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ぼっちーと オフライン  作者: あんころ(餅)
二の章、不都合な世の中に割り切れているなら
20/24

[018] おどろく〔4〕

     〔4〕


「では、こちらが魔獣討伐および特定部位納品に対する褒賞金となります。どうぞお確かめください」

 そう述べ、金貨の詰まった革製の袋をアルシンの眼前たる木机の上に、事務方めいた雰囲気の女性組合員――長めの黒髪を左の鎖骨あたりで束ねて胸前に垂らしている――が重たそうに両手で抱えながら下ろし置く。

 現在、探索冒険者組合ユークスタシラム支部の一階奥における応接個室にて、アルシンの持ち込んだ魔獣素材をどのような方法で売り捌くかといった大要について協議を終えたところであった。木机を挟んでソファーに座り、件の中年男の担当員と差し向かいとなって話し合っていた。

 また、二人の横脇から少々外した位置取りで、議事録の書き記しと書面整理なども兼ねた事務方の女性組合員が控えており、何かと動いてくれていた。先ほどの金貨袋も、この女性組合員が手運びの上、立ち居ながらも横脇から差し出してくれたものであった。


 革袋の中に詰められた金貨の量は、おおよそ二百枚ほど。これは、素材全体の任意売買とは別口に手続きされた成果報酬であった。理由としては、登録構成員(正規の探索冒険者)として脅威認定モンスターを討伐した際の功績評価と、またその証明として提出対象となる特定部位(牙や爪や体内生成される魔力結晶など、対象次第で様々ある。ただし運搬性や解体の手間なども考慮されるため必ずしも最も価値ある部位とは限らない)を組合側が納品受付買取りとする額、この二面を兼ねて支払われるものとのことだった。

 この制度は商業的には一見不合理にも思えるが、実際には長い運営歴史上の経緯……という名の問題と妥協に揉まれて定まった、実利的な制度であるようだった。探索冒険者組合はむろんのこと慈善事業組織ではない。資金は無から湧いて出てきてくれるものではなく、実体ある生産流通に携わる中で稼ぎ出さねばならない(でなければ長続きしない)。しかしこれは、個々の探索冒険者として活動する個人にとっても同じこと。そこで問題となるのが、予め討伐や素材調達などの依頼対象となっていなかったモンスターを倒した際の扱いであった。モンスターというものは基本、一旦遭遇したならばきっちりとトドメを刺しておく必要がある。まずもって向こうから襲ってくる上、下手に逃げれば二次被害を及ぼしかねないこと(“引っ張る”ことによる生息域の乱れや、人間の脅威性というものを舐め下した認識を持たれてしまうことによる好戦性の誘発など、理由は多数ある)、および人間と出会うことが成り立つモンスター種であれば数を減らしておくことにも意味があった。よって、戦って倒すわけだが、当然のこととして戦えば疲弊する上に装備類も消耗する。つまりは補填のための資金を要する。また、せっかく倒したモンスターの死骸をそのまま放置ではあまりに無駄が多い。そこで価値のある部位を持ち帰るわけだが、その時に依頼対象となっていなければ即金的な売買消化が難しくなる。だがそれでは冒険者当人も資金繰りに困ることとなる上、ならばと冒険者たちがもしモンスターとの戦闘に対し消極的にでもなられたら組合も困るし巡り巡って市井の人々も困ることになる。(あるいは小口の取引であれば冒険者個々人が直接街商人たちと交渉していくことも可能だろうが、それでは功績評価には繋がらない上に組合を通さないことが常態化して組織の形骸化を招きかねない)

 そうした問題の対策として制度化されたものが、まずは組合が特定部位を引き取ることで現金の回りを融通するという、組合組織の資本体力に基づいた中間負荷の吸収行為であった(そうして集まった素材を、組合は問屋のごとくまとめ口となり街商人たちへと卸していくわけだ)。ただし、もちろんだが手数料相当以上のマージン額は差し引かれることになる。そのため、冒険者個々の取引としては例えば直接商人と売買交渉を取り持った場合などに対する最大期待額からは、数割落ちた価格での引き取りとなる。しかしここに任意選択の自由はない。制度として成り立たせるためには安定した流通量の確保とイレギュラーな競合性を排除せねばならないから、組合の登録構成員であればこの特定部位提出(納品)は既成の義務に等しかった。(そして残りの全身素材が――価値あるならば――任意売買の対象となるわけだ)

