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ぼっちーと オフライン  作者: あんころ(餅)
二の章、不都合な世の中に割り切れているなら
16/24

[014] おどろくファンタジー

     〔1〕


 小山が動いていた。街に迫ってくる。

 その日、辺境城塞都市ユークスタシラムの幕壁東門の外側において、朝の開門を待っていた行商人や村人、そして門衛たちは、朝日を背に受けながらのっそりと現れた小山らしき影を見て、軽く恐慌に陥っていた。

 近づきつつある小山は、よく見れば剛強なる毛皮に鎧われているようでもあった。すわ大モンスターの襲来かと、緊急招集される衛兵隊に冒険者たち。しかし斥候の者が放たれて持ち帰った情報によって、状況は一変した。

 小山は人に背負われた荷であったのだ。背負子(しょいこ)を用いて。倒されたと思しき大型モンスターたちの死骸が何段にも(くく)られていた。人の身の丈を四倍にも五倍にも上回る大荷物だ。しかも、大型のものの縦積みのみならず中型のものが脇にも括られ、高さだけでなく横幅の膨れ具合も尋常ではない。これでは遠目に小山のごとくと見当違いするも無理はなかった。

 だが何よりもの非常識は、そんな馬車ですら容易には引けぬほどの大荷物を、たった一人の男が背に負って歩いている、という実態であった。果たしていかなる怪力が備わるならこのような行いが可能だと言うのか。門衛を率いる部隊の者たちは危難の意識こそひとまずは脱したものの、ある意味でいっそうの混乱を深めていた。

 もしも冷静さを保ちよくよく考えたならば、見た目からしてただそこらの木々を結って作ったらしき背負子ごときで、そのような大荷物を支えていられるわけもないことは洞察できたはずであったが。施された魔導魔術の術法式を遠目に見ただけで理解せしめられるほどの実力者は、その場にはいなかったのだ。とはいえ、その術法は高度にして繊細に制御されており、導通する魔力を毛筋の一本分すらも漏らしていないため、外部から観測するなどといったことは元より至難ではあったのだが。

 そうした混乱と衆目の注意をあえて呼び起こすかのように、そして見せつけるかのように街へと歩み迫りつつある、小山を背負った男とは。そう、アルシンであった。


 アルシンは、現地住民社会との関わりを始めるにあたって、いくつかの対応パターンを想定していた。

 その中でも骨子となる二大選択が、すなわち目立つか目立たないかであった。

 そして、目立たないという選択は、なかった。他の「元プレイヤー」を探して回るのであれば、どうしたところで情報の受発信を積極化しなくてはならない。もし何十年でもかけていられるというのであればパッシブ(受動的)に忍んだやり方に徹する方法もないわけではなかったが。しかし、現状のまま何年を無事に過ごせるものかは未知数であった。果たして“タイムリミット”めいた条件性が本当にあるかどうかは分からないが、さりとて念頭から除外してしまうというのも恐ろしく、今の時点では考慮の内に含めざるを得なかった。

 この「探しもの」なる厄介な案件さえなければ、もっと安全な選択と動き回り方もあったのだが……。そもそも、ただ安全と安穏だけを望むなら、目立つ必要どころか現地社会に接触する必要自体がない。アルシンは一人きりで人里離れた深山幽谷の地にあっても生きてゆける。物資の備蓄も十分にある。

 しかし、情報を得るために「元プレイヤー」の人物を探すなら。向こうもこちらと同じように探そうとしてくれていると仮定して、では互いの手がかりをつかみ合うその端緒を開くにはどうすればよいか。情報を発信するしかないが、それは目立つことを意味する。相手側がどの程度まで目立つことのリスクを背負って情報発信してくれるかは定かでない。ならば、より確実を期すならアルシンの側から「始めに与える立場」として積極的に動くことが必要だった。

 こうした諸々の面を踏まえ、アルシンは目立つ動き回り方を選択することにした。しかも、どうせ目立つのであるなら、いっそのこと思い切り目立ってやってしまった方が効果的だろうと工夫をこらすことにしたのだ。そのためには最初のインパクトが肝要だった。

 なにせ、アルシンという存在が現地人類社会に「初登場」することになるのだ。第一印象のインパクトは一回しかない。その効力を最大に活かすのであれば、初めから全力で目立ってしまった方が高効率を望めるだろう。それに、いずれにせよ「アルシン」が目立つ存在であることに変わりはない。遠からず目立ち、そのことにまつわる面倒事にも向き合っていかなくてはならないのだから、いっそ自分から仕掛けていくことで状況を積極的にコントロールできる位置に立ってしまった方がいい。ただし、いっぺんにやり過ぎることは事態を破局させるだけであるから、当然だが加減を見失うことは愚行である。(よって、身に着ける装備類などは現地での流通を少し上回るだろう程度の範囲――鋼鉄と中級モンスターまでの素材品を主とし、少量のミスリルと上級素材を配する――で厳選しておいた)

 そして選んだ“登場方法”が、今回のこれであった。すなわち、以前に倒した森の大魔熊、突進猪、灰餓狼のボスを三段積みで背負子に重ね、さらに横脇には灰餓狼の群れの通常個体だったものを括れるだけ括り、あるいは吊り下げて。肉と毛皮の小山のごとくと化した()()を背負って現れたなら、目立たないわけがあろうか、と。なお、血肉の鮮度を保つための『停滞』『冷温』や、自重で潰れて痛んでしまわないための『支持』『重力軽減』などは、繊細に施してあった。

