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ぼっちーと オフライン  作者: あんころ(餅)
一の章、誰がその手を汚せといったか
15/24

[013] ころころファ〔3〕

     〔3〕


 だが、街へおもむく前に済ませておくべきことがあった。

 そう、ストレスの発散である。


 アルシンがこの地に着いてからおよそ一月。その間かけて、溜まりに溜まった煮えくる憤懣(ふんまん)

 日頃は意識して理性を過多に働かせることで冷静な思考を図っているものの、さりとて唐突にこんな状況へと落とされた理不尽に対する怒りから始まり、「必要なこと」を遂行するためとはいえ生き物狩りだの野盗殺しだのとまで行っていて、ストレスにならないわけがない。

 もはや限度というものがあり、だからといってそれを変なところで不意に暴発させるわけにもいかない。そんなことで致命的な事態に陥るなど馬鹿馬鹿しい。

 ならば、余裕のある今の内に、事前に計画的に意図的に、不満を爆発させ八つ当たりして、発散してしまえばいい。


 山脈の奥地も奥地。ろくに生き物も棲まないような荒れ果てた岩山に。

 入念に、遮音遮視その他知覚妨害系術法陣を仕掛け、また侵入断絶結界に撃退用トラップ群まで幾重にも。執拗なまでに施して。

 アルシンは、“その場”を整えていた。すなわち、好き勝手暴れまくって破壊をまき散らしても余人に一切関知されない、安全安心の八つ当たり道場である。


 すぅぅ――、と深く呼吸を整える。

 身体中の熱量を意識する。それらを一旦下腹部へと集める。同時、手足の重さを再認識する。肉と骨、血管を巡る血液が、存在することの質量を編み上げている……

 腹に溜め、圧縮し、高めた熱を。今度は四肢を巡らせる。十分に手足が熱くなったところで腹に返す。それを繰り返す。深い呼吸とともに、じっくりと合わせながら。

 額には冷たさを意識する。冷静さの擬似体性感覚だ。夜のように月のように。尖らない冷たさを、額から己へ取り込む。

 体は熱く、頭は冷たく。武体武息における基礎なる境地が一つ。その状態でアルシンは、自身の内なる衝動と情動を一つずつ確かめながら、とある一本の武器を取り出す。

 金棒、とでも表するのだろうか。それは棍棒のようでもあり、鉄塊のようでもあり、あるいは()()()()()()といったような形状であった。ただし、単なる素振り用のそれよりも三倍は太いが。

 右手に持って握り締める。柄は長めで、両手でも片手でも扱えるように出来ていたが、ひとまずは利き手で思い切り振り抜いてみることにしたのだ。

 ふぅぅ――、と再度の息をつく。今回は冷静さを保つ必要などない。熱に浮かされてしまっていいのだ。だから。

 腹底から駆け上がる高圧の熱量を、首を通して少しずつ頭脳にも循環させていく。背骨を通して螺旋を描くようにも渦巻かせながら。

「おォ……おおォオォ…………」

 低く低く、重低なる武声をうなり響かせていく。腹から肺を震えさせ、喉首を震えさせ、やがて頭蓋までをも震わせる。この振動こそが、骨から痛覚をほどよく麻痺させ、脳内の分泌物を促し、そして身体の状態を切り替えさせるのだ。すなわち、戦闘のためのそれへと。

 内圧が高まり続け、ある一線の頂点を迎える。その瞬間に開始する。

「ハァアア――ッ!」

 裂ぱくの気勢とともに、右手の鉄棍刀を眼前の岩塊へと叩きつける。手首の骨と筋がしなり千切れんばかりの手応えを味わいながら、力ずくで鉄棍刀を振り抜き、そして岩塊を割り砕く。

 噛み締める奥歯は。いつの間にか凶暴な笑みへと変じていて。そんな自らの顎頬を空いた左手で触れ撫でながら、次なる一歩を踏み出でる。その力強き暴威をもって大地に宣告するかのように。

 振るう振るう。そして砕ける岩々に、割れゆく地盤。山も崩れよとばかりに手当たり次第、その場の一切を打ち滅ぼしていく。

「ウォオオォォ……カァアアアアァッ!!」

 砕け散る岩石の破片が頬をかすり切り、あるいは二の腕の肉をえぐっていくが。そんなものに頓着しない。ただ目の前にある塊り全てを叩き壊すのだ。何もかもが消え去るか、でなくばこの身を突き動かす何かが枯れ尽きるまで。

 ふざけるなという思いも。どうしてという悲念も。いいかげんにしろという怒気も。それら一切を言葉にはしない。言葉にする以前の形なき混沌のままに、全てを溶かし込んで、吐き出してしまうのだ。そう……

 ――腹底の炉に焚きくべて、燃やし果ててしまえばいい!

「ィィイイイ――――……ァアアアアアアアア――――ッッ!!!」

 見上げるような岩壁も、立ちはだかるなら構わず打ち崩して。

 アルシンの()()は、そのまま丸二昼夜かけて続いた。


 三日目の朝日を迎える中で。

 アルシンは、汗まみれの土まみれな態で、あお向けに倒れ寝ていた。

 荒い息もそのままに、じっと天を眺めている。朝の吹き下ろす涼風が身体を撫でて行き心地よい。晴れやかな気分だった。内に溜まって鬱屈していた何これの一切を吐き出しきった。からっけつだ。もはや、後ろ足を引きずらせる余計な重荷など、いかほどもこの四肢に絡みあろうか。

 八つ当たり対象となった岩山は、標高が激しく磨り減ってしまい周囲の山峰と比べてまるでえぐり取ったように平らなくぼ地状と化していて、元の姿のうかがいようもなくなってしまったが。まぁこれは、尊い犠牲になったのだ……、ということで。

 これで後顧の憂いはない。ならば。

「スッキリ爽快、明日から街さ行くべ!」

 そう、脱ヒキニート状態である。

 細かな作戦や計画はまたぞろ考えねばならないが、今はこの宣言こそが何よりだった。

 さて、帰ったら風呂でも浴びて、明日から頑張ろう!



 ちなみに、この平たいくぼ地と化した元岩山の場所は、はるか後年に開拓が進んだ際、入植を期した人々にとって得難い拠点設営地となって後々の里作りと繁栄を助けることになるのだが……

 そんなことは、アルシンも余人も、誰も知りはしないのだった。

 やったッ! 第一章完!

 ぼっちーとの戦いはこれからだ!(続きます)

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