7-6
「いよーう。みなみなさーん」
勢いよく孤児院の事務室の扉が開かれる。
孤児院の事務室に腰かける7人の、14の瞳が一斉に男をとらえる。
サングラスに短い茶髪、黒のカーディガンを素肌の上から羽織り、下半身には黒の海パン。
透明なファイルを手に持って現れたのは、アルフィ・エンピシャスである。
彼は事務室に目を這わせ、今にも笑いそうな声で言う。
「とびっきりの情報ですぜ! 構成員の"処刑人"と、"勧誘の女"の手がかりですぜい!」
小躍りしそうに、半ば小躍りしながらアルフィは手に持ったファイルを手近にいるエヴァに差し出す。
「よくやったぞ、バッドフォーチュン」
笑みを浮かべ、エヴァが言う。
「っへへ。報酬はデート1日で良いですぜ。ところで、そっちの黒髪ロリっこは?」
アルフィがリエイアを見つめると、リエイアが立ち上がる。
「リエイア・シューリエー! 孤児院の"恋人"だよ! ねえグライツ、この人も孤児院なの?」
「あー……俺の昔からのなじみだ」
リエイアがウォルを見つめながら言うと、ウォルはわずかに言葉を詰まらせた後に細かな説明を始める。
「っへえー。まだ若いのにご苦労さんっすなあ」
アルフィがリエイアを見つめる。
「おい、バッドフォーチュン。この"ミストルテイン"ってのはなんだ? 異名じゃないのか?」
エヴァが資料を指さしながら言う。
図の一切ない、文字だけの資料である。
「ああ、それ、本名みたいですよ、"処刑人"の」
アルフィがそう答え、小さな冷蔵庫をあさる。
「サーベルトの生まれ……孤児か。"本物の"孤児院で幼年期をすごしたあと、警察官へとなる。その後、失踪? わけがわからんな。だが、侮らん方が良い」
エヴァがミハエルに資料を渡す。
「毎回気になっているんだが、お前のその情報はどこから手に入れてくるんだ?」
「っへへへ! こっちにも情報のアテはあるんだよ。街でたむろしてるチンピラと仲良くなるとあることないこと聞けるからな。だいたいはそっから――」
その言葉に、年長組の二人は顔を上げる。
「……私たちの情報は?」
「出回っているようであれば――」
冷たささえ感じる声に、リエイアとコレットは身震いをする。
「いえ、それは問題ないみたいですね。孤児院の話は、外見とかは出てますけどいまだに本名は不明って扱いですから」
アルフィが酒を開け、応える。
「ふむ……シャンツェのおかげだな」
エヴァがウォルへ向けて言う。
ウォルは小さく頭を下げた。
一瞬、沈黙が訪れる。
「――さて、これからの行動について、だ。こちらの空間魔法がある以上、向こうはこちらに対しては有効打を繰り出せない。そして、いまだ解放軍の全てのメンバー、脅威がわかっているわけではない。このことより、これからの孤児院の行動は専守防衛、並びに近隣の哨戒となる。よってこれ以降、コレットとリエイアの単独による外出を禁止したい。異論があるものは手を」
ミハエルが良く通る声で言うが、誰も手を上げない。
コレットとリエイアはまだ孤児院向きではないのだ。
孤児院になりきれない、孤児院の外核
つまり、解放軍から見れば宝の山である。
その二人を自由にさせるほど、ミハエルは、いや、"世界"は甘くない。
「それでは、今後の方針は決定した。常時サーベルト中央市街、並びに孤児院の防衛を行う。行動の者は追って連絡を入れる」
ミハエルはそういうと、大きく息を吐いた。
「准将をやっていて良かったと、この時ばかりは思うよ」
先ほどまでの冷たいまなざしとは正反対の、慈愛に満ちた笑みを浮かべてミハエルが言う。
「って、俺っちはコレ聞いてよかったんですかい?」
アルフィが言うと、エヴァとミハエルはため息を吐いた。
「お前、もう孤児院の大部分を知っているだろう?」
「それに、君は敵に情報など売らないさ。そのくらいは信じられる目をもっている」
二人の言葉に、アルフィは笑う。
「あっはははは。なんか照れくさいっすね。っていうか俺はもう――」
