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7-2

「グライツ君、少し良いかね?」

 珍しく真面目な瞳を浮かべたミハエルが、病院から戻ったグライツを呼びとめる。

 アルクはミハエルの瞳の雰囲気を読んだのか、そそくさと自分の部屋、今は同居人のいない部屋に戻る。

「何か問題でも?」

 向き直ったグライツはミハエルの前に気をつけの体勢で立つ。

 グライツの瞳は、戸惑いの雰囲気しか浮かべてはいない。

「問題といえば問題なのだ」

 ミハエルが白い口髭をなでつけながら、言う。

「アドラー・シャレイオット」

 ミハエルがその言葉をつぶやいた瞬間、グライツの瞳にありありと怒りが浮かんだ。

 透明な水に墨を垂らしたように、濃い怒りの感情が広がっていく。

「……あいつが、どうか?」

 グライツの声は震えていた。

 声だけではない、全身が震えていた。

 目元も、腕も、肩も。

 ただ、足だけは震えてはいなかった。

 しっかりと床を踏みしめていた。

「居場所をつかんだ」

「どこに?」

 ミハエルが小さくつぶやいた瞬間、グライツが尋ねる。

「これが問題なんだ。君が……グライツで無くなるようなことになるかもしれない」

「構いません。して、アドラーは?」

 凍てつくほどの殺気が部屋中にばらまかれる。

 ミハエルは頭を振りながら、一枚の用紙をグライツへと差し出す。

 その紙を読んだ瞬間、ミハエルの額に汗が浮かんだ。

「な?!」

「ああ、そういうことなんだ。おそらく、解放軍の思う通りになっている。くれぐれも――」

「お構いなく」

 短くそう返すと、グライツは一目散に走り出した。

 その紙に書かれていた場所へと。


――――


 同時刻、魔法学校。

 一人の女性が、小学校を訪れていた。

 どこにでもいそうな女性、ゆるくカールした茶髪の女性である。

 カジュアルな服装に身を包んだ女性であった。

「見学の許可をいただきたいのですけれど」

 女性は飴玉のように甘い声で受け付けの男に尋ねる。

「身分証はお持ちで?」

 狭い事務室の中で、受け付けの男は引き出しを開けて書類を用意している。

「ええ。これが」

 女性は服の胸元から、流れるような動きで短い杖を取り出すと、受け付けの男に先端を向ける。

 パチッ、という、静電気がはじけるような音が杖から発せられた瞬間、言葉を発する間もなく、男は崩れ落ちた。

「Nighty night(おやすみなさい。可愛い赤ちゃん)♪」

 歌うような調子でつぶやき、女性は歩き出す。

 杖を片手に。

 そして、その女性の後に続くのは、胸元に見たこともない刺繍のあるフードつきの白いローブをかぶった数人の男女。

 現在、10時33分。

 本日の学校開始から、約2時間。


――――


 6年生の教室は、校舎西側の最上階に存在する。

 その場所の一番奥の教室で、エリッヒは教鞭を振るっていた。

 そんな授業の時間は、唐突に崩される。

 教室の扉を開けたのは、一人の女性であった。

 受け付けの男を気絶させた女である。

 片手に杖を持った女はクルクルと髪をもてあそびながら教室を見渡す。

 生徒たちの視線が、彼女に注がれる。

「仕事よ」

「あァ、わかった」

 二人は短くそれだけのあいさつを交わす。

 生徒たちが頭に疑問符を浮かべるなか、エリッヒは腰から抜いた杖を掲げ、静かに言う。

「手前等動くなァ? どうなっても知らねェぞ?」

 だが、生徒たちは隣と目を合わせ、なにやら状況を話し合う。

 ざわざわとしたうねりが教室を包む。

 エリッヒは不機嫌そうに教室の入り口に立つ女性と目を合わせる。

 女性がほほ笑むと、教室の中心、ちょうど通路になっている場所に黒い点が生まれた。

「さァて。お前ら全員ブッ殺し確定だ。命令違反でなァ」

 エリッヒが一番近くにいた少年の髪の毛をつかみ、黒い点の中に投げ込む。

 ブチブチと髪の毛が引きちぎられ、少年は点の中へと吸い込まれる。

「ギャアァァァァァァァッッッ!!」

 耳をつんざくような悲鳴とともに、少年の体がメキメキと音を立てる。

 四方から圧縮されているように、少年の体が収縮してゆく。

 ほんの10秒もたたないうちに、少年は点の中に吸収された。

 血の跡だけが、黒い天の周りに飛び散っていた。

「次はダレだァ? おイ、早く動けや」

 きょろきょろとエリッヒは教室を見渡す。

 それと同時に、校舎内のあちこちから悲鳴が響く。

「アハ。他のところもヨロシクやってるみてェじゃねえか」

「ま、当然でしょ? それより、そんな動きにくい服装なんてやめなさいよ。"シャレイオット"」

「おォ。そうさせてもらうぜ」

 エリッヒ、いや、シャレイオットと呼ばれた男はスーツの上をはだけ、ワイシャツのボタンを引きちぎる。

 エリッヒ・ハイベルグの本名は、アドラー・シャレイオット。

 教室はしんと静まり返る。

 皆目の前の事態が飲み込めないのだ。

「ま、お前らとりあえず廊下でろォ。逃げようとした奴は目ン玉と手足引きちぎる。男ならタマ二つ握りつぶすし女なら股から腹までカッ捌く。そのつもりでヤレや」

 廊下には、既に何人かの人間が手に武器を持って待機している。

「オシゴト完了っと」

 どかっ、とアドラーが教卓に腰かける。

「お疲れ様」

 にっこりと女性が歩み寄り、ほほ笑む。

 生徒たちは、小刻みに震えていた。

 

