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1-6

「なるほど。つまり貴様らが路地を血と弾痕で覆ったのはそんな理由か」

 エヴァの声は明らかな失望をはらんでいた。急遽呼び出されたグライツも加わり、双子の手に入れた情報を冷静に吟味する。

「えぇ、悪魔さま」

「必要でしたら、あの男たちも呼び出しますが……」

 エヴァの前に立たされている双子は、互いの服をぎゅっと握り締めている。まるで、大きな悪戯が見つかって怒られる子供のようだ。

「――いや、いい。ロボス・シュトーレン。臭いとは思っていたんだがな。コレで理由ができた」

 エヴァは立ち上がり、大きく伸びをする。体中の骨が、軽い音を立てた。

「行くのかね?」

「あぁ。お前たちには少々荷が重いからな。それに、ミハエル、お前が出てはことが荒立つだけだ。お前達はここの守備だ、わかったな?」

 エヴァがパキパキと指を鳴らす。

「了解しました」

「了解です」

 扉を引き、エヴァは事務室から出て行く。

「大丈夫ですか? いかに卿とはいえ――」

「安心したまえ。見た目こそ若いが――あいつは伊達に五百年もの間生き延びてはいない」

 そう返事をしながら、ミハエルは備え付けの冷蔵庫の扉を開けた。

「オレンジジュースとウォッカがあるが、何を飲むかね?」

「オレンジジュースを」

「……私もそれを」

 待機中にしては和やかな雰囲気が事務室を包んだ。


――――


 その頃、エヴァの胴体に何本もの刀が突き刺さっていた。豪邸の一階、大理石の床に血だまりができている。

「悪いね、お嬢さん。侵入者は始末しろとのお達しで」

「がふっ……」

 エヴァは血ヘドをはきながら床に倒れこむ。

「せめて、地獄では安息を」

 男が踵を返したとき、額から冷や汗が流れ落ちた。

「祈っておいてやるよ」

「ッッッ――!!」

 蘇生したエヴァが男の首を前から掴み上げる。身長差は二十センチほどもあるが、男の脚が宙に浮いた。

「吐け。ボスはどこにいる?」

 エヴァの傷口が徐々にふさがって行くと同時に、エヴァの犬歯が鋭く伸びて行く。

「きゅ……吸血鬼……!?」

「大当たりだ」

 ククッと喉を鳴らし、エヴァは言う。

「は……はは! 孤児院か! 人殺し組織め!! やってることは俺たちもアンタも大して変わらないぞ!?」

 宙に浮かされたまま、男が吼える。

「黙れ」

 ゴツンと、男の額とエヴァの額が重ねられた。

 だらりとした男の足が地面をこする。

「私たちはな、自らの正義を信じている。貴様らのような奴は私の正義には相容れんのだよ。私の正義は、すべての罪人の消滅だからな。無論、私自身も含めて」

「俺らはコレしか道が無いんだよ!」

 恐怖の色を瞳に宿し、男が叫ぶ。

「ふ……ふふふ! そうか! ならば、力づくで阻んでみろ! 私を止めろ! そうしなければ『ここ』は蹂躙されるぞ!」

 刺さった刀を引き抜き、エヴァが周囲を見渡す。階段はひとつしかない。刀を男の足元に投げ捨てると、カラカラと乾いた音が響いた。

「私は無益な殺生を嫌ってな。頭を殺せば下もバラけるのは道理だ。私が来たことに感謝するんだ。シャンツェや双子ならまだいいが、ミハエルの奴が来たら貴様は死んでいたぞ?」

 エヴァが背を向け、歩き出す。

「調子にのってんじゃねぇぞこのアマァァァァア!!」

 男の逆鱗に触れたのか、足元に投げられた刀から胴体を縦に割りそうな一撃が繰り出された。

 瞬間、骨が砕ける音が響いた。エヴァの拳が男の掌を刀の柄ごと砕いていたのだ。

「ぐおぉぉぉッッ!!」

「生きろ。まだ死相は見えん」

 男は砕けた掌を押さえ、うずくまった。エヴァは階段を駆け上がり、廊下を見渡す。

 ホテルのようなつくりである。ただホテルと違うのは、何人もの屈強な男達が武器を手にしているところだろう。

「死にたい奴だけかかってこい。優しく相手をしてやる」

 その言葉に、男達が一斉に襲いかかった。エヴァは気にする様子も無く、防御の体制をも作らずに無防備に手を突きだし、手近な男の腕を掴む。男が声を上げるよりも早く、力任せに腕をグイッとひねると、ベキッという骨の折れる音と共に男が回転し、床に転がった。


