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8-6

 男は目を開ける。

 真っ白な天井が目に飛び込み、それから聴覚が音をとらえた。

 複数の女性と男性の声。

 彼が良く知った人物たちの声。

 その声の方向に顔を傾けると3人の女性が隣のベッドを覗きこんでいる時であった。

 小さく、小さく男がつぶやくと、真っ赤な目の少女が男の方を向き、驚愕に目を見開いた。

「ウォル……!」

 少女、リエイアの反応に、残りの二人の女性も目線を向け、同様に驚愕をあらわにする。

「シャンツェ!」

「ウォル!!」

 コレットとエヴァが歩み寄ろうと体を向けた刹那、リエイアが突進し、ベッドの上の男、ウォルフガングに抱きついた。

「うわぁぁぁぁぁ〜ん!!!」

 目から大粒の涙を流しながら、リエイアは男の首を力強く抱きしめる。

 ウォルはゆっくりとリエイアの肩に顔をうずめ、何度も何度もリエイアの髪をなでた。

 取り残された二人の女性は互いに目を合わせると笑みを浮かべ、ゆっくりとカーテンを引き、二人の世界を作り出した。

 カーテンの中に残された二人はしばらくの間抱き合い、互いを感じていた。

「ごめん、ごめん。心配させて、ごめん」

 涙声でウォルが言い少女が首を横に振る。

「良かった。無事でいてくれて。リエイアが無事で、本当に良かった……!」

 ウォルが顔をうずめている場所が湿り気を帯び、やがて水が伝う。

「怖かったな……! つらかったな……! 大丈夫だから……もう、もうあなたを、心配させないから……!!」

 ウォルが肩から顔を離し、まっすぐにリエイアの顔を見つめる。

 互いに泣きはらした顔のまま、数秒ほど見つめあう。

 徐々に、徐々に二人の距離が詰められる。

 カーテンが、勢いよく開かれた。

「いよーう! ウォルっち! 無事か……い……?」

 唇が触れ合う程の距離まで近づいていた二人は、突然の訪問者の方に目をやる。

 アルフィ・エンピシャスが、硬直していた。

「いや、すまん。本当に。まさかウォルっちが……ロリコン……まあ、ごゆっくり」

 おどける余裕もないのか、アルフィはそれだけを早口に言うと、勢いよくカーテンを閉めた。

「待て! おい! アルフィ!!」

 ウォルが必死に叫ぶが、返答は帰ってこない。

 すっかりと冷めきった空気に、リエイアは息を吐き、ゆっくりと起き上がった。

 吐息がウォルの顔をなでる。

「ウォルは安静にしてて。ボクが話してくるから!」

 にっこりとほほ笑み、リエイアが言う。

 カーテンが開け放たれ、リエイアの快活な声が病室中に響いた。

「空気読め〜!!」


――――


 ウォルの病室は、2人部屋である。

 彼の隣のベッドには、アルフィが寝ころんでいた。

 腹部に風穴をあけられ、腸と肝臓の一部を損傷したアルフィであったが、人工臓器により機能を回復し、既に起き上がれるように快復していた。

 だが反対に、ウォルのほうは経過が順調とは言いにくいようだ。

 何せアバラと腰骨の一部、それに腎臓、膵臓をひどく損傷し、左の肩は3センチほどえぐり取られている更には全身の裂傷や打撲、おまけに衰弱、貧血と、カルテに書ききれないほどの傷を負っているためだ。