アルフィの言葉の最中に、孤児院の入り口が開かれた。
アルフィが背中の扉から現れた人物を見つめる。
黒い紳士服に、黒いソフト帽の男である。
紳士服の中には真っ白なワイシャツがのぞき、両手には白いグローブが嵌められている。
そして、左手に金色と黒の杖を持った、背の低い男。
男の顔は、赤黒いケロイド。
そのケロイドの皮膚の中で、両の眼だけが爛々とした黒い光を帯びている。
男の名は――。
「……冥王」
「久しぶりである。死神」
冥王、ティタニア。
その来訪に、孤児院の空気が変わる。
あるものは嘆息を漏らし、あるものは興味深げに顔を見つめる。
あるものは顔をひきつらせ、あるものは顔をそむけた。
「はじめまして、であるな。孤児院……いや、ハイメロート、貴殿は知っているぞ。戦争中に幾度となくその名を耳にした」
こつ、と軽く耳をたたく靴音を響かせ、ティタニアは言う。
アルフィとの距離は、大股にして2歩ほどであろうか。
「――何の用だね?」
勤めて冷静に、ミハエルが言う。
「吾輩、すでに解放軍などに用はない。そちらの死神から聞いてはおらんか? 吾輩、先の魔法学校襲撃の折に解放軍を抜けた」
ティタニアも、冷静に答える。
「ふむ……その話は信じよう」
「おいミハエル」
エヴァがたまらず口をはさむ。
「どういうつもりだ?」
「考えてもみたまえ。仮にこの男がまだ解放軍に所属し、その尖兵としてここに来たのであれば、孤児院はすでに敵に知られている。そうなれば、既に遅い。だが、その逆であれば、心強い。ただ、それだけのことさ」
ミハエルはそう言うと、エヴァに視線を移す。
「決断は君にゆだねよう」
なんとも投げやりな対応に、エヴァは眉をひそめた。
「ミハエル……貴様そこまで考えているのならば言ったらどうだ?」
「あいにく、私は素直じゃないからね」
笑みを浮かべながらミハエルが言う。
他の者たちは、固唾をのんで見守っていた。
「……ティタニア・ウィーケンヘルツ。何が望みだ」
「解放軍の駆逐」
キイキイとかすれた声に、リエイアとコレットの肌があわだつ。
「……よかろう。協力させてやる」
「させてやる? カッハハハ。剛毅な娘である」
そう言うと、ティタニアは恭しく一礼する。
どこかわざとらしさと侮蔑を含む、ボウアンドスクレープである
「何とお呼びすればよいかな? ミス……」
「ティンカーベル」
エヴァは鼻を鳴らし、笑う。
頬杖をつき、ティタニアを細い目で見ながらの笑みである。
「ミス・ティンカーベル。これはこれはなんともかわいらしい」
たわいもない軽口の応酬にもみえるが、孤児院の"若手組"の面々、特に双子とウォルは冷や汗を流しっぱなしである。
エヴァンジェリン・ベルニッツに対等に口が利ける人間がミハエル以外にいるとは、考えたことがなかったからだ。
「さて、ウィーケンヘルツ。いくつか聞きたいことがある」
張り詰めた空気を払うように、ミハエルが言う。
「解放軍の頂点、それと幹部連中がいくら洗っても出てこないんだ。わかる範囲で良いから教えてほしいのだが……?」
じろ、とミハエルが視線をやると、ティタニアは帽子を押さえ、灯りに目をやる。
「トップは老人である。白い老人であるな。一言でいえば。奴の名はウィルヘルム……だったか」
思い出すように、静かにティタニアは言葉を紡ぐ。
「幹部連中というのがわからんが、伝えておきたいのは二人だけである。ミネルヴァ・コットスとミストルテイン。ミネルヴァが実質の解放軍のナンバー2で、ミストルテインは処刑人、と言えばわかるか……」
「ああ、わかる。ミネルヴァ・コットスについて、詳しく知りたい」
年長組が情報を聞き出す中、若手組は部屋の隅で別の話し合いをししている。
「いよいよ全面戦争らしくなってきやがったぜい」
「ああ、だが、勝算はある」
「エンピシャスもこちらに加わっては?」
「バカいうない。こんなバケモノ揃いの所でなんざ生き残れる気がしねえ」
時間は過ぎてゆく。
有限の時間が、少しずつ動き出していた