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ぼっちーと オフライン  作者: あんころ(餅)
二の章、不都合な世の中に割り切れているなら
21/24

[019] 幕間 ~おっさん達の苦悩

「以上が、問題の新人『アルシン』に関する報告となります」

 そう述べ、長々とした報告を、事務課長カレルヴォは締めくくった。

 ここは支部長室だ。むろん、探索冒険者組合ユークスタシラム支部における。

 報告相手は眼光鋭い老境の男、エドヴァルド支部長。歴戦のやり手だ。この人の下で働くならば、下手に気を抜いた立ち居振る舞いなど出来ようはずもない。

 執務机の向こうに座して報告を聞き終えたエドヴァルド支部長は、机の上で組んでいた手の指を解き、机の上面を指で叩き出す。トン、トン……と、右の人差し指一本が特に急くでもなく緩やかに叩き鳴らすその音が、しかしなぜかとても神経質に響き、耳にする者の緊張感をいや増させる。

 老いてなお枯れることなく刃物の鋭さをまとう、そうした権威者であった。元より冒険者組合の支部長ともなれば何十何百もの荒くれた酒びたりども(むろん我らが支部の所属たる愛すべきゴロツキどものことだ)を押さえて地域の自治を成り立たせて行けるだけの才覚を要する。よく誤解されるが本部組織があるといっても各地の支部は下位組織というわけではない。むしろ各支部とその横の繋がりこそが広域組合としての「本体」であって、大陸中央に設置された本部は事務や情報を取りまとめる便宜上から集約点として機能を期待されているに過ぎない。つまり支部長とは、その地域一帯における名実ともに(おさ)であった。中間責任者などではなく。それだけ、立場にふさわしい人望と能力がともに備わっていることを求められる。

 十を数えるほどの沈黙を挟み、エドヴァルド支部長が静かに口を開く。

「……言葉は通じる相手、か。ならば下手な手出しは避けるべきだろうな」

 口中の苦みを飲み下すような口調であったが。また、対面のカレルヴォに向けてというよりも、自身に向けての言葉のようにも聞こえた。

 カレルヴォは一つうなずくと、同意の言葉を述べる。

「はい。あれと正面切って敵対する関係にはなりたいとは思いません。意図してそう仕向けたとはいえ、煽って威圧を向けられた際には生きた心地がしませんでしたよ」

「報告にもあった計測室での件か。あの威圧は、余波がここまで届いていたよ」

 と、相づちを応じながら肩をすくめるような気配を見せてくるエドヴァルド支部長。これが実際の動作としては身じろぎを伴わないあたりがなんともこのお人らしい。

 ここ支部長室は、三階の奥まった位置にある。計測機の置かれた部屋は二階の中ほどに位置し、彼我の距離はそれなりに離れている。ここまで届くほどの余波だったというならば確かにそれもとんでもない話ではあるが、カレルヴォの知る限りでは同範囲において他の事務員や冒険者たちが皆して総毛立っているといった様子もなかった。これはつまり……

 そんなカレルヴォの疑問を読み取ったのか、エドヴァルド支部長が答えを発してくる。

「まぁ、気づいたのは私くらいだろうよ。よく集中して練り絞られていた。見事な技量としか言いようがない」

 そう告げるエドヴァルド支部長だが、その口調は特に誉めそやしているという風でもない。むしろ疑念溢れるところを隠そうともしていない、そういった言い様だった。視線を机の上に晒し置かれた書面へと落としている。「アルシン」に関する登録時諸情報をまとめた書面だ。中でも特に視線が見つめている先は……年齢の欄。二十歳。

 やはりそこがおかしいのだ。いくら才能があったとしても、二十歳だと? そんな若造の内からあれほどの練達が体現できるものか。時間だけは誰もが公平に流れるのだ。訓練時間の絶対量が足りるわけがない。

 だが…………カレルヴォは自身の告げるべき報告を言葉として発する。

「私の見る限り、確かに二十歳ほどの年齢でした。むしろもう少し若いくらいかもしれません。計測に際して入念に調べましたから、変装や偽装の類いである可能性は、まずないかと」