――――


「あの……ハイメロート公」

「なんだね?」

 事務室では、ミハエルが酒を飲み、双子がケーキをぱくついていた。

 ちなみに、サーベルトの法律では十八歳から飲酒、喫煙ができるのだが、グライツはこういう真剣な場面で酒気を入れることを嫌うのだ。

「卿の魔法は、何なんです?」

 その言葉に、ミハエルは驚いたように目を見開いた。

「話していなかったかね?」

「えぇ。私が訓練をつけてもらった土の魔法以外は力技でしたから」

 双子も興味深そうに、耳をそばだてる。

「あいつの魔法も地属性さ。異形の属性をもっているが……」

「異形?」

 グライツと双子は目をあわせ、考え込む。

「樹属性だよ。現在は既に消滅した魔法だ」

「樹属性?」

「どんな魔法なんですの?」

 ケーキの皿を持ったまま、双子がミハエルの脇へと寄り添う。

「ん、そうだなぁ……端的に言うとすれば――」


――――


「やれやれ。まっとうな魔法を使う者がいても所詮は見栄えに流された俗物か」

 エヴァの周囲には男達が倒れていた。死んではいないようだが、腕や脚があらぬ方向に捻じ曲がっている。

「く……ボスに会うならオレ達を殺してから行きやがれ!!」

 脚が反対側に捻じ曲がった男が倒れながらそう叫ぶ。

 エヴァがヒュゥッと口笛を鳴らした。

「く、く、く! 気骨のある奴だ。お前のような奴は嫌いじゃない。安心しろ。交渉で済むようならば命まではとらん」

 男を跨ぎながら、エヴァは奥の部屋へと向かう。立派な装飾の施された樹のドアを開けると、机に腰掛けて男が葉巻を吹かしていた。

「アポイントくらいは欲しかったな」

 三十歳ほどであろうか、切れ長の瞳が印象的な男であった。ブロンドの髪が電灯に輝いている。

「済まないね。何分急を要した」

 エヴァが机に脚をのせ、男と肌がくっつきそうなほど顔を近づける。

「部下がずいぶん世話になったようだ。風穴が開いた死体が三つ運ばれたときは何かの間違いかと思ったよ」

 男が笑いながら懐に手を突っ込むが、エヴァは気に止める様子もなく見つめていた。

 男はくるりと机の後ろに転がり、机を挟むとゆっくりと銃を構えた。無骨な、掌ほどの大きさの銃である。

「部下の罪は上の罪だ。バレた以上は償わなくてはならん」

 男は肘を曲げ、自らのコメカミに銃を押し当てた。

「さようならだ。孤児院の悪魔」

 銃声は聞こえなかった。

 カチンという乾いた音が響いただけだった。

「気に入った。一生をかけて償え」

 男、ロボスの瞳が驚愕に見開かれる。銃口を下に向けると、小さな木の芽が吐き出された。

「何で――」

「魔法使いをナメないほうがいい。特に、老練の奴らはな」


――――


「エヴァの魔法は、命を作る魔法だ」

 ミハエルがそうつぶやく。

「命を……?」

「作る……?」

 双子はぽかんと口を開ける。

「無生物を植物に変える、それが樹属性さ。無力化から制圧まで幅広く使える」

 ミハエルがウォッカを飲み、言う。

「加えて、あの方の土魔法ですか」

「あぁ。あいつはそれが怖いんだ。その気になれば一人で戦争できるような力を持っている。それでも油断をしない。受けきる自信があるからな」

 ミハエルがふぅと息を吐いた。まるで、彼女の恐ろしさをだれよりも知っている、と言わんばかりに。


――――


 エヴァはロボスの組織の構成員を集め、ロボスを横に立たせている。

「――まことに身勝手だが……この辺が潮時だ。裏家業は廃止だ」

 ロボスの言葉に、男たちはうつむく。彼らも生きるためにやっていたことなのだ。仕方ないといえば仕方ない。

「これからは自由行動だ。好きに生きてくれ……!」

 ロボスもうつむき、肩を震わせる。悔しいのだろう。

「ボス。オレは悔しいです! このアマに好きなようにやられて……! こいつらの正義は狂ってやがる! それはわかるでしょう!?」

 路地で双子に殺されかけた男がナイフを構えた。耳と片腕が切り落とされている。

「やめろ! 早まるな!!」

 男は駆け出していた。狂ったような叫び声を上げながら、エヴァに向けて一直線に突っ込む。ナイフはエヴァの胸に深々と突き刺さった。エヴァの体がくの字に曲がるが、エヴァは倒れずに、凍てついた瞳で男を見下ろしていた。

「死んでくれ! 死ね! このッ! このォォォォ!!」

 グリグリと、男は傷口を抉る。おびただしい量の血が男の体を染める。

 エヴァは哀れそうなまなざしで男を見つめていた。べったりと男は血にぬれていた。ただ両の眼の周りだけは、血が流れ落ちていた。

「……何かあれば、孤児院に。我らの正義に従い実行しよう」

 男を振り払い、エヴァは去る。人間は、絶望をすると心が死ぬ。自らの一切が通用しないという絶望は、男達を奈落の闇に付き落したのだ。まばゆいほどの日差しを受け、エヴァは孤児院へと向かう。彼女の身体から傷は消え、ただ黒のローブにぽっかりと切り傷が開いていた。


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