 とはいえ、基本的にはデメリットよりもメリットの方が大きい制度である。例えば、引き換え的要素として、素材としての価値をあまり持たない低級モンスターの討伐特定部位であっても一定額の引き取りが保障されており、これは駆け出しの冒険者にとって大事な後援要素となっている。組合としては部分的には赤字であったりするものの、互助の組織として発足した経緯なども含め重視されるべき面であることや、ほぼ全ての冒険者はこの恩恵に与った経験を経ており文句のつけようがない位置づけであることなどから、今では皆の肯定する制度として認められていた。

 なお、この納品提出の例外として許容される場合もあって、それは納品者本人が武具などの加工用に素材として用いたいといった場合である(力宿る魔獣の牙や爪からは優れた魔剣が研ぎ出されることもある)。こうした場合には物の提示だけ行って功績評価の計上を済ませた上で、素材自体は優先的再引取りという手続きになる。ただし、価値に応じて差額の清算を要するため、場合によっては冒険者側がいくらか出費しないとならないことも稀にあるとか。


 アルシンはこの金貨提示を受け、黒髪の女性組合員へ言葉を返す。

「どうもありがとうございます。……たしかに、間違いございません。では、この内の四分の三はひとまず組合の開設口座へ預け入れにて。残りの五十枚ほどに関しては、銀貨への両替やいくつかの小分けについてお願いしたきことが――」

 内訳の明細書面なども見やりながら、指示の言葉を連ねていく。女性組合員は聞き終わるとうなずいて、部屋から一旦退出していった。

 明細によると、ここまでの各種手配にかかった費用や、入市税や関税などの清算も、本日この時点までで確定している分については差し引き済みであるようだった。これはアルシンとしても事前に同意していた点であり問題ない。(というよりむしろアルシンの側から積極的に提案していた。面倒事は後にまで引きずりたくない性分のためである)

 と、そこで空いた間に対してか、正面に座る中年男の担当員が言葉を投げかけてくる。何か一つの重荷が片付いたかのような少々気の抜けた様子で、軽く肩をすくめながら。

「しっかし、まさか本当に競売方式で賛同してもらえるとはね。しかも現金払いに限らず証文立てまで受け付けようとは」

 半ば呆れるような声音まで混ぜて言い寄せてくる中年男の担当員。受けてアルシンは、別段大したことではないという風に軽く返答する。

「その方が、組合としても利益を図れましょう?」

「まぁ、そうではあるんだが。言っちゃなんだが冒険者なんてその日暮らしみたいなもんだからな、長く日数をかけてまで利益のあがりを待つ奴なんて珍しくってなぁ」

 普通、探索冒険者などという稼業の連中は、極力即金で清算したがるものであるそうだ。理由は複数あって、例えば臨時組みした(パーティ)であれば清算が済まねば次の身動きが取れないし、また例えば次の探索行の予定立てやら装備類の整備や新調やらにも資金を要する。そうした上で、さらに死線をかいくぐる仕事から生還を果たした身のわけだから、間を置かず自身に報いる寝食の養い(つまりは豪遊だ)を求めることが本能的欲求としても消化を要するものであった。結果として、宵越しの銭は持たない生き方というか、あまり売買取引に対し悠長な気質ではないというのが大概の冒険者たちにおける態度となっていた。

 アルシンが行った今回の提案は、そのような一般的な冒険者の印象に対し真っ向から反するがごとき内容となる。訝しがられるもやむなき言動かもしれないが、それら点を上回って見せるだけの合理的な理由は既に説明してあった。なおもって疑われるというならそれは際限のない話であって、アルシンとしてはもはや構うところではなかった。

 アルシンは、一つ軽くうなずくと、相づちと確認を兼ねて返答を返す。

「今回は、こうすることが街のためにも良いのではないか、と」

「たしかに、その通りではある。そこまでこっちのことも考えてもらえるのは嬉しいし、助かることではあるんだが、ね」

 売り手としてのアルシンと組合にとっては、なるべく高額で売り払いたい。ただしここで、街の一員としては問題点も浮上してくる。突発的かつイレギュラーな取引であるにもかかわらず高額になり過ぎることだ。これの何が問題かと言うと、要するに現金流通の枯渇である。

 今回の売買取引、おおよその見立てでは総額が金貨五千枚近くにも及ぶだろうと考えられていた。この額は、現代日本の価値に無理やり換算するとすれば二十億円以上の規模に相当する。それが、国家中央の大都市や商業交易地などではない、僻地の小規模な拠点に過ぎないここユークスタシラムの街で急に大動きしたら、どうなるか。銀行取引の発達した社会における書面上の数値加減算による清算が可能ならばともかく、もし全て現金払いで取引を実践などしようものなら……場合によっては、この街の中から一時的に金貨銀貨が消え去ってしまいかねない。