 そのカレルヴォの言葉に、エドヴァルド支部長は視線を上げぬままにうなずき一つを返してくる。

 数呼吸ほどの沈思をまた挟んだ後、エドヴァルド支部長は聞こえるかどうかといった音量の抑えた声を漏らす。

「これは……もしかすれば“アダマス”の出番かもしれんな」

 その言葉を聞いたカレルヴォは、ぐっと押さえつけられるような何か圧迫を覚えた。沈黙のままに思わず奥歯を噛み締めて耐えながらも、言葉の意味を反芻していく。

 アダマス。全九位ある組員等位における第二位。名の由来は、魔法金属にして世界最高の硬度を誇る不朽の剛体、金剛鋼(アダマンチウム)に基づく。等位の名称が鉱物そのものでない理由は簡単だった。彼らは盾である。その絶対的なまでの戦闘力をもって、仇なすものどもに対して立ちはだかる堅固なる盾。決して砕けぬ金剛の盾(アダマス)だ。組合組織にとっての奥の手であり、また探索冒険者たちの威信を世に示し掲げる英傑とされていた。

 一般に一流冒険者と言われる等位が白銀からであり、その時点で既にただ経験を積んだだけではたどり着けない域の実力を要する。そこから一つ上の黄金位ともなれば一部で英雄視され始めるほどだ。だが上には上がいる。黄金位の上位には霊灰銀(ミスリル)位があって、さらに上位。それが金剛鋼(アダマス)であった。

 等位「金剛鋼(アダマス)」の位にある現役の冒険者は、現在の大陸においてはわずか三名。大陸中のあらゆる才能ある冒険者が血を流し骨身を削る修練の果てなき先に立つ、極限の頂点者たち。この三名こそが、大陸最強の冒険者にして人類の守護者であった。(第一等位たる「神輝金(オリハルコン)」には在位者がいない。ここ数百年ほどは空位のままだった)

 等位アダマスおよびミスリルの位にある者たちは、本部令もしくは支部長権限によって召集、特命を下されることがある。各地の実力ある冒険者(多くは白銀から黄金にかけて)が見境を失って害なした際、粛清のための特別戦力として召致されるのだ。冒険者は魔力宿すモンスターを狩り倒す関係上(そう考えられている)、時にその身の力量が常人の域をはるか超えて育ってゆく。一定より修練の進んだ冒険者というものは、そうでない一般の兵士や警備の者などではどうしようもなくなってしまうことがあるのだ。これに対する組合組織の方策はしごく単純にして明快なものであった。更なる圧倒的戦闘力をもって叩き潰す、その一言に尽きた。この厳然たる態度は世に広く知らしめられているため、冒険者に対する忌避感は深刻化する前に自浄されていたし、また馬鹿な真似に走る冒険者もめったにはいなくなっていた。(それでも皆無とはいかないところが、人というものの(さが)であろうか)

 また、こうした制度によって、高位の冒険者はその行動を互いに牽制され合っていることになる。力量が格段の高みに達しても世のしがらみを全て振り払って勝手気ままに振る舞うとはいかない理由がここにあった。もはや人外の域とすら呼べる怪物めいた戦闘者たちをまだしも統率下に治められている、なけなしの枠組みなのである。(なお、もし彼ら全てが一斉に手を結び合って叛意を示せば崩壊する制度ではあるが、その心配はあまりなかった。超人化が進むほどに個人主義化もまた進むからだ。彼らは帯同しない。とはいえその分、組織として言うことを聞かせる労力もまた、もの凄く大変であったりするのだが……)

 そんなアダマス位の者を呼ぶことを視野に含める、それがどれほどの事態を意味するか。カレルヴォは信じがたい思いのままに確認を問わざるを得ない。震え出しそうな声をなんとか抑えながら。

「支部長権限を行使されるのですか? しかし、彼らの特命召集は……」

 そのカレルヴォの声に。エドヴァルド支部長はようやく顔と視線を持ち上げると、小さくうなずきながら答え直してくる。

「分かっている。今はまだその時ではない……。件のアルシンとやらも何か罪なることを犯したわけではないし、用も明確でなくアダマスだのミスリルだの呼び込めば、かえってこちらの身が危うい」

 アダマス位の実力者ともなれば、もはや存在それ自体がちょっとした災害扱いであった。どうしてもやってもらわなければならない用件が明確でない限りは、関わらないでいるに越したことはない相手なのだ。(そしてそれでもなお関わるならば、極力短期かつ最小限の接触で済ますべきだった)