――――


 そして、今。

 校内に飛び込まんばかりの勢いでバイクを吹かしてきたグライツが正面玄関から校舎に侵入する。

 周囲にはおびただしい量の血が流れていた。

 思わずグライツは口元を覆う。

「ちぃッ。間に合わなかったか」

 むせ返るような血の匂いがグライツの鼻腔を刺激する。

 土足のまま一歩踏み入れると、粘りつく血がギチギチと音を立てる。

「リエイア。どうか……」

 祈りにも似た響きで、グライツは小さくつぶやく。

 彼が目指すのは、悲鳴の源、体育館である。

 グライツは口元を釣り上げた。

 無理やり引っ張っているようにも、抑え込んでいるようにも見える笑みである。

 真っ白な歯がきらきらと照明を返す。

「あは」

 グライツは窓ガラスに映る自分の顔を見つめ、笑みを浮かべた。

「ウォルフガング・アヴァロード。グライツ・シャンツェ」

 心からおかしそうに、グライツは嗤う。

 嗤いながら、孤児院の死神は体育館へと向かった。


――――


「はァーあ。まったくいやになっちゃうねェ」

 体育館には、全校生徒と教師が集められていた。

 侵入した解放軍の面々は、学校を占拠したのだ。

「……こんなことをして何になるというんだね?」

 頭のはげかけた校長が床に転がっている。

 交戦はしたが、片腕を吹き飛ばされたのだ。

 床には血だまりができている。

「さァな。俺ァここの奴らを好きなだけ殺してイイって言われただけだぜェ?」

 アドラーがステージの上に座り、拘束された教師と生徒たちを見下ろしながら言う。

「……子供たちは関係ない。解放してくれ。人質なら――」

 その瞬間、校長の両足が、まるでアイスクリームのようにくり抜かれた。

 体育館に絶叫と悲鳴が響く。

「アッハハハハハ!! オマエさァ! 自分にそんな価値があると思ってんのかァ!?」

 アドラーがステージから降り、校長の頭を踏みつける。

 メキメキと頭が音を立てる。

「が、あ、あ、あ、あ!」

「ゼンイン!! ブッ殺すんだよ!」

 頭が、爆ぜた。

 脳が床に広がる。

 何人かの生徒は失神したようだ。

「アん? ああ、まァいいや。静かんなったし」

 汚らしげに足元を見つめ、アドラーは言う。

「そんじゃァ、調理開始とイこうかァ! そこのガキィ!」

 アドラーの掌に熱が集中する。

 ゆがんだ口元でアドラーは少女に掌を振り下ろした。

 女子生徒は目をつむり、手を上に掲げて防御の体勢を作る。

 手が降り下ろされ、絶叫が響くと思われたその刹那、アドラーは体育館に踏み込んだ一人の男を見つめていた。

 黒い装束に、黒い髪と瞳。それとは対照的な、白い肌の青年。

「……何故老いていない? まあ良い。そんなことはどうでも良い」

 グライツ・アヴァロードを、アドラー・シャレイオットは見つめていた。

 体育館には、異様な雰囲気が渦巻いている。

「グライツ……?」

 肩から血を流しているリエイアが、体育館に入ったグライツを見つめる。

 それと同時に、リエイアの肌が粟立った。

 リエイアが今まで見たこともない瞳を浮かべているからである。

 例えるならば、噴怒、絶望、喜び、恐怖、狂気。それらをすべて、世界中のありったけを鍋で煮詰めたような瞳。

 まぎれもなく、邪悪の瞳だった。

 体育館がわずかなざわめきに包まれる。

 白いローブの者たちが目線をやると、すぐさま静まり返る。

「ッハ、ヒーローのご登場ってかァ?」

 狂気をはらんだ赤い瞳がグライツを見つめる。

 手を元のように戻し、アドラーは馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

「黙れ……何も知らないくせに……!」

 狂気をはらんだ黒い瞳がアドラーを見つめる。

 二人の間には、奇妙な道ができていた。

「何も知らない、だァ?」

「14年前……! 一つの村が消えた……!」

 震える声でグライツはアドラーへと歩み寄る。

 静まり返った空間では、二人の声が良く響いた。

「14年前ェ? あァ、あの村だろ? なんつったか……どうでもいいことは忘れる性質でなァ」

 面倒くさそうに頭を掻きながら、アドラーは言う。

「クラスター・マインだ!!」

 グライツが吼える。

 生徒たちが震える。

「あァ、そうそう。んで? 俺様に何か用でもあんのかァ?」

 震える腕で、グライツは自らの胸を指す。

「俺はあの村の最後の一人だ!!」

 街中に響き渡ってもおかしくはないような絶叫がグライツの口から吐き出された。

「へェ。そいつァご愁傷さん。そんで、本題は?」

 アドラーの足元から、土の柱が何本も立ち上った。

「殺し合いが望みだァ!!」

「良いね良いねェ! スンバラシイ理由だゼ!!」

 アドラーに突き刺さったかに見えた土柱は、くり抜かれたように消えてゆく。

 断面は、なめした革のようになめらかであった。

「手前等! 手ェ出すんじゃねェ! こいつァ俺の獲物だ! 誰にもわたさねェ!」

 アドラーがそう叫ぶと同時に、グライツは距離を詰め、ショットガンを取り出した。

 ドン、という爆音が響いた。

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