 また、これら熊猪狼は、かの大森林における上位者たるモンスター種である。これを最初に提示することはアルシンの比類なき実力を示すことにも役立つし(メリットだけでなくリスクもあるが、それは承知の上だった)、売りさばくことで現地貨幣を大きく調達することも出来よう。特に後者に関しては、後出しで大金を動かそうとしても何かと疑われて面倒ばかりであろうから、最初の戸惑いの内に一挙に動かしてしまった方が有効だと判断した。何と言っても、希少かつ高効能な魔獣素材だ。これほどの代物を入手し、売買できる機会を逃すような利に疎い者などそうはいないはずであった。その利心の隙間を差してアルシンという存在が世に入り込むのだ。

 こうして、判断と準備を入念に整え、アルシンはこの日を挑んでいた。


 ようよう街の門扉が下端まで見え、彼我の姿がなんとか見分けられる程度の距離まで近づいた頃。

 街の門衛だろう兵たちが先遣して、アルシンの向いつつある街道(といっても、土も剥き出しの丸きり田舎道で、道というよりも単にその筋周りは踏み固められて草が生えていないだけ、とでも表現した方が適切なくらいのありさまであったが)を進んで来ていた。その武装と剣呑さ具合はまるで敵を迎え撃つかのようであったが、アルシンとしては想定していた通りの展開に過ぎなかったので、特に動じるところもなかった。

 顔も見える距離まで近づくと、兵たちの代表らしき壮年の男が誰何(すいか)の声を発した。

「そこで止まれ! かような巨獣を山と積んで荷とするなど、何者であるか。我らが街に何用か。答えよ!」

 鋭く睨みつけるように問うて来る。声もまた鋭い。何より、緊張を帯びていた。この問答の結果如何(いかん)によっては街に多大な被害が及ぶかもしれない。それだけの予測を巡らせざるを得ないほどの大物を見せつけられているのだ。常人の視点から見て、アルシンがもし好戦的あるいは敵対的な人物であったなら、それは脅威であろう。なにせ、下手な家よりも巨大なモンスターを平気な(てい)で背負っているのだ。ならば討伐した実力者が当人であったとしても不思議はなかった。しかも部隊ではなく一個人なのだから。

 問いかけを受けアルシンは、ごく落ち着いた声音で答えを返す。

「おはようございます。わたくしはアルシンと申す旅の者。東より山越えの旅をして参りましたところ、山裾の大きな森の中でこれらモンスターどもに襲われまして。撃退したはともかくとして、捨て置くにはもったいないとこうして背負って参りました次第。最寄りの街にて探索冒険者の組合支部でもあれば引き取って頂けないものか、と。いかがでしょうか」

 さらりと何でもないことのように一息で説明しきるアルシンであったが。言われた側にとってはとてつもない内容だった。

 初めに誰何してきた隊長らしき壮年の男が、慌てた様子で片手を突き出しながら、声を返してくる。

「ま、待て! 東からだと? あの大山脈を越えてきたというのか!? いやそれよりも、こいつらはもしかして大森林の上位種どもじゃないのか。まさか一人で倒したというのか? いったいどうやって――」

「街で引き取って頂くことに、何か問題がおありですかな?」

 男の驚愕と質疑はある種もっともなことではあったが、いつまでも続きそうなそれを遮って、アルシンは要点を端的に切り返す。際限のないうわ言であれば付き合っていられないとばかりに、淡々とした表情と声音で。

 隊長らしき男は、うめくように言葉を吐き出す。

「い、いや、それは問題ないが……」

「ありがとうございます。ふむ、しかしこの大荷物を背負ったままでは、あの門をくぐるには無理がありそうだ。ではお手間で申し訳ありませんが、どなたか組合員の担当をお呼び頂けませんでしょうか。あわせて荷車やらの手配などもお願い致したく。費用は売り上げから支払わせて頂きますので、人手もどうぞ遠慮なくご差配ください」

 再び当たり前のことのように言ってのけるアルシン。その言い様に何か思い至るところでもあったのか、隊長らしき男は意気を締め直し、返答の声をしっかと発するのであった。

「分かった。それらについては手配しよう。だが今刻は早朝、人手がそろうにも時間がかかる。それまでの間、話の仔細を聞かせてもらうぞ」

「はい。どうぞ、ご随意に」

 アルシンは大人しく従う意を示し、うなずいて見せる。

 それを受けて隊長の男も一つうなずくと、部隊の兵たちにいくつかの指示を出し、そして一行は街へ向ってゆっくりと歩み出す。

 街門の辺りでは人が人を呼び、ちょっとした騒ぎとなりつつあった。これで到着する頃ともなれば、兵も街人も組合関係者も諸共集い、まさに大騒ぎの体を成すだろう。

 それこそが狙いだった。アルシンという存在を一目に焼きつける。しかしその詳しい正体を知る者はごく限られることになる。不明は好奇か恐怖を喚起することになるが、今回の場合は街に利益を大きくもたらすのであるし、また今後に段階を分けて仕掛けていく手も控えていた。おおむね好意的な印象を植えつけられるはずであった。そのためにも肝要であるのが最初の注目なのだ。

 ここまでのアルシンの心境を言葉に書き出すとするならば、それはまさに一言、

(計画通り――)

 であった。むろん、実際の表情には一切表しなどしないが。

 街が近づいてくる。第一戦は順調にクリアー。次いでの第二戦が間もなく始まる。

 この日は長い一日となることだろう。アルシンはそっと息を深く吐いて整え、そして前を向いて歩を進めた。

 /grin motion <Arsine>



 2013年06月27日、第一章のネタバレ解説な活動報告を投稿してあります。

 笑いどころがイマイチ分からん! といった方は試しに参照してみてご感想ご指摘賜れますと助かります。(作者名のリンクから辿れます。)

 ただし、当作品を純粋に楽しみたい方にはお勧めできません。

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