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6-8

「えー、突然ですが、皆さんにお伝えしたいことがあります」

 学校の体育館。

 頭のはげかけた、いわゆる校長先生が数百人の生徒の前でマイクに向けて話をしている。

「えー、6-D担任の、エドガー・キュー先生ですが、体調不良ということで、しばらく欠席いたします。つきましては、補助教師の方が来られましたので、ご紹介します。えー、エリッヒ・ハイベルグ先生です」

 校長が、壇の横に座る若い男性にマイクを渡す。

 そのまま、校長は壇を下り、体の前で手を組んだ。

 エリッヒは壇を登り、息を吸い込む。

 紺のスーツに、黒のネクタイという、正装である。

 赤い髪を持った、さわやかな印象の男だ。

 髪と同じ赤の瞳が生徒を見つめている。

「えー、みなさん、初めまして。エリッヒ・ハイベルグといいます。」

 良く通る声で、エリッヒは言う。

「エドガー先生の授業に比べて、何分未熟なもので。至らない点もあると思いますが、よろしくお願いします」

 簡単に、それだけを言い、エリッヒは頭を下げる。

 パチパチという拍手が、体育館に響く。

 エリッヒは校長に向き直り、壇を下りてマイクを渡す。

「それでは、1年生から教室に戻ってください。解散」

 教師が先導し、自らのクラスを教室まで送り届ける。

 エリッヒも自らのクラスの前で誘導の準備をしている。

 その瞬間から、さまざまな質問が投げかけられている。

 クラス担当でない教師は、生徒全員がいなくなるのを待って、口を開いた。

「……どうするんです?キュー先生のことは」

「……なるようにしかならんでしょうな」

 校長は頭を抱える。

 未明に、エドガー・キューが遺体で発見された、というニュースはある種の緘口令によって生徒たちの耳に届いてはいない。

「ともかく、会議室に。そこで話しましょう」

 数人の教諭がうなづき、歩を進める。

 皆厳しい顔であった。


――――


「ただいま〜! グライツ〜!」

 ランドセルを背負ったまま、リエイアはグライツにタックルをかます。

 毎度なれたように、グライツは二三歩よろめくだけである。

「ええ、お帰りなさい。手洗いと、うがいを――」

「んや、まず真っ先にこれを家の人に見せてくれ〜っていわれてさ」

 ごそごそとリエイアはランドセルをあさり、1通の茶封筒を取り出した。

「そうでしたか。失礼」

 グライツが封筒を受け取る。

「あ、そうそう! エドガー先生が体調不良ってわけで、新しい先生がきたよ! 年齢、グライツと同じくらいかな?」

 リエイアがパタパタと階段を駆け上がると、グライツによって制止される

「手洗いとうがいをなさったので?」

 グライツが言うと、リエイアは面倒くさそうに洗面台へと向かう。

 グライツは階段を上り、自らの部屋の扉を開け、椅子に座った。

 ハサミで封筒の口を切り取って開けてやると、3枚のプリントが姿を現した。

 グライツが一枚目のプリントに目を通した瞬間、彼の背に衝撃が駆け抜けた。

「な!?」

 一枚目の一行目に書かれていたのは、エドガー・キューが死亡した、ということであった。

 グライツは顎に手を当て、状況を考察する。

「(コレットとアルクは異常なしと言っていた……となると、夜のうちに。マズイ!!)」

 ベッドの上の装束をひっつかみ、封筒を持ってグライツは駆け出す。

 半ば飛び降りるように階段を下り、玄関を開ける。

「どしたのグライツ!?」

「食材を忘れていました。買ってきます!」

 それだけ言い、グライツは玄関を閉める。

 ガレージを開け、シャッターの裏側から孤児院へと移動する。

 孤児院では、椅子に腰かけてチェスをするエヴァとミハエルが驚いたようにグライツを見ている。

「どうし――」

「エドガー・キューが死亡しました!」

 封筒をミハエルに渡しながら、グライツが叫ぶ。

 さすがのミハエルも、驚いたようだ。

「な……本当か……」

 ひげをなでつけながら、ミハエルは言う。

「おそらく解放軍関係でしょう。奴らが学校に攻撃をするのなら今が絶好の機会です」

 ふむ、とミハエルがつぶやき、目を閉じる。

「しかし、シャンツェ、なんでお前はエドガー・キューが教師だと?」

「リエイアの担任が彼でしたから。家庭訪問で会いました」

 その言葉に、エヴァが口笛を鳴らす。

「思いのほか、世界は狭いものだな。ミハエル、どうする?」

「……コレットとアルクに警戒をさせる。グライツ君、君はジャン・バルホークに情報をもらえ」

「仰せのままに」

 早足でグライツは玄関を開け、外へと出ていく。

 エヴァはアルクとコレットを呼び寄せている。

 説明が始まった。


――――


「……つまり、概要は魔法学区の哨戒ってことでいいんですよね?」

 ゲリラとはいえ、従軍経験のあるコレットは呑み込みが早い。

「ああ。そう言うことだ。年齢的にミハエルは無理だし、私とシャンツェもどう考えても高校生の面じゃない。となると、お前たちしか頼めないわけだ」 

 エヴァがチェス盤に駒を二つ置きながら説明を行っている。

「まあ、最悪の場合は各個自由行動だ。くれぐれもバレないようにな」

 その言葉に、うつむいていたアルクが顔を上げる。

 つまり、テロリストが突入した場合はせん滅の許可を出されたわけだ。

「アルク、くれぐれも……」

「ええ、わかっています、世界さま」

 にっこりと、無邪気な笑みさえ浮かべてアルクは応えた。

「それでは、本日は終了だ。解散」

 エヴァはそう宣言し、大きく伸びをした。


――――


「……つまり、死因は――」

「ああ、多分脳挫傷かなんかだろうよ。顔がわかんねえほどブッ壊されてたらしいぜ? おまけに四肢がねじ曲がって体ん中は滅茶苦茶。検視官が青い顔して便所に駆け込んでんのは久しぶりに見たぜ」

 警察署の前で、ジャン・バルホークとグライツが話している。

 周囲はあわただしい。

「殺されたエドガーって男、ケファウスの共和国守備隊だったらしいじゃねえか。しかも途中脱走だろ? そりゃあ消されても文句は言えねえわけだ」

 ライターでタバコに火をつけ、バルホークは言う。

「デッドマンズ・チェストですよ。ケファウスの特殊部隊の」

「そんならなおさらだ。表にできないような情報を山ほど持ってるはずだぜ? ケファウスの刺客か、それとも私怨か。まあ、こっから先は俺ら警察の仕事だ。坊主は自分の仕事をしてろ」

 しっしっと腕で払う動作をし、バルホークが言う。

 納得がいかないようであるが、グライツが口を開く。

「進展があれば、お伝えください」

「あいよ。さ、話は終わりだ。今日からまた徹夜なんでな」

 上着を肩に担ぎながら、バルホークは署内に入ってゆく。

 グライツはため息をつき、買い物ができる場所へと向かった。


――――


「どうするべきか」

 すっかり夕食を終えたグライツは、一人部屋の中で考える。

「(おそらく、解放軍は近いうちに攻撃を加えるだろう。そうなれば……リエイアが……)」

 ギリ、と歯をかみしめ、グライツがうつむく。

 甘いコーヒーを一気に飲み干し、グライツは時計を見た。

 22時。

「(覚悟を決めるか……やってやる。リエイアだけは無事に生き延びさせてやる)」

 グライツは息を吐き、天井を見上げた。

「(寝よう)」

 ゆっくりと、グライツの瞼が下りて行った。

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