8-4
鼻を鳴らしながら、ウォルは白い部屋を歩く。
そのあとに就いてくるのは、女性の3人だ。
ウォルは罪の臭いを追っているのだ。
決して消すことのできない、罪人の臭いを。
ある程度まで歩んだとたん、ウォルが歩みを止め、目線を上にあげる。
目線の先には、真っ白な螺旋階段がそびえたっていた。
しばらくそれを見つめていたウォルであったが、眼を見開くと3人の前に手を伸ばし、静止の合図を取る。
エヴァがリエイアとコレットを引きよせ、警戒体制を作る。
ウォルが装束からショットガンを引き抜き、棘を空中に浮かべる。
音が静止した瞬間、ウォルのショットガンが火を噴いた。
弾丸は小さな球をばら撒き、部屋のかなたへと吹き飛んでいった。
「やァァァァるじゃァァァん」
まるで排水溝から水が噴き出すように、白い床の中から男が現れた。
赤い髪に、狂気を帯びた赤の瞳。
赤黒いローブをまとう男の名は――。
「アァァァァァァァドラァァァァァァァ!!!」
アドラー・シャレイオット。
「お・ひ・さ・し・ぶ・りィ」
ウォルが血走った眼でアドラーを見つめながら、勤めて落ち着いた声で後方のエヴァにささやいた。
「卿、階段へ。おそらく、本丸はそこに」
「ああ、わかった。リエイア、来い。コレットも」
エヴァも小さく応え、リエイアを背負う。
コレットが一歩下がり、リエイアの背後を守る体制を作る。
床から白い土柱が立ち上った瞬間、エヴァとコレットが駆けだした。
リエイアは涙声になりながら、恋人の名前を呼んでいた。
「俺様に殺されるために来たなんてェ、わざわざゴクロウサァァァァん!」
笑い声を混ぜながら、アドラーが言う。
「貴様は楽には殺さん。生まれてきたことを後悔するくらいにいたぶって殺してやる! 墓を作れる程の肉が残ると思うな!!」
ウォルが床から大量の土柱を立ち上らせ、怒りをあらわに叫ぶ。
魔法学校の時とは違い、人質はおらず、無尽蔵とも言えるほどの床があるため、ウォルは全力で暴れることができるのだ。
「おォおォ。三流の犬がよく吼えやがるぜェ」
満面の笑みをうかべ、アドラーは自身の周囲に闇を浮かべる。
「お前さえ……! お前さえいなければ!! お前さえいなければ歯車は狂わなかった!! 14年前の間違いは起こらなかったんだ!!」
床から立ち上った土柱はうごめき、アドラーを呑みこもうと迫る。
だが、黒い闇に触れた瞬間、塵よりも細かく分解されてゆく。
さながら、ミハエルの空間魔法のようだ。
「なァ、じゃあ聞くがァ……なァんで人を殺しちゃァならねェのに家畜は殺して良いんだァ?」
攻撃が続いているにもかかわらず、アドラーはのんびりと尋ねる。
その態度が、ウォルの逆鱗に触れた。
「人を殺しちゃいけない? 何をフザけたこと言ってるんだ?」
ウォルの口元がつりあがり、瞳に狂気が浮かぶ。
「無罪の人間は髪の毛一本すら傷つけちゃならねェが! 罪人はブッ殺す!! これが俺の思想だ!! 家畜と人間を……! 同列に見てんじゃねェぞクソ虫!!」
その言葉に、あっけにとられたようにアドラーが笑う。
「アッハハハハハハ!! それじゃあ何かァ? 罪人は人じゃねェってかァ!?」
「そうだとも! 特に手前は人間じゃねえ!! 畜生以下だ!!」
ウォルが吼えた瞬間、アドラーの闇がウォルに迫る。
にやにやとした笑みは融けるように消え去り、ただただ冷酷な赤の瞳がウォルを見つめていた。
ウォルが後方に飛びのき、闇を回避しようとした瞬間、前方を通過したかに見えた闇がねじ曲がり、拡散してウォルの右わき腹と左の肩口、それに左の腰骨を深く、深くえぐり取った。
たまらずウォルは床に倒れこむ。
「ぐッッッ!! あァァァァァァ!!」
「俺様はァ、侮辱が大嫌いでなァ」
床を砕き、土での止血を行おうとしたウォルであったが、それよりも早く、アドラーの足がウォルの顔面を捉えた。
闇をしまいこみ、その全てを膨大なエネルギーへと変換した、アドラーの渾身の蹴りである。
顎を思いっきり蹴られたウォルはなすすべもなく床を転がる。
口内を切ったのか、血を流している。
「訂正しろォ。それならまだ許してやる」
アドラーの冷たい瞳がウォルを見下ろす。