 エドヴァルド支部長は瞳を閉じて数呼吸ほどの間を置いた後、改めて見開いた(まなこ)を切りつけるような眼差しと化さしめながら、言葉を継ぎ足してくる。

「だが万一の場合には、コールすることも辞さない。君もそのつもりで準備と心積もりを手放さずにおけ」

「はっ!」

 そう言い切られてしまえば従うしかない。カレルヴォは姿勢を整えると敬礼めいた動作を捧げた。

 エドヴァルド支部長は一つうなずくと、軽く片手を横振りながら話題を切り替えてきた。

「ところで、魔獣解体の様子はどうかね? 稀に見る大案件だが」

「はっ、現在七割方の工程を完了しております。残りの工程に関しても日没後一刻(約2時間)程度での完了を見込んでおり、事後処理まで含めなんとか本日中に処置を終えられる予定でいます。ただ……やはり特殊処理工程については手こずっているようです」

 生体から解体して得る各種素材は、当然だが新鮮なほどに価値が高い。時間が経ってしまえばそれだけ加速度的に価値を損なっていってしまう。よって、処置には迅速さが尊ばれるわけだが……。しかし今回は、まず何といっても量が多く、しかもあちこち頑丈ときた(普通の刃物では表皮をろくに破れもしない)。加えて、特殊な霊薬原料などとして肝臓部位を周辺血管ごと無傷で取り出すだの、血の一滴まで無駄流しせずに収集分別しておくだの(それも雑に扱っては駄目で、衛生管理しつつ丁寧に処置しなければならない)となれば、どうしたところで尋常でない手間を要する。というかそもそも単なる肉体労働の人足では解体の技術が伴わない。そのため、街中から薬師や錬金術師といったその道の専門家を呼び集め、さらに革工師や屠畜業者に骨肉解体のための食肉問屋のオヤジまで、関連技術者を総出させての大騒ぎと化していた。

 その上で、なんとも業腹なことに……。あのアルシンと名乗る若者が施しておいたという『冷温』の付与術法、これが初夏の陽気の下で解体を行うにおいて大いに手助けとなっていた。本来、今日のように丸半日以上かけて解体が終わらないなどという手間取りを見せれば、せっかくの素材を台無しにしてしまいかねないところである。いくら突発的な大作業と言ってもこれは一種の醜態だった。しかし、あの若造はまるでそのことすら見越していたと言わんばかりに対策済みであったのだ。これではその道の専門家として処置を任された側の立つ瀬がない。(であるのだが、しかし同時、とても役立ち助かっていることも事実であるため、板挟みで気持ちの持って行く先がないという状態だった)

 エドヴァルド支部長が淡々と言葉を応じてくる。

「そうか。このまま上手くいったなら、大儲けだな」

 それは喜んでいるという口調ではなかった。むしろ突き放すかのよう。

 そして、その感覚はカレルヴォもまた同様であった。己の思うところのままに言葉を返す。

「はい。見積り額は書類にまとめさせて頂いた通りですが……。本当にこのまま売買が成功したならば、年々逼迫しつつあった我が支部の年間予算を、十年単位で潤わせてしまえますよ。その後の利殖を手抜かりしなければそれこそ二十年、三十年と太く資本を支えてくれることでしょう。しかし――」

 しかし、これほどの大利益を丸預けしてくる、あのアルシン。あの青年の、あの態度。深山の奥地に育ったと言っていた、それがどこまで本当かは分からない。だが金銭の価値を理解していないということもないだろう。でなければここまで商取引に通じた売買上の便宜を図って提案できるわけがない。だというのに、金など右から左へ流すだけの()()()()()()でしかないと見やるがごとき、あの視線。試しに金貨二百枚を一旦現物で見せつけてみた際にも動じるところが一つもなかった(支部中からありったけの現金をかき集めたものだったのだが)。あれは、なんだ。あれは、まるで――

「まるで、巨大な怪物に天つく高みから見下ろされているかのような」

 エドヴァルド支部長が不意に声をかぶせてくる。ハッとして顔を上げるカレルヴォ――いつの間にやら床に目を落としてしまっていたようだ。

 何かを見透かしたように。あるいは遠い過去を見通すように。不可思議な眼差しをもって、エドヴァルド支部長は言葉を続けてくる。

「そんな気分を味わったかね? 私にも似たような覚えがある。本部会合でアダマスやミスリル位の連中と対面した際の体験が、それだよ」

 そう言って、今度こそ実際に肩をすくめてくる。力の入らない、気の抜けたようなすくめ方であったが。

 それはつまり、支部長ともなればそんな思いをする場面にも定期的に向き合って行かなければならないということか……。と、カレルヴォは少々的を外した考えにもとらわれながら、返答の言葉を応じかねていた。

