Intermission6
ざあざあと、雨が降る。
夏の真っただ中だというのに、珍しい、雨。
平日は、朝の9時から15時までがグライツがシャンツェでいる時間である。
ただ今、11時。
グライツは窓際に立ち、街の様子を眺めていた。
孤児院からは見えるが、外からは決して孤児院内部をうかがうことはできない。
なぜならば、ミハエルの空間魔法により空間が隔離されているためである。
一方的に空間をつなげる、マジックミラーを魔法で行うとこうなるのだ。
グライツは人間模様を眺める。
土砂降り。
人通りのない裏路地には、動くものが何もない。
はあ、とグライツは息を吐く。
窓が白く曇る。
曇りの中から、自らが見つめる。
どこまでも冷たく、けだるそうな顔。
彼はそんな目が嫌いだった。
「っ……!」
ごん、と軽く頭を窓に打ち付ける。
窓の中の自らを振り払ったつもりが、窓の中から攻撃される。
「あは」
グライツが口元を釣り上げる。
「幸せになれる身分じゃないだろう?ウォルフガング」
応えは、帰ってこない。
ざあざあという雨の音に、言葉はかき消される。
「歯車を戻そうじゃないか。あるべきように、そうあるべきところに」
ばたん、と物音がした。
グライツ、いや、ウォルフガングはゆっくりと振り向く。
アルクが、玄関を開けてウォルフガングを見つめていた。
びしょぬれである。
「……着替えをして、風呂へ入って――」
「兄上」
グライツは目を見開く。
今まで、アルクに言葉を遮られたことなどなかったからである。
「本当に、幸せになれる身分ではない、と?」
アルクの声は震えていた。
おびえではない。
怒りで、である。
「……中途半端は一番面倒なんだ。自らの正義を貫けもせず、かといって傍観もできない。偽善者は、俺 だったのかもなぁ」
グライツがゆっくりと歩き出し、デスクに就く。
「偽善者は、幸せになってはいけないのですか?」
「……」
グライツは、応えない。
「正義でなくては、幸せになれないのですか?」
「……」
「お答えください、兄上」
ふう、とグライツは息を吐く。
「考えすぎていた。済まないな。最近どうも調子が狂うよ、まったく」
ふに落ちないようだったが、アルクはそれ以上追及はしない。
「……質問の答えだが、罪人でも幸せにはなれる。だが、長続きはしない。それが、答えだ」
グライツは天井を見上げ、静かに言う。
「でしたら、努力をしましょう。幸せに、なりましょうよ」
グライツの横に腰かけ、アルクが言う。
「ああ、そうだな。どうも雨の日はだめだ。距離が……いや、何でもない。どうだ?一緒に風呂でもどうだ?」
その言葉に、アルクはうなづく。
笑みを浮かべ、グライツは浴室へと向かった。
――――
「俺とおまえは鏡のようだな」
「違いない。細かいところは異なるが、根元は同じ一人だ」
真っ暗な空間で、二人の死神が向かい合う。
「お前は、どうしたい?」
「は?」
互いに鼻がつく程の距離に立つ。
瞳に自らの顔が映る。
「ウォルフガングとして、お前はどうしたいんだ?」
「……決まっている。俺は、アドラー・シャレイオットを拷問して殺す。それが俺の生きる目的だ」
息を吐き、一人が言う。
「そうか……それが終わったら?」
「既に現世に悔いなどない。だから、どうもしない。生への執着も消えるだろうな」
はは、と笑みを浮かべ、言う。
「……楽しめ、ウォルフガング。でなければ、俺が忍びない」
「何?」
「お前が一人沈んでいるのに、俺だけが楽しんでたまるか」
晴れやかな笑みを浮かべ、一人が言う。
「あは。そうか。グライツ。珍しいな。てっきり俺のことを毛嫌いしていると思ったが」
「ああ、嫌いだ。後ろ向きなところも、変に硬いところも、融通が利かないところも」
「だが、それはお前もだ。グライツ。言っただろう?俺とおまえは鏡映し。けっして入れ替わることも、融けあうこともできない」
「そのとおりだが、分かち合うことはできる。不幸を二つに、喜びを二つに、だ」
にい、と二人が同じ笑顔を作る。
「さて、起きる時間だよ、グライツ」
「そうだな、シャンツェ」
「「リエイアと、映画館にでも行くか」」
真っ暗な空間で、二人は同じ方向へ歩きだす。
互いに晴れやかな顔で、それでいて、楽しそうに。