ウォルが歯を食いしばり、憎悪のまなざしでアドラーを見つめると、再びアドラーの蹴りがウォルをとらえた。
今度は腹部に命中し、横になっていたウォルの体が浮き上がり、数メートルほど吹き飛んだ。
口から血を吐き出し、再びウォルが床を転がる。
「なァんだァ? その瞳はァ!?」
笑うこともせず、アドラーはウォルの体を傷つけてゆく。
腕を踏みつぶし、顔面を殴り、傷口を蹴り飛ばす。
既に棘は床に落ち、ウォルはなすすべもなく、攻撃を受け入れていた。
「キヒッ! キヒャハハッ! キヒャッ!! クヒャハハハハハ!!」
ウォルが口から鮮血を吐き出すが、アドラーの攻撃は止まらない。
まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、はしゃいで人間を傷つけていた。
「アハッ! 人間サンドバッグも面白かったがそろそろオシマイにしようぜェ!! サ・ヴァ・イ・バァァァァァー!!」
アドラーが大きく足を振りかぶった時、突然アドラーは後ろ向きに倒れこんだ。
彼の瞳にはありありと驚愕が浮かんでいる。
「……はァ?」
「アハ……手遅れだよ! 手遅れなんだよアドラァァァァ!!」
よろよろとウォルが立ち上がり、アドラーを見下ろす。
肩とわき腹、腰から血をふきだしながら、顔いっぱいに傷と笑みを浮かべた、"死神"がそこにいた。
「油断しただろ? お前。俺をサッカーボールみたいに蹴ってる時、油断したよなァ?」
ウォルの口元がつりあがり、白い歯がむき出しになる。
ウォルの長い足、その踵が――堅い黒の革靴を履いた踵が、アドラーの鼻に降った。
めちっ、という気味の良い音と共に、アドラーのどす黒い鼻血が靴にこびりつく。
簡単に全体重を乗せられる部分での踏みつけに、たまらずアドラーは叫び声を上げる。
だが、ウォルはその声を楽しむように、何度も何度も、アドラーを踏みつけた。
1回1回を、全力で、緩急さえ付けて踏みつける様は、さながら演奏会のようでもあった。
「ネタばらしをしてやるよ!」
ウォルが両手を広げると、淡く緑に輝く細い糸が、蛇のようにアドラーの足元にからみついていた。
目をこらさなくては見えないほど細い、魔力糸である。
ウォルが指をわずかに動かすと、アドラーが甲高い叫び声を上げる。
「この通り、魔力糸をお前の体内に張り巡らせたんだ。お前が全力で俺を蹴ってる最中にな」
くす、と笑みを浮かべ、ウォルはアドラーを見下ろす。
「痛覚神経と運動神経にねっとりからませてあるからなァ。ちょっとでも俺が動けば――」
ウォルが両手を掲げると、アドラーは口から泡を吐きながら何やら言葉にならない音を叫んでいる。
「こういう風に、激痛が走る」
見下げたような、まるで汚物を見るような目で、ウォルはアドラーを見つめた。
「だが、貴様にはこれすら生ぬるい。そこで、だ。特別な処刑法を用意してやったぞ」
ウォルが指をはじくと、白い床から直方体の箱が立ち上る。
棺桶のようにも見えるその箱には、全ての面に無数の穴が開いていた。
それを見て、アドラーは冷や汗を流す。
何が起こるかを、理解したのだ。
「バッ……! 馬鹿!! やめろ! やめろォ!!」
アドラーは大声で叫びながら必死の抵抗を行う。
神経にからみついた魔力糸が激痛を与えているはずであるが、それ以上の恐怖が彼を襲っているのだ。
死神はもう止まれない。
ウォルはアドラーの髪をつかみ、引き上げると、穴のあいた箱の中へとアドラーを投げ込んだ。
ブチブチと赤い髪が散らばり、アドラーの体が箱にぶつかる。
その瞬間、アドラーの四肢が、さながら磔刑のように箱に拘束された。
面が一つだけ取り払われた、蓋の無い棺桶を見つめながら、ウォルが指を動かす。
床に落ちた鉛の棘が宙を漂い、棺桶の周りを取り囲んだ。
「身元を判別できる状態にすると思うな? 貴様のすべてをこの世から全てを抹消してやる」
にっこりと、満面の笑みを浮かべ、ウォルが指先を曲げる。
アドラーの両足に鉛の棘が深く突き刺さり、甲高い絶叫が白い部屋にとどろいた。
その音色に耳を傾けながら、ウォルは歌を口ずさみ始めた。
どこまでも明るい、ポップ・ミュージックを。