 エドヴァルド支部長は気にせず言葉をさらに続けてくる。

「連中から見た我々とは、つまりは蟻の群れだ。そしてあちらは巨人だ。蟻が群れ、幾千幾万と集まっていればこそ、その存在が目にも留まる。だが数匹程度の()()()ならうっかり踏み潰してしまっても気づかない、あるいはちょっと失敗したかと思う程度。そこに本心からの反省は生じない。問題は、別に悪意をもってそうしているわけではないという点だよ。存在の位階が違いすぎるのだ。文字通りに力量の桁が異なる。視点の高低に天地のごとく隔たりがあったなら、思想だの主義信条だの以前、物事に対する感性からして噛み合わない……」

 これほど饒舌に物を語る支部長の姿は、珍しいものであった。しかしその稀なる機会に何を感銘する余裕も、カレルヴォにはなかった。話の内容が不気味に響くだけだ……

 エドヴァルド支部長は息を継ぎ直すと、結なる言葉を締めくくる。

「それが、()()だ。カレルヴォ。君が支部組織の将来を背負い、冒険者の深奥と向き合っていくつもりがあるのなら、忘れずに覚えておきたまえ」

 その言葉を。個人に向けてはっきり呼びかけられるということは、光栄に尽きる話ではあった。カレルヴォは、身にまとわりつく無形の重しを飲み下すような思いで意気を改めると、姿勢もまた整えて返答の声を上げた。

「はっ! ありがとうございます、砕身を尽くします!」

 そう勢いよく答えながら……しかしカレルヴォの内心に浮かぶ思いは、少々場違いな苦笑めいたものだった。この老練の極みたる男を前にしたら、いつの間にやら中年と呼ばれる歳に至っていたはずの己ですら、まだまだ若造扱いなのだなと。

 会話の間が途切れ、思わぬ静寂が場を満たす。

 と、そこへ、遠方からかすか響くように、わいわいがやがやとした酒宴の喧騒が差し込んでくる。一階の酒舗コーナーで催されている宴会だろう。またぞろあのアルシンが祝い酒だのと振る舞って起因したそうだが……。今時分となれば、まさに宴もたけなわといった頃合か。

「ずいぶんと盛況なようだな?」

 そんな喧騒をやはり聞きつけたのだろう、エドヴァルド支部長が揶揄するように言葉を投じてくる。

 カレルヴォもこれら事態は直接立ち会っておらず、また直近の出来事であることから把握しきれてはいなかった。だが問われたならば答えぬわけにもいかない。

「はい、これもアルシンの奴が振る舞ったようで。解体作業者たちへの労いだの、その場に居合わせた冒険者たちへは祝い酒だのと。どうも、金貨を数枚まとめて投げたようです」

 金貨数枚。ふざけた話だ。それだけあれば一家数人が慎ましくも一年暮らせるだけの額だと言うに……。あるいは、それこそ数百人を集めての大宴会とて可能だろう。いくらもっと桁の多い稼ぎをまとめた後の行動だとしても、まさに金をばら撒く所業だ。気が知れない。

 だが、上手い立ち回り方ではあった。決して良識としては肯定すべき行いではない。しかし、目に見えた益を多人数に与えてしまえば賛同する声の方が大きくなることは必定だった。少数の良識派を気取る者たちの声など呑まれて消え去ることだろう。そして振る舞った内容が飲食物だという点、これがまた上手い。後に残らず難癖をつけにくい上、生物としての人間の本能を掴みにかかれる。昔から「思い人を攻めるなら胃袋から」とはよく言ったものだ。対象となった一方の解体作業者たちは、朝から働き通してくたびれた体とひどい空腹を抱えたところに()()が来る。またもう一方の冒険者連中とて、肉体労働の日々なのだから夕暮れとなれば空きっ腹な輩が多い。自然(じねん)、それらを振る舞ったという出資元のアルシンへの印象が悪いものになろうはずもない。(元々仕事の発注元であって金銭的な面も含め世話にはなっているわけだがそこはそれ、不意の大仕事で妙な苦労をかけられたら狭い視野では恨みに思うこともある。だがそれを後追いの対処で見事に帳消し、どころか上塗りしてみせたわけだ)

