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「ねえ、あなたの目、なんで直さないの? 今の魔道医学なら簡単に直せそうだけど」
「視神経を根こそぎ切断された上に眼球も損傷しているから、でござる」
喧騒の広がる街中で、異質な二人が歩を進めていた。
一人は、目の周りに包帯を巻いた。クローシャの白い和服と赤い袴の男。
もう一人は、カジュアルな服装の、どこにでもいそうな女性であった。
だが、その正体は解放軍の要である。
宵川流と、ミネルヴァ・コットス。
二人は当てもなく街を歩いていた。
「とはいえ、不自由はしておらん。音と匂いで大体がわかるようになった」
「あら? それじゃあ風の魔法相手にはだいぶ不利じゃないの?」
こつ、と靴音を響かせ、ミネルヴァは服の袖の内側から短い魔法杖を取り出し、音もなく宵川に先端を向ける。
宵川がため息をはく。
「この距離ならば、拙者の方が早い」
カチャ、という金属の触れ合う音が宵川の手の中から響く。
刀の鞘と鍔の間から、白く輝く刃が見える。
「……冗談よ。本気にしないで頂戴」
ふぅ、と息を吐き、ミネルヴァは笑う。
「それにしても、クローシャの人は本当に変わってるわね。挑んでも勝てそうにないもの」
「戦わずして勝つ。殺さずして勝つ。之が最善ではござらんか?」
パチン、と刀を閉じ、宵川は言う。
周囲の人間から、包帯に好奇の視線が注がれる。
「ともあれ、目立つ行動は避けたい」
「ええ、その通り」
ミネルヴァは時計に目をやる。
14時13分。
「予定の時間まであと7分よ」
「長い時間であるな」
二人は雑踏から外れ、裏路地へと体を入れる。
一瞬にして雰囲気が変わり、死臭が鼻を突く。
「……このあたりには、孤児院の臭いがしないでござるな」
「あと6分よ」
裏路地をさまよいながら、ミネルヴァは時計に目をやる。
宵川が刀を抜き刃を上に向ける。
「少し気が早いんじゃないの?」
「少しでも慣らしておきたい」
不動の姿勢で刀を構え続ける宵川に、ミネルヴァは呆れたように息を吐いた。
――――
サーベルト標準時刻、14時20分。
突如、世界中に12本の光の柱が降り注いだ。
直径数キロはあろうかという光の柱ははるか天空から降り注ぎ、地上のあらゆるものをなぎ払った。
世界中が動揺した。
テレビ中継は全て臨時放送に切り替えられ、あわただしくナレーターが資料を読み上げていた。
孤児院の内部のテレビには、その様子がしっかりと写されていた。
エヴァでさえもパニックに陥っている。
その中でただ一人、怒りを眼に宿して窓のそとを見つめているのはミハエルであった。
「ハイメロート公?」
思わずひるみそうな威圧感の中で、ウォルがミハエルに声をかける。
「……何が起きたかわかるかね?」
凍てつきそうな声で、ミハエルは言う。
ウォルは首を横に振った。
「"蒼い鳥"だよ」
怒りに震える声で、ミハエルが言う。
その言葉に、孤児院内に動揺が走る。
「だが、それはシェズナの……」
エヴァがわけがわからない、というようにミハエルに尋ねる。
「ああ。戦争の遺物だ。だが、これで読めたぞ。奴らの本当の狙いが」
「奴ら?」
ミハエルはテレビに映された、光の柱の着弾箇所の図を指さした。
「奴らはこの星全体を範囲とした魔法陣を描くつもりなんだよ」
その言葉に、孤児院に集合している"9人"の表情がこわばる。
「だが、立体に魔法陣を描くなど……」
「蒼い鳥を頂点として活用するんだ。この星を取り囲むように……この星の周りに正二十面体を作り、力場を展開させれば不可能じゃない」
その言葉に、ティタニアは感嘆の息を吐いた。
「そうであれば少し厄介であるな……こちらから出向く以外になくなる。そして、罠が仕掛けられている可能性が大きい」
ティタニアの言葉に、他の面々(リエイアは理解していない様子であった)がうなづく。
「即時攻撃を仕掛けよう。大元を潰せば組織はバラける」
ティタニアが杖を床に突き、静かに言う。
「グループを分けよう。その方がやりやすい。9人……3,3,3が妥当だな」
エヴァが部屋を見渡し、あらかたのまとまりを作っている。
ミハエルはテレビの画面に集中し、状況を紙に書き記している。
他の面々は、思い思いに思案を巡らせているであろう顔つきである。
「私とミハエル、それと、シャンツェをリーダーとして編成する」
その発言に、ティタニアとウォルは少し驚いたようだが、異議を唱える様子は無い。
「私の隊は、コレットとリエイアを受け持とう」
その言葉にリエイアの表情が曇るが、ウォルが視線をやるとすぐに表情は元に戻った。
何分、戦士としても、孤児院の構成員としても半人前以下なのだ。
エヴァが引率する以外にない。
「では、私はティタニアとアルフィを受け持つよ」
ミハエルが宣言すると、二人はうなづく。
老練の魔法使い2人に、柔軟性のあるアルフィ。
おそらくは、これが本隊となる。
「それでは、私はアルクとエテルを」
ウォルと双子の3人は、幼いころから孤児院の精神を教えられてきた者たちだ。
精神的に最も危険な部隊が、この3人であろう。
「ティタニア、解放軍本拠地の場所を教えろ。私とミハエルの部隊は空間魔法で拠点に侵入、確保を行ったのちにこちらへのゲートをひらく。その間シャンツェは孤児院の防衛を行え。以上。細かい判断は各個の指示に任せる」
その言葉に、全員が首を縦に振る。
「ただいまより状況を開始する。全員、生き残ることを最優先にして行動せよ」
全員が肯定の返事をし、各々の行動を始める。
ミハエルとエヴァは一方通行の通路を作り出し、ウォルと双子は孤児院の"面接室"に武器とデスクを持ち出し、拠点防衛の体制を作った。
「……ウォル」
蚊の鳴くようにか細い声で、リエイアがウォルに呼び掛ける。
「……また一緒に、ご飯たべようね」
「……ああ」
ウォルはリエイアの目を見ずにそれだけ言うと、リエイアの腕がエヴァに引き寄せられた。
「辛いだろうが我慢してくれ。全員が一緒に夕食を食べられるようにするつもりだ」
エヴァがそんな言葉をかけると、わずかにリエイアの表情が和らぐ。
「ゲートを開く。グライツ君、向こうからつなぎ次第こちらに入れ。君との合流をもって孤児院を空間隔絶するからな」
「ええ、わかりました」
頭を下げ、ウォルが応える。
「エテル、アルク。これが終わったらぱーっと楽しみましょう!」
「始まる前からそんなこと言わないでくださいよ」
「楽しみで力加減を間違えそうですわ」
コレットと双子の三人は、仲の好さそうに笑う。
「……ほんっと、裏の組織らしくないぜい」
「……まったくであるな」
アルフィはティタニアを見下ろしながら、初めての言葉を交わしている。
9月3日、14時42分。
外は曇り空であった。
雲のところどころに、くり抜かれたようにぽっかりと、青空が浮かんでいた。