7-4
孤児院の事務室はまたも改装が行われた。
今度は床が大理石張りとなり、観葉植物の数も倍ほどに増えた。
そして、事務室には七つのデスクが備え付けられ、四方の壁には五枚ずつのドアが付けられている。
「……いくらなんでもやり過ぎだとおもうんだが」
「言うな、私もやって気ら気づいた」
「まあ、まだ私の空間魔法は限界が見えないからな、それが救いか」
「さりげなく自慢をするな。ミハエル」
二人が軽口を飛ばしあっていると、玄関のある場所の扉が開かれた。
その場所から現れたのは、ひと組の男女であった。
一人は、白い肌と対照の黒の装束の男。
もう一人は、紺のハーフパンツに白いTシャツを着ている少女。
「……全てを、話しました」
グライツ、いや、ウォルフガングは事務室の二人にそう呼び掛ける。
「答えは? っと、もう決まっているか」
くすくすとミハエルが柔らかな笑みを浮かべる。
ウォルは直立不動のまま、言葉を切り出した。
「ウォルフガング・シャンツェ。これより孤児院に復帰いたします。なお、需要のあった"教育熱心な人間"を"被教育意欲のある人間"ととらえ――」
「ああ、堅苦しいな。20文字以内でまとめると?」
「リエイア・シューリエーを孤児院へ勧誘しても?」
「ほんの少しだけオーバーしたが、まあ良いだろう。こちらからは全面的に許可する。ただ、教育はお前がやるんだ」
「はっ」
ウォルが深く頭を下げると、リエイアは不思議そうにグライツを見つめる。
「ガッチガチに堅い奴だとは思わないか? お譲さん?」
「ん、ボクもそう思う」
そんなリエイアの言葉に、ミハエルとウォルは苦笑いを浮かべる。
「あ、コレットと双子は?」
「キッチンだ。しっかり7人分の料理を作っているだろうから、細かいことは食事の席で」
その言葉を聞き、グライツは冷や汗をぬぐって椅子に腰かけた。
――――
「へぇー。じゃあリエイアちゃんは"グライツ"と一緒にいたけど"ウォル"は知らなかったわけねー?」
食堂で、7人は円卓に腰かけ、食事を取る。
この机も、エヴァが作り出したものだ。
「ん、そ〜だよ。いままで6年間くらい一緒にいたんだけどね〜。全然気付かなかったよ」
気負う様子は無く、リエイアは皆の会話にかかわっている。
グライツはそれを、穏やかな笑みで見つめていた。
「して、兄上。怪我は大丈夫なんですの?」
ウォルの横に腰かけたエテルが、腹部をちらちらと見ながらそう尋ねる。
「ん、ああ。一応の退院許可はもらった。さすがに先生も呆れていたよ」
ウォルは服の上から指を指し、笑みを浮かべる。
「そうだ、ハイメロート公とティンカーベル卿。お耳に入れておきたいことが」
グライツが本日の料理、白身魚のムニエルから視線を上げ、横に座るミハエルと、その向こう側のエヴァの方を向く。
「その呼び方はやめろと……まぁ良い。何だ」
エヴァが口元をテーブルナプキンでぬぐいながら応える。
「先日の襲撃の際のことです。ティタニア・ウィーケンヘルツが解放軍を離脱いたしました」
その言葉に、ミハエルが眼を見開いた。
「そうか。それならば少しは楽になる。とりあえず、当面の脅威は宵川流と、"処刑人"、それに、アドラー、この3人か」
「ということは、うまくいけば冥王を味方にできる、ということだな」
「ええ。その通りです。お伝えしたいことは、これだけです」
それだけ言うと、ウォルは自分の料理にフォークを運ぶ。
エヴァも食事を再開したか、ミハエルは難しい顔をして顎で手を組んだ。
「ね〜! せっかくのお食事なのに難しい顔してるとおいしいものもおいしくなくなるよ。おじ〜ちゃ〜ん」
ミハエルの斜め前に座るリエイアが、そんなミハエルを果敢にも注意する。
そんな少女に、ミハエルは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「それもそうだな。今は美味しい食事を楽しむとしよう」