 そうしたあれこれに関し端的にまとめつつも報告の言葉を一旦終えたカレルヴォに対し、エドヴァルド支部長が切り込むように問いを発してくる。

「それだけかね?」

 やはり鋭い。カレルヴォは、ぐっと息の詰まるような思いを味わいながら、報告すべき言葉を続け直す。

「それと、受付の事務員たちに。騒ぎを詫びながら『清掃代』などと称して“心付け”を渡したようでして。それがまた金貨数枚という……。全員で分ければ一人頭の額こそさほど高額とはなりませんが、さすがに直接の金銭授受となってしまう形は見過ごせません。かといって今さら取り上げては始末が悪くなるばかりです。後日の近い内に宴席なり慰労会なり、とにかく場を設けて使い切らせてしまう必要があるでしょう」

 こちらは頭の痛い問題だった。渡してきたアルシンの方は一応だが名目を立てている。話の内容としても筋道は通っているのだ。しかも、仔細を聞けばどうやら組合側の事務員が始めに文句をつけるような態度でいて(明言こそしていなかったとはいえ)、そこに詫びる流れで応じて渡してきた形らしいのだ。これを否定するなら、つまりは受け取ってしまった事務員が悪い。だがそれも、その場においては受け取るもやむなき状況であったのかもしれない。なにせ、この支部長室にまで響いてくるほどの騒ぎとなっている大宴会だ。その“清掃代”ともなれば、さすがに別途支払ってもらいたいというのが組合員なら誰でも(カレルヴォとしても)正直なところであるのだから。

 せめてその場にカレルヴォ自身が居合わせられたなら、違った応じようもあったのだが……。そんな不平を後から言い出したところで、それこそどうしようもない。

「人形劇だな」

「は?」

 唐突にぽつりとこぼしたエドヴァルド支部長の言葉に、とっさには理解が追いつかず間抜けに問い返す声を発してしまったカレルヴォだった。

 エドヴァルド支部長が説明を添え直してくる。力のこもらない手振りを交えながら。

「奴の――アルシンの、我々に対する扱いが、だ。(やっこ)さんの側には、やはり悪意などないのだろうと思うよ。それならもっと違った形を取るだろう。だが振り回されるこちらの結果は、どうだ? まるで出来の悪い人形劇の演目のようじゃないか」

 皮肉げに、薄くだが嘆息も伴った言い様だった。この老境の練達たる男をもってしても、己らが人間扱いされていないという事態を繰り返し突きつけられたなら、やはり心身のこたえるところがあるのだろう。

 エドヴァルド支部長は、息を深く一度吐いた後、切れ味を締め直した姿勢と表情で言葉を改めてくる。

「話を戻す。内側の対処はそれでよかろう、君にそのまま任せる。問題の『アルシン』については、当面は静観するに留める。下手につつくと暴れられかねん。ただし、付け入る隙がないかどうかは絶やさず探れ。金には興味がないようだが、女か、趣味の収集物か。あるいは意外と子供好きだなんて場合もある。そうした関心の向う先を押さえておきたい。とはいえ、くれぐれも本人には直接触らないように。それと――」

 手早く指示を連ねながら、エドヴァルド支部長はそこで一旦切って息を継ぎ直すと、再び言葉を発してくる。

「理解の足らない馬鹿どもが余計な手出しを冒さぬよう、措置を講じておきたまえ。冒険者連中には釘刺し程度で構わんだろうが、問題は裏稼業の輩や、欲に目がくらんだ商人筋だな。それとなく奴の周囲を固めておけ。奴自身は襲撃されようと意にも介さないだろうが、街中で戦闘行為にでも及ばれたら奴の()()()()()()()()()こそが馬鹿馬鹿しい規模の被害に至りかねない。そうなるくらいなら――」

 そこでカレルヴォは言葉を引き取る。さすがにその先まで全て説明させてしまうほど能の足りないつもりはなかった。

「――先んじてこちらで対処して、防いでしまえばいい。口実を与えぬままに封じておく、ですね。はい、子飼いの者たちを配しておきます。それと、奴の周囲を探る人材と配置に関しては、いくつか腹案があります。日数を少々要しますが、奴自身から頼まれた“買い物”の成果を渡す中で仕込んでいけることでしょう。たとえ気づいたとしても断る理由がないですから、要するに承知の上での腹の探り合いを安定させられます。私の見る限りでは、奴はそうしたことに関しては許容するタイプですから、よほどのへまを踏まぬ限りは危ういこともないでしょう」