 これがあるいは商人同士の取引であるなら、証文や為替の形で立て合うことで現金の介在を一時的に廃し円滑化を図ることも可能であろう。しかし、アルシンは個人の冒険者である。自然(じねん)、まっとうに支払う意志のある商人であれば、しっかりと現金を用意するはずであった。

 しかしそれでは、希少素材を手に入れるだろう大店(おおだな)の商人たちは耐えられても(荷を中央に持ち込んで改めて売り払えば大儲けを期待できるのであるからそれまで一時的に凌げれば良いとなる)、街経済の上層から現金が総ざらいのごとく引き上げられ、そんな状態が一ヶ月から二ヶ月ほどもの間は続くだろうともなれば(中央都市との行き来には馬車でも片道十日はかかる。荷を満載した隊商ともなれば足はもっと遅くなるだろう)、街の中層以下の経済状態は一種の恐慌化に陥ってしまいかねない。例えば、周辺の村人や行商人が物を持ち込んでも買い取ってもらえない(あるいは酷く買い叩かれる)、銅貨ならともかく銀貨以上の商取引は滞るだろうことから一般的な商店では商品の補充入荷が続かなくなる、あるいは貨幣価値がおかしなことになって局所的な急騰や乱高下をもたらしてしまい暮らしに余裕のない民人たちが日々の買い物にも困るようになる、などといった想定である。

 そんな混乱を街に引き起こすことは、アルシンとしても組合組織としても望むところではない。とはいえ、希少な魔獣素材を廉価で売り払うなどというのも馬鹿らしい。ならば妥協案として……と、アルシンが提案したことが証文立て、すなわち担保を押さえる代わりに支払い決算まで猶予期間を設けるということだった(なお担保対象の細かな策定は組合に任せるとした)。これにより一方では、競売参加する商人たちに対しては手持ちの現金量を超えて総資産に迫った落札額を求められる。そして、もう一方では――

「打診させていただいた“大きな買い物”さえ円滑に済ませられましたなら、街にとっても我々にとっても最大の利益を還元して行けるだろうと、わたくしとしては考えております」

「それについちゃあ、たしかにもっともなことではあるし、手配は頑張らせてもらうつもりだよ」

 肩を軽くすくめながら涼やかに言葉を述べるアルシン。対し、中年男の組合員は両手を持ち上げ大仰に肩をすくめ返して見せながら、やはり半ば呆れるようにして答えてくるのであった。

 “大きな買い物”、これには複数のパターンを想定して提案を連ねていた。アルシンの立場上、実際に購買できるかどうか分からないものも多いからだ(例えば不動産であれば住民権の獲得問題が先立って生じてくる)。そのため、具体的な手配に関しては目の前の中年男と組合組織に一任してあった。

 そんな手間をかけてまでなぜ購買案を練っているのかというと、それは今回の大枚稼ぎを適度に“消費”しておくためであった。現金流通の枯渇問題は、アルシンという一個人が多額を抱え込んでしまうからこそであって、ならば抱え込むまでもなく吐き出してしまえば問題ない。そのための「まとまった額の購買対象」として計上できるものの内から、実際の手配状況に応じて購入物を適宜切り替えていけるよう(わざわざアルシンに都度確認しなくて済むよう)リストアップと想定案を事前に組合側へと渡しておいた、というわけだった。

 この対応によって、街の中から吸い上げた資産を街の中における買い物で支払ってしまうなら、あとは差し引きの問題でしかなく、むしろ経済の交換性を活発化することで一時的な好景気すら醸成できるだろう行為に転じてしまえる。これは証文の立て方次第で左右される問題ではあったが、償還期限までに差額を上手く調整できれば、商業活動が一時的に行き詰まってしまう者たちの発生も避けられるだろう。


 そうしたあれこれを含みつつもゆるい雑談に興じていると、黒髪の女性組合員が戻ってきた。

「お待たせいたしました。こちら、銀貨に崩したものと小分け用の革袋各種、それと口座の取引明細となります」

 口座明細は、現代日本におけるそれのような利便性に優れた通帳型などではなく、単なる羊皮紙書面である。本来は組員登録証カードと併せて用いられるためもっと簡素な書面であるようなのだが、アルシンはまだカードが発行されていないことと額面が高額なことから、今回は丁寧に証明印の添えられた厚作りの羊皮紙証書であった。

