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7-3

「ぬぐ……ォ!?」

 更にはじけるような爆音が響く。

 1発、2発、3発、4発。

 アドラーが着ている、いや、エリッヒが"着ていた"黒のスーツに血がまとわりついてゆく。

「うおぉぉぉぉぉぉッッッ!!」

 カチン、という金属の噛みあう音が響く弾の切れたショットガンを放り出したグライツは距離を開け、魔力糸を展開する。

 一気にしとめるつもりなのだ。

「ここでッ! 終わらせる! 俺の過去を! 断ち切る!!」

 シュルッ、という軽い音が響いた瞬間、今度はグライツが冷や汗を流す番であった。

 彼が常々感じている、獲物をとらえたときの感覚が指先に伝わってこないのだ。

「甘ェんだよ、小僧がァ」

 アドラーの体の周りに、どす黒いものが集まっている。

 乾いた血のような色を持つそれらが魔力糸を断ち切っていた。

「おォォォらァァァァァ!!」

 アドラーの体を覆うものが、グライツに向かう。

 グライツは後ろに飛びのき、破壊の後を見やる。

 くり抜かれたようになめらかな跡が、体育館の床に開いていた。

「これが、闇か?」

「おォ。冥土の土産に教えてやらァ。闇ってェのはな、すべてだ」

 グライツは自分の浅はかさを呪った。

 1発、ショットガンを当てた時点で警戒すべきだったのだ。

「引力も、エネルギーも。全てが、闇だ」

 その言葉に、グライツは冷や汗を流す。

 それと同時に、アドラーの体から、まるで暴風雨のように鉛の弾が打ち出された。

「ぐッ!!」

 グライツは後ろを見やる。

 背後には大勢の生徒たちが恐れを浮かべて二人を見つめているのだ。

「うぉぉぉぉぉぉッッ!!」

 分厚い砂の鎧をえぐり取りながら、鉛の弾はグライツの後方へと飛んだ。

 だが、その弾は生徒たちには当たらず、グライツが作り出した土の壁へと突き刺さる。

 そのまま、流れるようにグライツは手を前に突き出した。

 鋭い土の針が前方にせり出す。

「甘ェ甘ェ甘ェんだよォォォォォォ!!」

 アドラーの体から噴き出した闇は、土を侵食してゆく。

 ほんの瞬きほどの瞬間に、土の壁は全てえぐり取られた。

 そして、その闇は、アドラーと向かい合うグライツの胴体へと向かう。

「!!」

 グライツの体から血が噴き出した。

 グライツは右のわき腹を深くえぐり取られ、床に倒れこんだ。

「アハ! ギャハ!! ギャァァァッッッッハハハハハハ!!」

 狂気に満ちたアドラーの瞳がグライツをとらえる。

「ザンネンでしたァ!! 14年間もご苦労サン! もう死んで良いぜェ? サヴァイバァァァー!?」

 アドラーが右手を掲げ、闇を集中させる。

 エネルギーの集合体であるそれは、徐々に巨大化してゆく。

「この学校ごとブッ潰してやんよォォォ!!」

 アドラーが笑みを浮かべた瞬間、はるか後方に吹き飛び、ステージへと叩きつけられた。

「ダァーレダァァァァい?」

 なめまわすような瞳が一人の男をとらえた。

 杖をついた男である。

 黒のソフト帽に、白のグローブ。黒の紳士服に身を包んだ、男である。

 ただ、男の顔は醜く焼けただれていた。

 男の名は――。

「冥ェェェイィィィィ王オォォォォォォ!!」

 ティタニア・ウィーケンヘルツ。

「……いかにも、吾輩、ティタニアと云う」

 ティタニアは杖をつき、アドラーへと歩み寄る。

「どォォォォいうつもりだァァァァ?手前ェェェェェ!!」

 アドラーは噴怒の表情を浮かべ、ティタニアに向き直る。

「吾輩、目的は達成した。これより吾輩は、孤児院へ加わる」

 その言葉に、白いローブの人物が集団で彼のもとへと襲いかかるが、彼が杖を向けた瞬間、手足がむちゃくちゃな方向にねじ曲がり、床に倒れこんだ。

「アハ! そうか! そうか!! そんじゃア、これでサ・ヨ・ウ・ナ・ラァ」

 アドラーはグライツを見下ろしたまま、体育館中に響くような声で叫んだ。

「撤収だァ」

「逃げるのであるか?」

 甲高いティタニアの声が響く。

「アンタ相手じゃァさすがに分が悪ィんでなァ。あァ、そうだァ。今度みかけたらタダじゃァおかねェ」

 ティタニアの真横を通り抜け、アドラーは耳元でそう囁く。

「じ・ゃ・あ・なァ、生き残りィ」

「アドラァァァァァァーーーー!!!」

 余裕さえも含んだ笑みを浮かべ、背中を向けるアドラーに、グライツはそう叫ぶことしかできなかった。


――――


「何故俺を助けた……」

 病院の一室で、グライツは涙を流しながらティタニアの胸倉をつかんでいた。

「貴殿を見殺しにする理由がないからである」

 ティタニアは釣り上げられたまま、意に返す様子もなくそう応える。

「俺はあそこで死んでも良かったんだぞ! 俺の14年はあいつを殺すためだけに……! っあぁ……! あぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

