[000-B] 狭間の夢幻
輝く靄に満たされている。たゆたう偉大なる何か、うつろう諸々たる何かに。
それは細かな全てであり、大いなる一つであり、母なりし抱擁のごとく。
――おお、幸いなるかな。幸いなるかな。この生誕を祝おう。遥かなる訪いを祝そう。我ら迎い入れ、その無垢なりし生命の降誕を言祝がん。幸いあれ、幸いあれ!
福音の歌が鳴り響く。剥き出しの魂に。
――我ら四大の理となりて四つの祝福を定めたもう。なれば汝答えるべし。言葉は形である。力は具体なくば働ざるなり。形を与えよ、働きを定めよ。汝の望むべき本質を示せ……
それは問いかけであり、答えは既にあるこの己そのもの。
偽りようもなく、考えを巡らせるべくもなし。
剥き出しの奥底しかないのだから。
――では問おう。順なる問いに、順に答えよ。
特に大きく感じる、四つの塊りのような何か。その内の暖かなる一つが前面に出で来る。
それは発する。それらは鳴り響く。
――まず始まりは火である。生命は灯火のごとく事始まる。それは鼓動の一拍であり、産声の一息である。迎えたる一声であり、温もりの一浴である。汝、この火なりし始まりに、いかなる幸いを祈るものか。
始まりに祈るべきは幸運である。
まず始まること、それ自体すら叶わぬならば、何を施しようもないのだから。
一つの生命が無事に産まれ出でられることの、いかに至難であることか。その奇跡のごときを理解するのであれば。望まれて在り、息ができ、手を握れ、笑みを交わせる。そんな当たり前が当たり前でいられるように。
日々の暮らしにそっと寄り添うような、ささやかな幸運をこそ、まずは祈ろう。
――応! 我は汝が新たなる生命の立ち行きに、火の幸運をもって祝そう!
その暖かなものは応えを返すと後方へ下がり、また別の塊りが前面へ入れ替わる。
それは清廉な雫のごとく発する。しとやかに鳴り響く。
――次なるは水である。生命の成り立ちとは水の巡りがごとくなり。それは渇きを癒す一滴であり、働きに流す一汗である。己が身の一血であり、あまねき大海の一波である。汝、この水なりし成り立ちに、いかなる幸いを願うものか。
身の成り立ちに願うべきは頑健である。
その五体に健康恵まれてこそ己の足で生を歩んでいくことができる。
いかなる学びも努めも、地に踏ん張り立つ力強さに支えられればこそのもの。もしも病床に沈むばかりの身であったなら、どれほどの処しようがあるというのか。無病息災に優るものなし。
明日を見る目に素直な希望もたらす、健やかなる心身の頑健を、次いで願おう。
――承知。我は汝が新たなる生命の立ち行きに、水の頑健をもって祝そう……
そしてまた入れ替わる。
荘厳なる巌のごとき響きが迫る。山脈のような雄大さをもって。
――続くは、地である。生命の身の育みは、大地の雄なるごとくなり。それは己が足で立ち上がる一踏みであり、明日を志す一歩である。血肉の素として食する一麦であり、糧を拓かんと振るわれる一鍬である。汝、この地なりし育みに、いかなる幸いを誓うものか。
育みに誓うならば成長である。
産まれ出でた生命には、目指すべき地平の彼方があると信ずる。
己が足で立ち、歩み行けるだけの身を恵まれたなら。その歳その時までに与えられた糧と、託された思いを、背に負う意志をもって。幾千幾万を食らい続ける意味に見合うだけの、成し遂げるものを欲すべし。
望むべき己が未来を鍛え上げる、石積みのごとく歩みが連なる成長を、続き誓おう。
――おーう。我は汝が新たなる生命の立ち行きに、地の成長をもって、祝そう。
そうして三度入れ替わる。恐らくはこれで最後か。
涼やかなる調べが吹き行く。軽やかに抱かれるようにも纏わりながら。
――終なるは風である。風は舞い上がり、当たり混ざれば渦を巻き、そして吹き散る。生命の歩みもまた同じ。それは伸ばした一手であり、語らう一言である。継がれた一信であり、途絶えの一吐である。汝、この風なりし交わりに、いかなる幸いを捧げるものか。
歩み交わることに捧げるは、理解である。
己が生まれも次代への継承も、一人では出来ない。それには理解を要する。あるいは孤高の際にて見つめる心もまた。
伝える言葉も拒む意志も。日々を生き抜く術や備えも。理解によってこそ成される。理解へ至るべく挑み続ける戦いの道こそ、人の生涯。
野の獣でなく智ある人であるなら。その生命織り成すべく、努めを尽くす理解を捧げる。
――されば。我は汝が新たなる生命の立ち行きに、風の理解をもって祝そうか。
四の問答は成され、替わるべきはもうなし。
四なるは揃い臨み、全ては奏で鳴り響く。
――幸いあれ、幸いあれ! 幸いあれ、幸いあれ!
そして輝く靄に埋め尽くされた。