 また、預金口座などと一概に用語を訳してはいるが、探索冒険者組合によるこれは現代日本における銀行業の口座のように便利なものではなく、本当にただ預金するだけの預け口でしかなかった。実態としては、銀行口座と言うよりも、広域で商館を配する商会筋が行っているような為替発行に近い。例えば、重くかさばる金貨銀貨をいちいち持ち運ぶことは負担でしかないから、とある都市で預け入れた額の証明証(為替証文)を書面の形で変え得ておき、それを必要に応じて移動先の都市で現金へ再変換することによって持ち運びの負荷を減じる、などといった初歩的な為替業だ。むろん、相応の手数料は差し引かれることになるが。(それでも普通は益の方が多い。ちょっとした盗難対策にもなる)

 なお、こうした仕組みを先に始めたのは交易商人たちの寄合い(現在で言う商会筋)であったかそれとも探索冒険者組合の前身組織(いわゆる「冒険者の酒場」といった口入れ屋同士の横の繋がりに互助会としての活動が合わさったもの)であったか、鶏が先か卵が先かの論に似て決着のつかぬままに延々と議論される的であったりするそうな。閑話休題。

 アルシンは、黒髪の女性組合員から木製の盆ごと銀貨や書面を受け取ると、会釈を返しつつ丁寧に礼を述べる。

「どうもありがとうございます。……はい、確認いたしました。委細相違ございません。本日はご協力ご尽力賜りまして、重ねても感謝を」

「いえ。正当な業務の一環ですから。お気になさらず」

 事務方めいた女性組合員は、そう簡素に言葉を返すと一礼し、歩を下げて控えの位置に戻る。

 アルシンは一つうなずくと、顔の向きを正面、中年男の担当員へと戻し、締めの言葉を発するのであった。

「では本日に行うべき手続きは完了との由にて。また明日に伺わせていただきます。失礼いたします」

 その言葉に中年男の担当員が軽く片手を振りながら応じてくる。さすがに疲れたのか、少々気の抜けた態度と息であったが。

「おう、またな。――ああそうだ、今日の宿は決まっているのか?」

「いえ。せっかくですから、帰りがけにでも受付カウンターの方々に条件の合う宿屋を相談させていただこうかと」

 宿に関する問いは予測していたことだった。アルシンのような身元不明者(しかも稀に見る強者)を抱え込むのであれば、組合組織としてはせめて逗留先を把握しておきたいと考えるだろうことは当然のものと理解できる。アルシンとしてはそんな些細なところで衝突するつもりもない。よって、隠し立てすることなく情報は開示していく。このことで余計なちょっかいを受ける可能性は生じるものの、対処しきれる自信は十分にあるのだから。ただし、今日の宿までいちいちこの眼前の中年男に直接オススメされてその通りにするというのも少々不愉快であったので、別途普通の職員を相手にしておきたかった。どうせ結果は後から組織内で伝わることだろうから、細かい差異までアルシンが気にする必要もない。

 中年男の担当員が気安くうなずきながら応じてくる。

「そうか。宿決めはなるべく日の早い内がいいぞ」

「はい。ありがとうございます。本日はどうもお世話になりました」

 そう述べながらアルシンは席を立つと一礼し、退室の際には扉のところで振り返ってもう一度深くお辞儀した。

 そして中年男の担当員からは鷹揚なうなずきを、黒髪の女性組合員からは丁寧な黙礼を、それぞれ返されながらその場を辞した。



 アルシンは奥通路を抜けると、支部一階の大ホールへと戻ってきた。

 建物の入口から直結している大きな広間で、入口から見て正面と右手側には各種案内や手続きのための受付カウンターが配されている。対し、左手側は酒舗スペースとなっており飲酒宴会から喫茶軽食まで幅広くカバーしていた。席数の用途に応じてか二階席が半吹き抜けで用意されており、()()()()な雰囲気を醸している。(また、それらの合間を縫って奥部屋や階段へ通じる廊下がある)

 アルシンが広間に姿を見せると、視線が一斉に周囲の冒険者たちから浴び寄せられた。

 明らかに値踏みされている。この反応もまた予想通りだった。とはいえ、アルシンの“実力”を見抜いた反応(怯えるなり警戒するなり)がほとんど見受けられない点は拍子抜けでもあったが。倒された魔獣の死骸を傍目に見やった程度では察しきれなかったようだ。(アルシンは自身の気配を完璧に制御しており体外へ漏らす余波などない。よって、その力量を見抜くならば感性による察知ではなく、理知による論理的計算的な推察を要する。……あるいは、アルシンに匹敵するほどの【看破】スキルを行使できる者であるか)