 主治医のセレスタいわく、何らかの障害が残るか、奇跡的に回復しても今まで通りに動きまわることは不可能、ということであった。

「しっかし、ウォルっちがロリコンになっちまうとは、お兄ちゃんびっくりだよ」

「それはもう忘れろ。たのむから」

 弱弱しくウォルがつぶやくのは、体中が痛む以外にも理由があるのだろう。

 8つも年の離れた少女に馬乗りになられ、あまつさえ唇を突き出している男など、危険人物以外の何物でもない。

「いやー、しっかし参った参った。おいらが一番最初に起きたんだが起きたのはあの戦いから3日。ウォルっちに至っては10日ってんだから時間の進み方ってのは速いね」

「10日!? そんなにたったのか!!」

 ウォルが起き上がろうと力を込めると、うめき声を漏らして力を抜いた。

 そんな様子に、アルフィは軽く笑みを浮かべた。

「無理すんなって。あの鬼医者がウォルっちのカルテ確認して蒼い顔で検査してたんだ。そうとうガタガタなんじゃないの?」

「あー……痛すぎてもう何が何だかわからん。どこもかしこも痛いんだ」

 口元を釣り上げるだけの笑みを浮かべ、ウォルは目を閉じた。

 アルフィもそれにならい、目を閉じる。

 しばらくして、病室には規則正しい2つの寝息が響いた。


――――


「やれやれ。年甲斐もなく無茶をしたものだ」

「吾輩、これ以上傷を負うことになるとは微塵も思わなかったである」

 ウォルとアルフィの隣の病室では、ミハエルとティタニアの二人がペアであった。

 ティタニアは文字通り体中に包帯を巻かれているが、青い入院服とは不釣り合いの黒いソフト帽をしっかりとかぶっている。

 ミハエルも包帯でぐるぐる巻きにされており彼は入院服ではなく、腹部に穴のあいた蒼いシェズナの軍服を着込んでいる。

 彼ら2人は、腹部に大きな傷があるものの、応急処置のおかげで大事にはならないで済んでいる。

 さらに、病院に担ぎ込まれた時に一通りの手術を受けたため、傷がふさがり次第退院できるのだ。

「しかし、処刑人、あれは良い使い手だ。気配を感じさせずに我々をしとめたのだからな」

「吾輩、あまり良い言葉を紡げんが……軽く驚嘆した。おそらくあれは、尋常の勝負ならばウィルヘルムをも超えたであろう」

 目線を合わせることなく。二人の"老練の魔法使い"は会話を行う。

「なぜあのような奴が解放軍に?」

「ウィルヘルムは、人の心を操るすべに長けていた。甘言を用い、巧みに人の心に忍び寄っては人形にしていた。初めから、あやつは吾輩たちのことを人形や駒以外のものとしてはみてはいなかった」

