6-7
日の光が落ち、夜が訪れた。
エテルとグライツを除いた孤児院メンバーは、食堂で夕食をとっている。
「エテルの傷はそれほどひどくはないらしい。面白いものでな、クローシャの刃物は切れ味が鋭すぎて皮膚がすぐくっつくんだそうだ。不幸中の幸いといったところかな」
「阿呆。不幸に幸もなにもあるものか」
エヴァとミハエルが軽口を飛ばしあう。
エヴァはアルフィを病院に文字通り担ぎこんだ後、孤児院に帰還したのだ。
夕方になってから、コレットとアルクも現れた。
「ああ、そうだ。話は変わるが、ウォーケンの兄弟に出会ったよ。下半身を切り取られた」
まるで知り合いに会った、というような調子で話すエヴァに、コレットとアルクはひどく驚いたようだが、ミハエルはなれたようにほほ笑んでいる。
「しとめたのか?」
「いや、血をもらっただけだ。生きているかは知らん」
トマトのスープを口に運びながらエヴァが言う。
「た、確かその人たちって吸血鬼狩りって呼ばれてるんじゃ……」
おどおどとコレットが切り出す。
「ん、心臓に銀の杭をブチ込まれてから皮膚の下に銀の膜を作られた。あれは久しぶりにヤバかった」
「まあ、君なら助かるか……」
ミハエルがパンをちぎりスープにつけて口に運ぶ。
器用にもひげにスープは付いていない。
「そういえば、お前らの方は?」
エヴァがコレットとアルクをむきながら尋ねる。
「ぼくたちのほうは、何も」
「思いすごしだったみたいですね。学生さんしかいませんでしたから」
残念そうにコレットとアルクが言う。
「そうか……シャンツェはどうしていた?」
「ああ、ここの防衛とエテルのお見舞いだよ。一応護衛をしてもらっている。夜の間は、私が信用できる人間にさせているがね」
エヴァが額に指を当て、考え込む。
「……煮え切らん」
他の3人が視線を向ける中、エヴァは食事を続けた。
――――
深夜、学校前通り。
その特性から人通りのない地域。
その場所に、火柱が立ち上った。
杖を持っているのは男であった。
黒い男、闇と同化するような、黒い男であった。
男の反対側で杖をついているのも、男。
ケロイドの皮膚に、白いグローブ、黒いソフト帽。
「かははははは。見事、お見通しというわけか、黒炎の」
「ッ――!!」
黒炎のエドガー・キュー。
冥王のティタニア・ウィーケンヘルツ。
「探したぞ。副長」
ティタニアの金属のような声が学校前通りに溶ける。
「何故……!?」
震えた声のエドガーが杖を構えながら言う。
「吾輩、確かに貴様に全身を焼かれた。しかし……悪運はまだ吾輩を見捨ててはいなかった」
ケロイドの皮膚を釣り上げながら、ティタニアは笑う。
「貴様にわかるか? 生きたまま皮膚が焼ける熱さ! 気管に火の粉が入り込んだ苦痛!! 焼くだけの貴様がわかるか!?」
諸手を広げ、ティタニアは叫ぶ。
「吾輩! 解放軍などどうでも良い! 情報が欲しかったのだよ! 貴様の情報がな!!」
目はギラギラと輝き、大型の肉食獣を彷彿とさせる。
「まあ、あの頃の吾輩は未熟だった。己の力を絶対だと思い、油断していた」
ふうと息を吐き、ティタニアは自らのソフト帽をかぶり直す。
「もう、油断はない。失うものは何もない。故に――」
ティタニアに向け、無数の火の球が四方八方から打ち出される。
だが、火の球はティタニアに衝突する前に消え去った。
「冥王」
ティタニアが動いた。
こつ、と靴音を響かせ、ゆっくりとエドガーに歩み寄る。
「シリエ・ラ・ウィクテム!」
キュバッ!という空気を吸い込む音とともに、ティタニアを中心とした巨大な火球が姿を現した。
周囲が明るく照らされ、通りの観葉植物の鉢がいくつか吹き飛ぶ。
「無駄である」
しかし、ティタニアには傷一つ、焦げ跡一つすらない。
その状況に、エドガーは冷や汗を流す。
「なぜ以前通じたものが通じないのか? 不思議であろう?」
ティタニアが歩を進めるたび、エドガーはゆっくりと下がる。
「あの頃の吾輩は、気圧を操って満足していた。それが風魔法の限界だと思っていた。しかし――」
「おぉぉぉぉぉッッ!!」
真っ黒な炎が、ティタニアの周囲に立ち上る。
あらゆる光エネルギーを熱に変えた、エドガー渾身の、彼の異名ともなった黒の炎だ。
黒の炎がティタニアに近付いた瞬間、またもや炎は消え去った。
「しかし、それだけではなかった」
無数の火花がはじけ、爆風が巻き起こる。
衝撃波を生み出して広がったそれも、ティタニアに届くことはない。
「風とは、空気を操る魔法である」
「うあぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
エドガーが吼え、杖から光がほとばしった瞬間、顔面から血が噴き出した。
いや、顔だけではない。
体中の穴という穴から、血が噴き出した。
「ラ・シュライオ・アーヴ」
ティタニアは小さくつぶやく。
彼の風魔法の全てであった。
酸素をコントロールすることで炎を。
気圧をコントロールすることで衝撃を。
振動をコントロールすることで熱を。
そして、浸透圧のコントロールでエドガーの体内をめちゃくちゃに破壊したのだ。
「まだ息があるな?」
ついていた杖をエドガーに向け、ティタニアがつぶやく。
「完璧に、殺す。もう油断はしない」
ティタニアが杖をエドガーに向けると、エドガーの体がブチブチと嫌な音を立てる。
「があ……う……」
そして、エドガーの四肢があらぬ方向にねじ曲がる。
「これで終わりよ」
ティタニアが、エドガーの顔面を踏みつけた。
全体重をかけて、何度も、何度も、何度も、何度も。
肉の音から、水の音へと変化しても、踏みつけは続いた。
彼が動きを止めたのは、それから約10分後のことであった。
「吾輩の名は、冥王。地獄で合おう、副長」
血でぬれた右足で、彼は歩き出す。
暗い、暗い、深夜の闇へと。