにしながら続けて述べるラウノだった。

 アルシンは、グチには取り合わず、しかしうなずきを一つ大きめに返すと、真面目に改めた口調でもって言葉を切り直す。

「だが君らのもたらした情報によって、判断が一つ進んだよ。このような昼日中から隊列を組んでの本格戦闘など、常態のゴブリンどもがやりたがることではない。サージェント種が現場の一小隊長扱いでしかないようであったことといい……“巣”にはもっと上位の種が君臨していることだろう。ならば事態の規模も見定まってくるというもの」

 妖魔類は基本的な性質として日の光を嫌う、つまりは夜行性であり、小鬼族(ゴブリン)もその例にはもれない。そんなゴブリンどもがこうして昼日中から遠征に出向いているということは、活動状態の大きな切り替わりを意味する。

 また、通常のゴブリンたちは頭の回りがあまりよろしくない。原始猿人じみており、かろうじて石器の手斧や手槍を作り出して用いる(もしくは拾い物の鉄器などで武装する)程度の知恵こそあれど、戦隊を組んで前衛後衛の役割分担を構成し戦術的立ち回りを指揮するなぞ、土台無理であるはずなのだ。その愚鈍ぶりは物の例えとして「三歩も歩けば、何のために歩いていたか忘れる」とおとしめさせ、転じては「ゴブリン頭」と指して嘲弄する表現が広く定着しているほどだった。

 それがラウノたち「蒼き西風」隊は、ここより少し北にある森の外縁で見かけた一匹を追って森に踏み入ったところ(さすがに単体のはぐれということは考え難いので、まずは巣なり本隊なりを偵察して敵戦力を把握しようとした)、ある程度森の内に進んだあたりで弓矢の一斉射撃による急襲を受けたという。さらには、態勢を立て直すためにも一旦退避しようとしたところ、森の外への直線的な移動経路には罠が敷かれていたと。その罠自体は原始的なものに過ぎず(ちょっとした草輪やくぼみ掘り、蔓縄を使った引っ掛けなど)命を落とすことに直結こそしなかったが、応戦の余裕は大いに阻害されてしまった。結局は全力で逃げ出すこととなり、しかし森を出て間もなく追いつかれ……。後退しながら戦うも、ゴブリンどもは前衛をしっかり立てた上で後衛からは弓矢や魔術を飛ばしてくる、しかも指揮役らしき体格の大きな個体(サージェント種)がけっこう剣の技も達者ときて、徐々に苦戦へと追い込まれていった、というわけだった。

 ここまで用意周到な真似を、通常のゴブリンどもが行うことは考えづらい。よほどの統率が強いられていないと無理があって、例えば罠など仕掛けたところで自分たちが引っ掛かってしまうだけだろう(まぁだからこそ、実際に仕掛けられていた罠にも凶悪な内容のものがなかったのであろうが)。それに、隊長らしき役にサージェント種、補佐らしき役にシャーマン種がいた。これらは通常、単体で一部族の独立した長に収まっていることが多い。それだけ非力な普遍種どもとは格差があるゆえのことだった。むろん、より力ある個体(この場合サージェント種)が頭脳労働担当や術法による補助役としてシャーマン種を付き従えていることもそれなりに見かけないことではない……が、今回はそれが巣から離れた前線部隊か斥候隊かといった立ち働きぶり。これはおかしなことであった。(野獣のごとき原始社会の常として、王者は楽な位置でふんぞり返っているものであり、特にゴブリンなどの低級妖魔はそうした傾向が顕著な種である)

 つまるところ、もっとはるかに強力な上位種が本命の巣に座しているだろう、ということだった。そしてそれほどの稀な上位種が率いる規模の群れとなれば十匹や二十匹程度で利くものではなく、最低でも百匹以上の単位となってくるはずだった。またそうなると、それだけ目立つ集団(餌となる動植物の食い散らかしだけでもかなりの量になる)が何もなく湧いて出るわけもないのだから、急に見かけるようになったということは元々あった群れではなく他所からこの地へ移動してきた群れなのだろうと推測が立つわけだった。

 しかし同時、問うべきもう一点がある。どこかの群れの中でたまたま上位種が生まれただけであれば、長じてはその群れを乗っ取って話はおしまいであろうということだった。そうした展開が成されず上位種がわざわざ移動してくるなど可能性はおおよそ一つと言えた。その群れには既に同格以上の王者が君臨しており、力をもって座を簒奪することが不可能な場合だ。

 これらの何が問題であるのかというと、計画的な氏族移住であった場合の影響力だ。ゴブリンは種族繁栄的な観念など持たないが(力ある雄同士で群れを取り合えば手加減なく殺し合う)、上位種同士がぶつかれば互いに怪我では済まないことを理解して回避の策を打つくらいのことはする(上位種ならばそのくらいの頭は回る)。また、長く上位種が君臨しているような群れであれば、頭数も勢力も規模が膨れ上がっているはずだった。これは食糧不足などの問題も抱えているということで、そうした問題を一挙に解決するためだかに時おり見受けられる現象が、つまりは“巣分け”であった。そしてこの場合、群れの人員構成、装備や資材の備え、役割分担の組織化などが始めからある程度整っていることになる。

 要するに、手強い。しかも不意をつかれて対処の初手を誤ると、周辺の村々など一帯が食い荒らされてしまいかねない。イナゴの大群が暴走するようなものだ。あるいは悪食の大強盗団か。

 日頃はあまり強敵扱いされない、駆け出し冒険者の練習相手に丁度よいなどと言われることすらあるゴブリンたちも、この“巣分け”の場合だけは脅威度がいや増すことになるのだった。(ただし、頭が悪く強敵ではないといっても、動きはそれなりに機敏であるし何より鬼種らしく体力が無尽のごとくであるため、油断していると四方八方から囲まれて刺されるといったことになるので常人が雑魚と侮っていい相手ではない)

 こうした諸々を踏まえ、アルシンは今後の動き方について指示を述べていた。

「……というわけで、私はこれから奴らの本拠たる“巣”を潰しに行く。君らは退いてもいいが、村々の防衛などはあまり気にしなくていい。後追いの救援隊が早馬で駆けつけつつあるはずだからな。そこで、もし君らにまだ身動きするだけの気力があるのなら――」

 そこで一旦息を切って数秒の間をため、場の面々を見やりながらアルシンは言葉を続ける。にやりと不敵な笑みをともなって。

「一つ仕事の提案があるのだが、どうかな?」

 本当は一日の終わりまでまとめて描ききってしまいたかったのですがシーン数が多くなりすぎるなどあって、ここで一旦区切らせて頂きます_(._.)_

 それと、長くお待たせしちゃってごめんなさいでした。

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