 そうした周囲の視線に対し、アルシンはあえて見せつけるかのように視線を見やり返す。当然、周囲からはその分の反発した圧力がさらに返ってくることとなるが、構わず左右一通りを把握する。

 受付カウンターには並んでいる者や手続き待ちの者が十名弱、酒舗コーナーには十数名ほどが飲み食いしており席数は半割ほど埋まっている状態(椅子と円形の卓はともに木製であり、樫材めいたいかにも頑丈な作りの品と見えた)。また、どちらともつかない、たむろしている者たちも数名いる。今日という日が何か特別というわけでないなら、この人数割合と施設規模から当該組合支部の構成人数などを大まかに推察できる。おそらくは実働人数は五十名前後、予備的な人員も含めて総勢でも百名には届かない、そんなところだろう。秘境域に隣接する攻略最前線であるわりには勢力としては小規模だった。街の位置づけが中央に対する辺境であることと、長年かけても攻略に進展が見えていないだろうことからの諦めがもたらす衰退か。(歩いて二日程度の近場に城塞幕壁を備えた拠点施設を築けているにもかかわらず、秘境の主たる大魔熊を倒せていないどころか実態把握すら浅かった反応から、元より当該支部の実力程度は透けて見えていたがそこに判断の確信が一段加わる形となった)

 アルシンは、視線を向けてくる個々人と目を合わせることはしなかったが、それでもなお反発感の強い数名がアルシンの方へ向けて身動きを始めようと気配を見せる。

 その機先を制してアルシンは前へ歩み出る。酒舗コーナーの店主(おやじ)がいるカウンターへ向けて。

 しかし距離はあまり詰めない。あえて少々遠く開いた、十数歩分ほどの間合いを置いて立ち止まる。そして声を張りあげる。

「ご店主! これを!」

 声から数瞬遅れて小袋を投げ放る。軽い下手振りから投じられゆるく放物線を描いて飛んだその革製の小袋は、危なげなく店主の中年男に片手で受け止められた。チャリリ、と貴金属特有の澄んだ高い金音が小袋の内部からかすかに響く。

 店主の男が何か言い応じようとする前に、アルシンは言葉を続け差す。

「裏の広場で解体作業に従事いただいている方々を労いたく。後ほど酒や食事を()()で振る舞っていただきたい。いかが」

 言葉を受けて店主の男は、黙ってひとまずは小袋を開けて中身に目を通した。途端、片眉を跳ね上げつつ眉根を寄せる。瀟洒に整えられたヒゲごと口元を歪ませ、空いた片手の太く力強そうな指先で顎元を触れいじりながら、驚きと苦みの乗った口調で短く応じてくる。

「金貨だと? ……多すぎだ」

 店主のいらえにアルシンは一つうなずくと、落ち着いた口調で言葉を返す。

「でしたら、半分はこの場の方々へ振る舞い酒としてはいかがでしょうか。稀なる大物を仕留めた今日の日の、祝い酒ということで」

 その言葉を放った途端、周囲の気配がまたもや一変する。これまでも声を潜めて耳をそばだててはいたようだったが、今度のそれは急激かつ完全な静寂だった。先ほどまでよりも更に集まった注目と、そしてあからさまに込められた期待感に……ヒゲの店主は苦笑しながら答えを返してくるのだった。

「わかった。だがそうなると店中の酒樽を空けても、麦酒(エール)だけだと追いつかんぞ。蜂蜜酒(ミード)や火酒(蒸留酒)の類いもあるがそっちまで開けるとなると釣りが残らないかもしれん」

「構いません。どうぞ使いきってください。ただ、酒だけでなく酒菜も配していただけると嬉しく存じます」

 アルシンは動じず肯定のうなずきとともに言葉を返す。受けて店主のヒゲマスターは、大げさに肩をすくめながら一言応じるのであった。

「あいよ」

 そして、それを聞いた周囲からは歓声が沸き。

 急場に催された大宴会は、細かな個々人の思惑なぞすべて飲み込んで酔っ払わせた。


 もちろんだがアルシンが同席しないというのもおかしな話となってしまうため、始めの半刻ほど(約1時間)は付き合っておく判断でいた。

 話しかけてくる冒険者連中に対しては適当に応じながら、その場の観察を進めていく。アルシンなりの考察見解として、人間は自分の話を聞いてもらいたい生き物だ、という考えを元々持っていたのだが、この地における人々もその点は大して変わらないようであった。アルシンのことを聞きたがるようでありながら、結果としての実態は自分話に終始していくものだった。こうした場合はだいたい、三対七程度の比率で相づちを打ちながら相手の話を立てておけば気持ちよく酔ってくれる。