ミハエルはふっと笑みを浮かべ、ナイフを手に取る。
「そういえば、まだボク皆の名前知らないんだけど……」
にへへ、と笑いながらリエイアが言う。
リエイアの横に座るエヴァは、思い出したように小さく息を吐いた。
「そうだった、すっかり忘れていたよ。自己紹介を始めよう。エヴァンジェリン・ベルニッツだ。よろしく」
エヴァはそれだけ言うと、リエイアを見つめる。
「え〜っと……」
「シューリエー、といったか」
珍しく、興味深そうにエヴァが尋ねる。
「え、あ、はい。リエイア・シューリエーです」
「そうか、そうか。道理で似ているわけだ」
くくっ、と喉を鳴らし、エヴァは笑う。
「似ている?」
「大昔、私の知り合いにお前の先祖が居たよ。私の恋敵だった。メルティーナ・シューリエーというんだが……」
エヴァが首を大きく横に振る。
「いかんな。どうも年寄りくさくなる。ともあれ、よろしく」
にぃ、と笑みを浮かべながら、エヴァは言う。
次にリエイアは、その隣の老人を見つめた。
「ミハエル・ハイメロートだ。おじいちゃんと呼んでくれても一向に構わんがね」
慈愛に満ちた笑みを浮かべ、ミハエルが言う。
「ん、わかった! おじ〜ちゃんって呼ぶ!」
はじけそうな勢いで、リエイアは言う。
ミハエルの隣に座るのは、彼女がもっともよく知る人物なのだが、その人物は腕を右に動かし、隣の人物へと順番を回した。
「はぁ……エテル・エルージャですわ。多分、年齢は同じくらいですわよね?」
自らの義兄の姿にため息をつきながら、エテルは言う。
「ん、ボク12歳」
「あら、私たちも12歳ですわ。兄さまも」
「アルク・エルージャです。よろしく」
二人は親しみやすそうな笑みを浮かべ、言う。
二人とも揃って、壊れたガラスの声を出している。
アルクが隣に座る人物に目をやると、その女性はおもむろに立ち上がった。
「んー、コレット・リファールです。ちょっとおねーさんかな。16歳。私も最近ここに入ったばっかりだから、同期かな。聞きたいことがあったら。遠慮なく尋ねていいからねー」
にへら、と笑いながら、コレットは言う。
そして、じとっとした視線を一人の男に注ぐ。
「ウォル、何恥ずかしがってんのよ」
「今更紹介することでもないだろ」
白い肌に少し朱がさしたウォルが言う。
「グラ〜、ウォ〜ル〜!」
リエイアが不服げに言うと、しぶしぶ、といった様子でウォルが切り出す。
「あー、ウォルフガング・シャンツェだ。よろしく、リエイア」
その言葉に、孤児院の"若手組"はため息を吐いた。
「あなたねぇ……いくらなんでもそれはないでしょ」
「正直、呆れますわね」
「同性のぼくでも、それは無いと思います」
散々な言われように、ウォルの朱が一層強くなった。
「では、どうしろと――」
「ねえ、ウォル。あなたはもう、"二人"じゃないのよ? いえ、私が言うことじゃないけれど。無理に自分を覆う必要はないわ」
コレットがそう言うと、グライツは小さく息を吐く。
「……そう、だな。まったく、いつも気づかないことを気づかせてもらっているなぁ、俺は」
軽く目を閉じ、グライツは息を吸い込む。
「これからも、一緒にいてくれ、リエイア」
その言葉に、食堂は静まり返る。
「……限度ってもんがあるでしょ」
「こちらの方が恥ずかしいですわ」
「兄上は少々おかしい気がします」
と、年少組の3人は言う。
年長組に至っては……。
「シャンツェ、お前ロリコンなのか?」
「まあ……人の好みにとやかく口を出す趣味はないが……」
凄まじい反応であった。
食堂では、グライツとリエイアの二人が、顔を真っ赤にさせてうつむいていた。
そのことで散々からかわれたのは、それから一日の終わりまで続く。