 カレルヴォの回答に、エドヴァルド支部長は力強くうなずきを一つ返すと、指示の言葉を足してくるのだった。

「最後に、これは君の負担ばかりとなってすまないが。当面、奴の担当責任者は君が務めて欲しい。私が直接対面してしまうと、万が一にも奴の威圧に呑まれてしまった場合がまずい。他にどうしようもないという事態でもなければ、距離を切り離しておく必要がある。頼めるか。むろん、日頃の瑣末な対応には部下を使ってもらっていい」

 頼めるかと言われたところで、当然だがカレルヴォからしてみればそこに選択の余地などない。しっかとうなずきながら了承の答えを返すのみ。

「はい。お任せください」

 そのカレルヴォの返答を受け、エドヴァルド支部長もまた一つうなずくと、今度はいくぶん柔らかく崩した口調で言葉を述べてくるのだった。

「さて……ウチの自慢の受付嬢たちは、果たして奴さんには通じるだろうかね」

 受付嬢の類いはなるたけ美人揃いにしておくというのは、まぁどの業界だろうと鉄則であり、それは探索冒険者組合にとっても同じであった。ここユークスタシラム支部とて例外ではない。(そのための人件費にも割り増しで予算を注いでいる)

 カレルヴォもまたいくぶん崩した態度にて、両肩をすくめながら言葉を応じた。

「どうでしょうか。見た限りでは、話す態度が私に対するそれよりも少しだけ柔らかいようではありましたから、見込みが皆無ということもなさそうですが……。しかしこれは、逆も同じことが言えますからな」

 つまり、好感によって接し方が丁寧になる場合もあれば、逆に全く興味がないからこそ丁寧な対応に徹することができる、といった場合もまたあるのだ。幾多のクセある人物と接し応じてきた経験の豊富なカレルヴォにとっては、特段労せず理解の及ぶところであった。これはむろんエドヴァルド支部長とて同様だろう。

 支部長は、浅いうなずきと軽い手振りを交えながら、話の締めにかかった言葉を述べてくる。

「そうだな。まぁ、そんなところも一つずつ少しずつ、手探りしながら確かめていくしかない。何事もそこは変わらんな」

 皮肉な話だ。仕事の手間は減るところがない。たとえ超人相手だろうと人外相手だろうと、そんなところだけは変わらず手間をかさませてくる。

 そこへまた聞こえてくるかすかな喧騒が、一階の呑んだくれどもの笑声だった。実に気持ちよく酔っ払っているだろう様が透けて見えそうだ。さてはて、少しばかりやさぐれた気分に陥ってしまうカレルヴォのことを、一体誰が責められようか。

「ふぅ。あー、なんと言いますか。失礼ながら、我らの方こそ酒でもかっ食らいたいところなわけですが」

「好きなだけ飲みたまえ。案件が片付いた後でな」

 それはつまり、短くても数日間はお預けが確定ということだったが。(あるいは長ければ半月ほどか……)

 とはいえ、まだまだ処理待ちの書類仕事も多い。少しでも酒精に鈍った頭ではとても扱うわけにはいかない。特に金銭の関わる売買処理のそれらは、日頃の仕事に比べて桁が二つも三つも多いのだ。書き間違いどころか、ちょっとした条件文の読み損ないすら致命的な事態に至りかねない。

 ならば素面(しらふ)のまま生真面目に取り組むしかないのだ。仕事は尽きない。だからこそ己にも出番がある。誰もが進んでやりたいことではない。だからこそ対価を得るだけの価値が認められている。そうして、ここに都合よく利いてくれる魔法なぞもないから、一つずつ手を動かして片付けていくしかない。もう十何年と続けてきた。この先も十年二十年と続けていくことだろう。

 カレルヴォは一旦首を横振ると、取り留めもない物思いもろとも話を切り上げるべく、締めの言葉を発することにした。話題の区切りも丁度よい。

「では私は、実務に戻ります。また後ほど」

「ああ。ご苦労」

 そしてカレルヴォは一礼の後にきびすを返して部屋を辞し。男たちはそれぞれの仕事へと向き直って行くのであった。

 ようやく名前つき二人目が登場できたと思ったら、じじいというこの始末\(^q^)/

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