 むろん、目端の利く者たちの中にはしっかりと“情報”を引き出そうとする者もいた。しかしそうした問いかけに対する答えは決まっていた。組合の担当員――カレルヴォとかいう名前だったか?――へ全て話してあるから、必要なことはそちらへ聞いてくれという応じ方だ。アルシン個人からはどこまで話してしまってよいものか現時点では判断つかないところも多いため、と。

 生真面目に正面から応じる必要などないのだ。なぜなら、鋭く切れ味を秘めたように交渉めいた掛け合いを仕掛けてくる者とて、そんなものは結局のところ演芸でしかない。真に価値ある情報が入手できるなど始めから考えてはいまい。要はアルシンという人物がどこまで()()()相手であるかを言外に推し量るための手順に過ぎない。交渉の論理、言葉の綱引き、損益の考察、そうしたものを投げ合う中で勝手に探って納得し、そして付き合いのよさに安心する。そんな通過めいた儀式だ。

 こうした会話事は、アルシンにとって面白味のない退屈な処理対象でしかなかった。ただ、供されていた酒と食べ物が意外に美味しかったので、そちらに関しては楽しめた時間でもあった。特に、エールビールがしっかりと冷えていた点には驚いた。魔導具を使って冷やしているそうだ。といっても全てではなく、樽から直注ぎの温いエールの方が安価な扱いで、大抵の者は日常的にはそちらで済ますらしい。だが冒険者は肉体労働であり、特に探索行から帰ったその日は冷たいエールが五臓六腑にしみわたることから、好まれているわけだった。つまりは“ちょっと特別”であって、今日のこれはさしずめ大盤振る舞いといったところか。(ただし濾過技術の方はそこまで完全でないのか、若干の不純物や濁りとともにえぐみを生じてしまっていたが。よく冷えている場合には無視できる程度だったので、これもまた好まれる一因だろう)

 そうしてアルシンは、陶杯に注がれたエールや、時にウィスキーのような火酒や甘口の蜂蜜酒なども空けていきながら、あるいは話しかけてくる酔っ払いどもを適当にあしらいながら、その場の面々を広く見やっていた。力量やその他考察すべき諸情報を把握しておくために。

 まず力量に関しては、【看破】スキルによって容易く把握できる。看破の見え方は、対象の体周にオーラめいた色づきの揺らめきが見えるのであるが、その色相が赤から黒に近づくほど格上となり、黄から白に近づくほど格下となる。

 そして、この場における面々は、ほぼ真っ白であった。仮にレベルの数値に表し直すのであれば、せいぜい三十から五十といった辺りだろう。中には頭一つ抜けている壮年の熟練らしき者もいたが、それとて百を超えられてはいなかった。思わず内心で独りごちる。

(言ってはなんだが。ザコばかりだな)

 なるほどこれでは、計測機の上限がせいぜい二百止まりであるわけだ。

 辺境の支部とはいえ、探索冒険者の拠点に集う連中がこの程度ということは、ひるがえって現地人類社会の程度というものもまた知れるところであった。これからすると、先だっての登録手続きの中でカレルヴォとかいう中年男の担当員が言っていた話――力量の計測値が“百”を超える者とてこの支部にはいないとしたセリフも、あながち探り手の上におけるブラフばかりというわけではなかったようだ。

 この場にはアルシンに比肩しうる者なぞなく、あるいは社会全体で見ても存在するとして非常に希少であろうことは想像に難くない。それはアルシンの身の安全を大いに後押ししてくれる要因ではあったが、同時、ある困難を示してくる事態でもあった。すなわち――

(難しいぞ、これは)

 モブの人形めいた有象無象扱いではなく、意志ある個々人としてこの現地の住民たちを認め続けることが、だ。そこを見失ったとき、おそらくアルシンは人間でなくなる。その陥りを拒むのであれば自律を戒め続けねばならないが、果たしてどこまで保つだろうか。

(あるいは、()()()()()()()()()()、か)