 きいきいという甲高い声が病室に響く。

「ミストルテインはその被害者であろう。おそらく、世界平和の正義の面だけを教えられ、傾倒したのであろう」

 ティタニアは窓の外の風景を見つめる。

 中央市街の大通りが一望できる場所だ。

「正義、か……。この世に正義や悪で単純に割り切れるものなどないのにな」

「いつぞやの戦争はその最たるものであろう?」

 ティタニアが言うと、ミハエルは眉をひそめた。

「あの戦争は、悪と悪の戦争だった。それは紛れもない」

「その通り。あれは下衆同士の戦争であった」

 二人が大きく息を吐いた。

「そういえば、あの衛星兵器の照射事件、あれはどうするつもりであろうか?」

「あ……。そうだな、おそらくは会見でもやっているのでは――」

 ミハエルが軽く放電し、テレビのスイッチを入れる。

 タイミング良く、会見の模様が映し出された。

 小柄な少女が、背筋を伸ばして大勢のカメラの前で質問に答えていた。

 少女の両脇には、貫禄のある男女がいる。

 側近のフリッツと、軍部最高位、元帥のヘレン・リリエンタールである。

 レオノーレは芯の通った調子で、しっかりと質問に答えている。

 ただ、解放軍のことは伏せられており、"制御コンピュータがハッキングを受けたため"ということになっていた。

「……この少女は?」

 ティタニアが眉間にしわを寄せ、そう尋ねる。

「我らが君、レオノーレ・リザ・フォルハート公さ」

 さらりとミハエルが答えると、彼は少女の演説を目と耳と心で聞いていた。

 ティタニアはそれ以上何もいわずに、演説を聞いてた。

 一通り演説が終わる。

 レオノーレが頭を深く下げた時、ミハエルは背筋を伸ばし、テレビの画面に向けてシェズナ式の敬礼を行う。

「ずいぶんと教育が行き届いているものだな」

「あの方の命令にならば、何にでも従うよ」

 それだけをつぶやくと、ミハエルはベッドに寝転び、瞳を閉じた。

 ティタニアはソフト帽を目深にかぶり、病室の窓から中央市街の風景を眺めていた。


――――


 小児病棟には、アルクとエテルの二人が、仲良くベッドに寝転んでいた。

 見舞いのコレットとリエイアと快活に話しているあたり、経過は順調のようだ。

「まあ、皆生きてるし、良かったんじゃないかな」

「ん、一時は心配したけど〜、みんな無事でよかった!」

「あの方たちは死なないように思います」

「悪運は強そうですわね」

 エテルの言葉に、3人は笑う。

「あ、そだ! 明後日から学校なんだった!」

 思い出したようにリエイアが言うと、コレットが笑い声を上げる。

「学校かー。私は行かなかったなー」

「ぼくたちも、いってません」

「まあ、最低限の知識はわかりますわ」

 その言葉に、リエイアは複雑そうな表情を作る。

「んー、でも、当分は平和そうだし……エヴァンジェリンさんに相談してみる?」

 ウィンクをしながらコレットが言うと、双子とリエイアの瞳が輝いた。

「面白そうです」

「ぜひ頼み込みましょう」

「ウォルも説得する!!」

 その後、学校について説明をするためはしゃぎ過ぎ、病室担当の看護師にこってりと怒られたのは言うまでもない。


――――


 病院地下、隔離病棟。

 通常は伝染病患者の隔離や、無残な外傷を負った人間を治療するための施設である。

 その場所に、一人の男が収容されていた。

 長い銀の髪に、緑の瞳。

 仮面は取り外され、地肌が外気にさらされている。

 ミストルテインであった。

 顔立ちは端正であり、眼は知性すら感じさせる。

 そんな彼の部屋に、ノックが響く。

 返事をする前に扉が開けられ、中から、いや、外から現れたのは一人の女性であった。

 金色の髪に、白磁の肌、青い瞳。

 エヴァンジエリン・ベルニッツであった。

 エヴァは手近な椅子に腰かけ、口を開く。

「怪我の具合は?」

 温和な声である。

 ミストルテインは、戸惑いの表情を浮かべる。

「俺を殺さないのか?」

「質問に質問で返すな。私が怪我の具合は、と聞いているんだ」

 茶化したようにエヴァが言うと、ミストルテインは答えを導く。

「もうすぐで完治する」

 それだけ言うと。ミストルテインはベッドから起き上がり、窓を覗く。

 淡い日差しが彼の顔を照らしている。

「災難だったな、お前」

 エヴァが言うと、ミストルテインははにかんだ笑みを浮かべる。

「何が?」

「利用されていただけ、ということだ」

 エヴァが言うと、ミストルテインは喉を詰まらせた。

「俺は……俺は、ただ、世界を平和にしたかっただけだ。だれもが笑えるような世界を作りたかっただけなんだ」

「ならば作れ。貴様の理念は貴様で通せ。何のために力を得た? そして、何のために力を使う?」

 エヴァの質問には答えず、ミストルテインは窓に手を触れた。

 鉄格子が覆う窓は決してあけることができない。

「貴様は人を傷つけた。それが罪だ。ならば罰を持って償え。命は取らん。貴様ができうる限り、あらゆるものを持って償え」

 エヴァはそれだけ言うと、椅子から立ち上がる。

「迷ったならばいつでも来い。背中を気にする必要はない。歓迎しよう、ミストルテイン。」

 扉を開け、エヴァが言う。

 バタンとドアが閉じられると、ミストルテインはドアに向き直る。

 翠の眼からは、一筋の涙がこぼれおちていた。

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