Intermission7
シェズナ公国西部海岸、シェズナポートからさらに西の海上。
メガフロート(人工島)にて、かつてない計画が進行していた。
国土防衛計画、通称"モーセウス計画"の象徴となる、衛星兵器の打ち上げである。
真っ青な機体はさんさんと照りつける太陽の光を返し、輝いていた。
「いよいよですね」
「ああ。これでケファウス人を根絶やしにできるぞ」
数キロほど離れた場所から双眼鏡をのぞいている、豊かな胸に勲章を山ほどつけた女性二人が、笑みを浮かべながら言葉を交わす。
真っ青な機体に据え付けられたジェットエンジンの下部から、白い煙が吐き出された。
数百トンでは収まらない質量の機体が、徐々に高度を上げてゆく。
「おお……! おお!」
かち、と胸の勲章がふれあい、音を立てる。
驚異的な速度で、機体は上昇を行っている。
「みたまえ! これがシェズナの力だ! これが技術だ!!」
興奮した声で女性は叫び声をあげる。
もう一人の女性の声は、甲高いジェット燃料の音にかき消されてしまっていた。
音が消え去った時、既に青い機体は空中に浮かんでいた。
二人は顔を見合わせ、互いに抱擁した。
「成功だ! この上ない、完璧な打ち上げだ!!」
「ええ! ええ!!」
小躍りしそうな様子で喜ぶ二人の周りには、誰もいない。
ただ虚空から、一つの蒼い鳥が見つめているだけであった。
――――
"ようこそ(Guten Tag)"
真っ暗な部屋、配線も何もかもがむき出しの部屋が淡く輝く。
虚空に打ち上げられた蒼い鳥の頭脳が生まれた。
シェズナが得意とする、最新鋭のコンピューターが起動したのだ。
無数の数字と文字の配列が青い画面を駆け巡り蒼い鳥に行動を与える
"移動せよ(bewegen)"
大気圏との摩擦を利用した軌道変更により、蒼い鳥は目標の上空へと移動を開始する。
"狙え(Ziel)"
蒼い鳥の下部に取り付けられたレーザーユニットと反射鏡が姿を現す。
"撃て(Schie?en)"
一本の光の柱が、地表に突き刺さる。
"テスト終了。指示を待て(Warten Sie)"
悠々と、誇らしささえもたたえて、蒼い鳥は存在していた。
下の世界で何が起こっているのか、どのように人間が蒸発したのか、一切を知らないまま。
――――
蒼い鳥。
魔法戦争当時にはモーセウス計画の象徴、戦後はスペースガード構想(惑星外防衛)の主役となった、人工衛星。
核燃料を利用したエンジンは今も燃え尽きることなく動いている。
生きることも死ぬこともできない、哀れな、籠の中の鳥。
戦争の遺物として残されたことを、一体何人が知っているのだろうか。
一体何人の人間が、あの鳥の哀れな気持ちを理解してやれるのだろうか。
悲鳴のようなエンジン音を響かせ、今日も鳥は決められた軌道を巡回する。
今日も滅茶苦茶な指令を下す、60年前の開発当時から変わらぬ抑揚の信号を受けて。
"bewegen"
12の孤独は何億回と繰り返したルートを回る。
不平を一つも言わずに。
ただ一つ異なったのは、数十年ぶりに他の指令を聞いたこと。
"Schie?en"
"Schie?en,Schie?en,Schie?en"
指令通りの行動を行い、鳥は機体下部のレーザーユニットから光を放つ。
目標地点が自らの生まれた地であっても、鳥は意に返さない。
"Warten Sie"
悲鳴のようなエンジン音を鳴らし、鳥はさらに高度を上げる。
眼下の青い星で何が起こっているのか、一切を知らないまま。