 グライツは声をあげて泣き出した。

 まるで子供のように、大声をあげて啼いた。

「……復讐ならば、生きている間はいつでもできる。吾輩がそうであったように」

 ティタニアは背を向け、病室の出口へと歩き出す。

「そうだ……、お前……目的を……ぐす……達成した、といったな……アレは?」

「吾輩、復讐を遂げたのである。長年焦がれた仇を、殺したのである」

 ティタニアは震える声で言う。

 笑いを殺すように、肩が震えている。

「……エドガー・キューか?」

「いかにも、わが部隊の切り札であった。あの男に体中を焼かれたあの時から、吾輩は復讐を誓った」

 ティタニアはグライツに向き直り、ソフト帽を取る。

 頭部にも、醜いケロイドが残っていた。

「……全部、つながったよ。そうか、お前が……まぁ良い……復讐は、誰にも邪魔される義理はないからな……」

 グライツは病室の窓の外を見つめる。

 ティタニアは帽子をかぶり、病室の外へと歩き出した。

 なめらかな白のドアが閉まると、グライツは息を吐いた。

「俺は……もう、"グライツ"じゃないんだな。それもそうか……リエイアに、見られてしまった……」

 ぽろぽろと、"ベッドの上の男"が涙を流す。

「俺は、シャンツェにも、グライツにもなりきれなかったんだなぁ……」

 あは、と男は笑みを浮かべる。

 ひどく悲しそうで、ひどく壊れてしまいそうな笑みである。

 そんな彼の病室に、ノックの音が一つ響く。

「どうぞ」

 男は吐き出す息に乗せるように、そうつぶやく。

 なめらかな扉が開かれ、小さな訪問者が一人、花束を持って病室に一歩を踏み出した。

 黒く、艶のある長い髪の少女。

 黒い瞳に悲しみを浮かべた少女。

「……グライツ」

「あ……」

 グライツと呼ばれた男は、反射的に目をそむけた。

「……なんで、目をそらすの?」

 こつこつという靴音が響く。

「詳しくは聞かないけど……さ、でも、知りたいんだ、グライツのこと」

 リエイアの言葉は、"グライツ"をえぐってゆく。

「だからさ、帰ってきて、くれるよね? ……っ……ぐらいつ……!」

 震える声で、リエイアは言う。

 ほろほろと涙をこぼしながら、リエイアは、言う。

「……リエイア」

 グライツはリエイアに視線を向け、小さく呼び掛けた。

「俺は、グライツじゃないんだ」

 しゃくりあげる声が邪魔して上手く言葉を紡げないリエイアの肩に手を触れ、グライツは言う。

「学校で、見てしまったんだね?」

 リエイアは首を縦に振る。

 小さく、小さく。

「いつかは話そうと思ってたんだ。リエイア。俺は……俺の本名は……」

 "グライツ"が、息を吸い込んだ。

「ウォルフガング・シャンツェ」

「ウォルフガング……ぐすっ……シャンツェ……?」

 リエイアの背をゆっくりと撫でてやりながら、グライツは言葉を紡ぐ。

「俺の生まれた場所は、14年前に……あの男によって消されたんだ。それで、俺は……」

 グライツが孤児院のことを話そうか否かという葛藤と戦っていたときに、病室の扉がたたかれた。

 その音の主は、部屋の中の返事を聞くことはなく病室へと入り込んだ。

「……お邪魔でしたかしら?」

 "月"エテル・エルージャ。

「その子が、リエイアちゃん?」

 "魔術師"コレット・リファール。

「時間はとらせん、率直に聞こう」

 "悪魔"エヴァンジェリン・ベルニッツ

 孤児院の女性三人組が、病室を訪れていた。

「お前が今から1度だけ、孤児院を口外することを許可する。それからのことは自分で選べという、ミハエルの指示だ」

 ポカンとしたように、ウォルフガングが三人を見つめる。

「すっかり話しちゃいなさいよ」

「隠し事なんて、紳士のすることではありませんわよ?」

「決まり次第報告にこい。ああ、そうだ、云い忘れていた。現在孤児院では、まだ若い人材を募集している。戦闘向きではない、教育熱心な奴を、だ。だれか良いアテがあれば、紹介してくれ」

 それをつぶやくと、三人は病室を出る。

 ウォルフガングの顔がゆるみ、笑みを浮かべた。

「あは……! あっははははは! そういうわけか。つくづく、あの方たちには頭が下がる」

 わけがわからない、といった表情のリエイアを見つめ、グライツは言った。

「俺とこれから、自分の正義を、貫いてみないか?」

その言葉に、リエイアはにっこりとほほ笑んだ。

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