 だがその見極めを証明する手段など、どこにもありはしないのだ。である以上、そんな問答の行く末なぞ際限のない話でしかないのかもしれないが……

 同時に思い直すところもある。問い続けることを止めた時、人はカカシと化す。その考えはアルシンにとって信条の一つでもあった。悩みと苦しみを解決してしまうことはできない。物事を簡単にしてしまうことはできない。抱え続けること、綱渡りに向き合い続けること、危うさを諦めてしまわないこと。そこを手放した時こそ、楽になってしまう時なのだから。

 たまさかに訪れた懊悩を振り払うように、アルシンは首を振ると、視線を再び広く見やり直す。

 すると、今しがた支部入口から入ってきたのだろう、探索帰りらしき(パーティ)の連中の内に、少々面白い身形の者を見かけた。耳が尖っている。

(――ほう。あれは、森妖精族(エルヴィン)か)

 森妖精族(エルヴィン)。ゲーム時の舞台「アリアテラ」においては、森林系の地域や秘境において勢力を築き、弓術や特定属性の魔術、そして精霊術を得手とした種族。秘境開拓において性質選択を「霊性」で尊び、また種族的傾向として他種族に対し閉鎖的排他的であることから開拓する地脈の指向性を「閉鎖」で選択したがることも多い。それらのことから人族(ヒュマーナ)とは利害が衝突しやすく、往々にして対立的関係であった。――まぁそれは、他の種族たちとも同じことではあったのだが。

 ともあれ、種族規模では協調的でないとはいえ、個人単位でまで押しなべてその通りというわけではない。特に若者は己が好奇心の赴くまま、里を飛び出してくることがあり、そして探索冒険者という生業はそうした者たちを受け入れる度量があった。組織としての組合も元々が大陸規模で広域に活動する冒険者同士の繋がりを前身としており、その中には多種族からなる隊も珍しくなかったことから、伝統的に種族で忌避せず大らかに参加を認める気風を備えていた。ただし、だからといってもちろん冒険者個人ごとの差別意識が皆無というわけでもない。

 つまり、冒険者として活動する場であれば異種族を見かけることもままあった……のだが、果たしてゲーム時の「アリアテラ」ではないこの現地でも同じようであるのか、それはアルシンにも分からなかった。かつて遠隔視点をもって街中を調べていた際には見かけなかったことから、たとえ異種族がいたとして極少数であろうとは推測していたが……。まさか、今日という接触初日から邂逅する機会があろうとは。

 思わず身の内にうずき出す興味を覚えるアルシンであったが、しかしこの場で会話を取り持つことは危険をともなう愚行であった。己の思考を制御して切り払う。

 森妖精族(エルヴィン)はその名の通り、森林に固執する種族だ。そしてこの街の隣接する秘境が森林型だ。冒険者を生業とする連中は基本的に個人主義であり自分の考えで動いている者が多いものの、中には自身の所属する組織や氏族などから意向を受けて、つまりは斥候として派遣されてきている者とているはずだった。そしてこの街の東の大森林は、エルヴィンの新領地獲得対象としてかなりの魅力的な候補と言える。単なる森林と異なり秘境であれば地脈の力を掌中とすることもかなう。しかし、あの森林秘境と「地脈の要」は既にアルシンの支配下に落ちている。まだ黙っていることであったが。

 そうした状況要素が合致した場合がまずいわけだ。もし単なる行きずりではなく計画的に森林秘境の開拓と占有を狙っている一派だった場合。大魔熊の死骸検分から「(ぬし)」の討伐を疑われると面倒だった。その方面に関する回答とて備えてはあったが、会話相手が異種族という点が避けたいところだ。特に今日の内は。この現地における異種族の()()を把握できていない。書物にあたるなりで調べがつくまでの間、ほんの数日ほどで良いから対面は先延ばしとしておきたかった。

 諸々を踏まえ、アルシンは酒席を立つことにした。頃合としても丁度よいだけの時間が経っていたから、ある意味予定通りとも言える。

 周囲の酔っ払いどもが、どうした、だの、もう帰るのか、だの、とわりとしつこく絡んできたが今日の宿がまだ決まっていないので日の沈む前には、と断ってなんとか席を立つ。

 森妖精族を含む一行とは視線や歩みの向きが交わらぬように気をつけながら、組合の手続きカウンターの内、総合案内系のところへ向う。

 そしてアルシンは、手の空いている受付嬢――赤毛を短めのポニーテール状に結っている元気そうな娘だった――へ静かに声をかける。

「失礼。思わぬ大騒ぎとなってしまい申し訳ない」

 その言葉を受けて赤毛の受付嬢は、にっこりと笑いながら応じてくるのだった。

「いいえー! 冒険者の皆さまが集まればいつものことですから! ところで何かご用でしょうか?」

 妙に威勢が強い。表情こそ笑っているようであったが……アルシンには分かる! これは面倒を増やしやがって後の片付けが大変じゃねーかコラといったような怒りをたたえた“笑ってない笑顔”というヤツだッ!

