Intermission1
「むっふふふ〜ん♪ グラ〜イツ〜!」
やけに上機嫌なリエイアが勢い良くドアを開け、グライツの部屋へと入る。無論、ノックはしない。
「どうかなさい……」
本を読みながらコーヒーを飲んでいたグライツの視線がリエイアの頭のてっぺんに吸い寄せられる。黒く長いきれいな髪の上に、ダンボールが乗せられている。みぃみぃという猫の鳴き声が聞こえ、グライツはおおよその予想を立てる。
「……リエイア、あなたは――」
「お願い! グライツ!」
ダンボールを床に置き、リエイアは目をつむりながら顔の前で両手を合わせる。ちらりとダンボールをのぞくと、中には真っ白な毛の猫が入っていた。
まだ子猫である。
「命の世話をするというのは大変なことですよ?」
自らも強く人の生死にかかわる仕事をしているせいか、グライツが言う。
「途中で放り出すことのできない仕事です。覚悟はおありですか?」
静かにそう説くと、リエイアはうつむいた。こうなるとグライツが圧倒的に不利である。
「あー……責任を持って世話をなさるなら、よろしいですが」
しぶしぶとグライツはそう答えるしかない。
とはいえグライツ自身も、動物が嫌いだと言うわけではない。広すぎる屋敷や部屋も遊ばせているだけでは価値がないではないか、と一人納得した結果の答えであった。
リエイアに目をやると、花の咲いたような満面の笑みを浮かべていた。
「ありがと! 絶対お世話するから!」
にゅふふ〜んという声を上げながら、リエイアは足元の猫を抱え上げる。抵抗もせずに、その子猫は抱え上げられている。
「名前決めなくちゃ! それにいろんな道具も必要だし! あ、しつけはボクがやるからね! 安心して!」
一気にそうまくし立てるリエイアに、グライツは自然と笑みをこぼす。
「そう急ぐ事もないでしょう。今度街に行った時にものを揃えて……それまでは代用品ですね」
グライツも猫を撫でてやろうと手を近づけると、フーっと声を立てて威嚇されてしまう。
「にゃっはははは! グライツ嫌われた〜!」
リエイアは笑っているが、グライツは内心穏やかではない。
「(血のにおいがバレたのか? )」
うわべだけの笑みを浮かべ、グライツは残念そうに手を引っ込めた。
「まぁ、よろしいでしょう。まずは名前ですね」
手を後ろで組み、グライツは言う。
「ん〜そうだね〜……この子、オスかな? それともメス?」
「どれ……」
リエイアから猫を渡してもらい、グライツは「確認」を行う。嫌がってはいたが、引っかいたりはしないらしい。
「メスですね」
「女の子か〜。じゃあ……イリヤ! とかどうよ!?」
ずばーんと、ものすごい迫力でグライツはそう迫られる。
「イリヤ……えぇ、良い名です」
グライツもうなづき、見事猫の名前はイリヤに決定した。
「さ〜て! 今度は買い物が多くなるね〜」
「えぇ、全くですね」
グライツは一抹の不安を残したまま、わずかに笑みを浮かべた。
――――
数日後、すっかりと道具の整ったグライツ宅で、イリヤはご機嫌そうにくつろいでいた。先日まで捨て猫だったとは思えないほど、リエイアになついている。グライツも、エサをやればよってくるようになった。
「ね〜、グライツ〜!」
リエイアが頭にイリヤを乗せ、グライツの部屋へと入ってくる。無論、ノックはしない。
「どうかなさいましたか?」
薄い笑みを浮かべ、グライツはたずねる。
「いや、なんとなく」
ポフッとグライツの隣に腰掛け、リエイアは笑う。この無垢な少女が、自分の一番の敵だなぁ、とグライツは心の中でつぶやいた。