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孤児院をシェズナの大物が訪れた翌日も、アルクとエテルは路地の警備に当たっていた。街を平和に保つには、一切の罪の芽を摘み取り、根も滅ぼす――それが、孤児院のやり方である。
アルクは背中に身の丈ほどの無骨な鉄の槍を背負い、エテルは真っ白な布で包まれた長い「何か」をもっている。フランスパンであると言われればそうかと納得できるし、人間の腕である、といっても信じられる大きさだ。そんな二人を包むオーラは、二人が只者ではないことを告げていた。
「ねぇ、姉さま」
「ええ、兄さま」
二人は互いに顔を見合わせ、笑う。その年齢にふさわしい、満面の無邪気な笑みを浮かべている。
「罪のにおいです」
「えぇ。私たちの根のにおいですわね」
常人であれば嗅いだ事の無いような臭いだが、双子はそれをまるで夕飯の香りでもあるかのように、肺いっぱいに吸い込む。
やがて、靴音と共に数人の男が二人を取り囲んだ。両手で数えるには指が少し足りない。手に手に武器を持った男達は、どう見ても善良な市民ではない。
「まだ若いが、そのケのある奴等には高く売れるだろうな」
「そっちの嬢ちゃんは俺に『味見』させてくんねーか?」
「バカ言え。商品に手を付けるなって言ってんだろうが。このロリコン」
男達は、二人を包囲しながらそんな会話をしている。
「ねぇ、お兄さまがた?」
「ぼくたちをどうするおつもりで?」
奇麗な声である。アルクがまだ声変わりをしていないため、声の質もほとんど同じだ。だが、その声にはどこか違和感が混じっていた。まるで、今にも壊れそうな水晶の玉ような、虚ろさも混じった声であった。
「ん? お前らが知ったところでどうしようもないんだがな。変態どものオモチャになってくんねーか、ってことだ。俺達としても、あんまり気は進まないんだがね」
一番二人に近い一人がそう言うと、周りの男達が大きな笑い声を上げた。
「ぎゃっはははは! 良く言うぜペドフィリアのくせに! この前赤ン坊と二人でナニやってたんだ?」
「黙れ死姦趣味のくせに!」
そんな男たちに、双子はため息を付く。
「無事に帰してはくれませんの?」
エテルが布に包まれた何かを両手でぎゅっと握る。
「残念ながらな。コレをしくじると俺らがボスに殺されちまう」
愉快そうな表情さえも浮かべて、男が答える。
「――十秒だけ、差し上げます」
「懺悔の言葉を残しなさい」
その言葉に、男たちは固まった。
「ぎゃぁぁっははははははは! お前らサイコー! なぁおい! 味見させてくれよ! ちょっぴりだけでいいからさ!」
「待て待て! せっかくだから十秒待ってみようぜ。どうなるか楽しみだ!」
男達は大笑いしながら、双子を見守る。十秒きっかり経過した後、双子が息を吸い込んだ。
「Rex(恐ろしい)」
水晶玉の声に乗せて、歌がつむがれる。
「Rex tremendae majestatis (恐ろしい御稜威の王よ)」
「Qui salvandos salvas gratis(あなたは救われるべき者を無償でお救いになる)」
「Salva me, fons pieatis(慈しみの泉よ、私もお救い下さい)」
レクイエムであった。双子なりの情けと言ったところだろうか。男達がぽかんと口を開けていると、エテルの持っていた白い布が取り払われた。
現れたのは、不気味に黒く輝くG-66、アサルトライフルであった。少女が持つにはあまりにも大きく、不恰好である。
唯一つの救いと言えば、銃身のところどころに桜の花びらのようなシールが貼られていることだろうか。男達の顔が一瞬こわばると、エテルは威嚇射撃もなしに周囲に銃弾を放った。
空気を震わす、まるでエンジン音のような発射音が裏路地に響き渡る。アルクはエテルの脚に絡み付くように体制を低くしているため、銃弾は男たちだけに命中してゆく。
「くッッそガキどもがァァァァ!! 殺せ! あいつらを殺せェェェ!!」
銃弾を浴びて死んだ別の男を盾にしながら、男が叫ぶ。だが、張られる弾幕のために近づけもしない。カチンと弾の切れる音が響くと同時に、アルクが駆けだした。
「あは」
「くす」
槍を構え、男達を死なない程度に傷つけてゆく。肉が切れる音と男たちの絶叫が路地に消えてゆく。
「バケモノだ! こいつらは鬼だ!!」
「死にたくない! 死にたくないぃぃぃ!!」
アルクの攻撃が一通り終わった。男たちは目に恐怖をたたえ、失禁しているものさえいた。五体満足な者は、誰一人としていなかった。
「さぁ、お話しなさい」
「あなたたちのボスの名前は?」
槍と銃を押し当て、リーダー格らしい男、先ほどペドフィリアと呼ばれた男に尋ねる。
「ロ……ロボスだ! ロボス・シュトーレン! 頼む! 命だけは!!」
泣きながらそう訴える男の情に流されたのか、双子は武器をしまう。
「今度やったら、全身の皮を剥ぎますからね?」
「もちろん、『頭からつま先まで』、余すところなく」
クスクスと笑いながら、双子は背を向ける。男たちは双子の姿が見えなくなってもまだ、立ち上がることができなかった。
「……なあ、俺たちは悪い夢を見てるのか?」
「……急いで戻るぞ。ボスの命が危ない」
そういうと、男達は満身創痍でアジトへと帰って行った。
後には、肉と血の跡だけが残っていた。