7-1
「調子はどう?」
「ええ、順調に快復していますわ」
病院の一室で、コレットとエテルが談笑をしている。
エテルは無邪気な笑みを浮かべ、コレットが剥いたリンゴを口に運んでいる。
「あと数日で、すっかり元に戻りますわ。お医者様が目を丸くして驚いておられましたの。"何かの間違いじゃないのか"って」
くすくすとエテルが笑うと、つられてコレットも笑う。
「でも、無茶をしちゃダメよ?エヴァンジェリンさんすっごい沈んでたんだから」
コレットがエヴァがいかに沈んでいたかを説明すると、エテルが口元に手を当てて朗らかな笑い声を上げる。
「あ、そういえば、兄上と兄さまは?」
「ん? ああ、あの二人は――」
コレットが応えようとすると、病室の扉が勢い良く開かられる。
両隣に人がいない個室とはいえ、ここは病院である。
だいぶ迷惑なはずだ。
「うぉぉぉーい、チビっこ! 入院してんなら教えてくれたっていいだろーう?」
新しいサングラスをかけ、青い入院服に身を包んでいるアルフィが現れた。
「アルフィ! お前何を!?」
「姉さまはまだ傷が!」
こつこつと二人分の靴音が響き、アルフィが切ないうめき声をあげて真横に引っ張られていく。
だんだんと遠ざかる罵声と靴音を聞き、二人は顔を見合わせる。
「……今のって」
「……バッドフォーチュン、ですわね」
二人ははあとため息を吐く。
「とりあえず、ここのところ2分くらいの記憶を消しましょうか」
「そうですわね。それが一番ですわ」
再びため息を吐き、二人は空を見上げる。
うっとおしいほどの快晴であった。
――――
そのころ、アルフィはグライツに首根っこをつかまれ、病室の方へと引っ張られていた。
まず、何故グライツ達がここにいるのか、というと、エヴァとミハエルから二つずつお見舞いの品を渡されたためである。
コレットがエテルの部屋に先に行き、そのあとに隊列を組み替えてアルフィのもとへ向かうはずだったのだが、だいぶ予定が狂ってしまった。
その原因は、うっかりとしたグライツの一言であった。
「あと少しすれば、お前もエテルも退院できそうだな」
それからは、ご覧のありさまである。
「ってか、おいら怪我人なわけよ? そこんとこわかってる? ウォルっち?」
「自分で立ち上がって知り合いの病室まで走って行くような怪我人がいるか」
「傷が開いても知りませんよ?」
はあ、と息を吐きながら二人が言うと、アルフィは冷や汗を流しながら笑う。
「ははは、いや、手遅れかもしんねえ」
だらだらと汗を流し、アルフィは胸を押さえてうずくまる。
幸か不幸か、三人の通路の向かいから、セレスタが歩いてきた。
大きな目のクマに、真っ白な白衣である。
「ドクター・オース。緊急です」
「手術の準備を」
流れるようにそう言うと、アルフィがはっとしたように顔を上げる。
「ちょちょちょちょいまてや御二人さん!? いや、冗談っすよ? ええ、本当に」
だらだらと青い顔で汗を流すアルフィを見て、セレスタはため息をつく。
「手術室に運んでくれ。ああ、エンピシャス? わかってると思うけど君の傷は一回切開しないと治療のしようがないんだからね。安静にしててくれよ……ふぅ」
こつこつと靴音を立てて今来た廊下を戻るセレスタの後ろに続き、三人は手術室へと向かった。
「ちくしょう! 本当についてないぜい!!」
「ふぅ……ここは病院なんだから、静かにしてくれたまえ」
呆れたように言うセレスタであった。
――――
現在、孤児院には二人しかいない。
ミハエルとエヴァ、いわゆる"年長組"である。
二人っきりで話す内容というのは、二つに分かれる。
腹の足しにもならないほどのくだらない話。
もしくは……。
「さて? 今日は何の話だ?」
「……率直に言おう。アドラー・シャレイオットの尻尾をつかんだ」
グライツや双子、コレットでは処理できないような重要な話である。
真剣な瞳のミハエルが、エヴァを見つめる。
「ん、そうか。それで、シャンツェの奴に言わないということは内密処理か?」
コップの中の紅茶を飲みながらエヴァが言う。
「……悩んでいる。グライツ君に伝えれば、少なからず被害が出る。だが、こちらで処理したと彼が知れば、どうなるかわからん」
「それは同感だ。あいつは復讐の為ならば悪魔にでも魂を売るような奴だろうな」
エヴァが細い指を顎に当て、眼を閉じる。
「私自身、復讐を遂げられなかった苦しみは良く分かる。無念だよ、死にたくなるくらいな」
ミハエルは窓を見つめ、息を吐いた。
ミハエルは戦争で家族を全員失っているのだ。
両親も、妻も、娘も。
そんな彼の胸中は、非常に複雑なのだ。
「私個人、ミハエル・ハイメロートとして言うならば、彼の好きなようにさせてやりたい。だが、孤児院の"世界"としては貴重な人員を失いたくはないんだ」
「シャンツェをナメすぎだ。ミハエル。あいつもバカではない。14年間、1日も地獄のような特訓を休まなかった男だ。信じてもいいんじゃないか?」
ぐいと紅茶を飲みほし、エヴァは言う。
「ならば、決まりだな。彼らが帰還し次第、説明を行う。そのあとはグライツ君の自由だ」
ふぅと息を吐き、ミハエルはぬるくなったコーヒーに口をつける。
「ああ、それが良い。というか、お前、シャンツェを表で生きさせたくてたまらないんだろう?」
窓の外を見つめながら、エヴァが言う。
「ッフフ、そう見えるかね?」
「当たり前だ。何年一緒にいると思ってるんだ?」
「大体30年くらいだろう?そう、30年だ。戦後、准将などという"バカげた地位"に就いたが、あの頃が一番つらかったよ。何をするにも無気力でな」
ミハエルが白衣の中に手を入れ、ねじ曲がった金属を取り出す。
60年前の魔法戦争での、彼しかわからない遺物である。
「まあ、話はきまった。シャンツェに討伐を依頼しよう。異論は?」
「無いね」
ミハエルは窓に目を向ける。
うっとおしいほどの快晴である。
「そう言えば、お前にはいくつか聞きたいことがある。さっき、准将を"バカげた地位"といったな?それは――」
「臆病者の仕事だ。前線を知らずに、戦場を知らずに生きている軍人たちの墓場だ、あんな場所は。だから私は軍を抜けた。まあ、もっとほかにも理由はあるがね」
ため息をつき、ミハエルはコーヒーを作り始める。
「……魔法戦争でのことか?」
「理由はそれだが、君の考えているものとは違う。私は肉親が焼き殺されたから軍を去ったのではない」
部屋にコーヒーの香りが漂う。
「自分の無力さがいやになったんだ。私は1日倒せても100人程度。しかし、兵器というものは私以上に強かった。それが、どうしようもなく嫌になったんだ」
遠い眼をして、ミハエルは窓の外を眺めた。
「実に軍人らしい考え方だ」
そういうとエヴァは立ち上がり、自らのコーヒーを作るために棚へと向かった。