 ……まぁ、片方では真面目に事務仕事を全うしている傍らで、もう片方では酒盛りして大騒ぎともなれば、それは愉快な気分ではいられないだろう(しかも普段飲みしないような高級酒まで次々と開封していく様など見てしまえば)。その気持ちはアルシンも理解できた。

 よって、対策も備えてあった。受付嬢の手元たるカウンターの木板の上へ、革の小袋を差し置く。チャリリ、とやはり澄んだ金音がかすかに聞こえる。アルシンはうなずきながら言葉を渡す。

「ではまず、こちらを“清掃代”等の費用としてお納めください。重ねてお詫び申し上げます」

 加えてこそっと、小声で受付嬢の耳元にだけ届くよう、余った分はこちらの皆さまでお使いください、とも言い添えておく。

 寸瞬の動揺を見せる受付嬢へ、だが明確な反応が定まる前に機先を制してアルシンは言葉を続ける。

「次に、わたくし個人の相談事で恐縮なのですが、本日の逗留先がまだ決まっておりません。よろしければお勧めの宿屋をご紹介賜りたく」

 そしてまた、受付嬢の手元へ、今度は手づかみした銀貨を四枚五枚ほどアルシンは気安げに差し置く。チャリン、と銀貨同士の当たる音が鳴る。

 後者の銀貨は、情報料として提示したものであった。小銭と言うほど安くもないが大金と呼ぶには程遠い、そんな額であった。情報料としてやり取りするにはさほど“相場”からも外れていまい。これを受け取るのであれば……前者の小袋についても受け取るだろう。小袋の中身は金貨であって予想はしていても実際に開けたら驚くことになるだろうが。この金銭譲与は、言ってしまえば賄賂だった。ただしもっともらしい名分も立てている。これを受け取るかどうか、また()()()()()受け取るかで、探索冒険者組合の組織としての規律がどこまでのものか、内部の個人規範がどの程度であるか、一つの判断を下すことができる。

 そのためにも、単に金額を示すというやり方ではなく、名分を立てた上で段階を踏んだわけだ。これは、心理学などとしてもよく語られる、要請を段階的に示すことと譲歩の返報性を利用した、いわゆる訪問販売における承諾誘導手法の応用であった。

 さて果たして、この赤毛の受付嬢は…………受け取った。銀貨の上に片手を置いて覆い隠すと、にっこり笑顔で答えてくる。(今度の笑顔はしっかり機嫌よさそうであった。……多分に作為臭くもあったが)

「はい、お勧めの宿屋ですね? なにか希望される条件などはございますか?」

 受けてアルシンは浅くうなずくと、返答を返す。

「第一に食事が美味しいところを希望致します。その上で寝台が清潔であれば、と。宿泊料には多寡を問いませぬゆえ」

「それでしたら……そうですね、『森のきつつき亭』がお勧めでしょうか。個人的にも、食事だけ楽しみに出向くことがあるくらいですから。たぶん他の皆に聞いても同じようにお勧めしてくれると思います。ただ、質が良い分、ちょっと値段もお高めなんですけど、ね」

 回答してくる赤毛の受付嬢に、アルシンは肯定のうなずきを返す。そして追加の問いを尋ねる。

「ありがとうございます。ぜひその宿に決めたく存じます。道順をお伺いしても?」

「はい。この支部を出たら右手、つまり西方向へ大通りを進みまして、三本目の交差通りを南へ折れて……」

 と案内を受けて。アルシンは礼を述べて締めくくると、組合支部を後にした。



 こうして、この日、アルシンの長い一日は終幕を迎えた。

 宿屋の個室には“安全”確保の措置を多重に講じておいたものの、特に侵入者などもなく、翌朝まで平穏に身を休めることが出来たのであった。

 うおおー! 納品部位の個数と引取り額を設定算出とかしてたら脳みそ溶けそうになった!

 またえらく間が空いちゃってすみませんでした_(._.)_


 ところで、今回も字数が一万字超えで、約1万4千5百字あるのですが、前回みたいに二分割した方が良かったりしますでしょうか?

 (ちなみに前回のは前後合計で1万7千字弱ありました。参考までに。)

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