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エヴァが血反吐を吐いて地面に倒れこんだ。
さびれた幹線道路では、二人の男が道をふさいでいた
「ねーちゃん!?」
アルフィがサングラスの奥から強いまなざしを浴びせるのは、その二人の男であった。
良く似た顔の男が二人。
短い赤の髪に、黒の瞳。
「っへえ。本物なんだ?」
「まあ、そうこなくっちゃ俺たちが解放軍に手を貸した理由がないか」
シビルとウィーヴァ、ウォーケン兄弟であった。
吸血鬼狩りの異名を持つ、いわばエヴァの天敵である。
エヴァはと言えば、体中から血を流してのたうちまわっている。
「お前ら……ねーちゃんに何したんだい?」
アルフィが黒いカーディガンの内側に手を突っ込むと、その中からは中に黒い塊の入ったフィルムケースが現れた。
「っはあ?俺らは"吸血鬼狩り"だぜ?」
「心臓に銀の杭を打ち込んだんだよ。本来ならこれで終わりだったんだがな」
若干身長の高いほう、ウィーヴァが指をはじくと、エヴァが叫び声をあげてけいれんを起こす。
「聞いた話じゃ、吸血鬼に銀ってのは焼けた鉄を押しあてられてる痛みらしいぜ?まあ、俺はちゃんと"死ぬことができる"人間だからな。死にたくても死ねないってのは辛いもんだ」
ウィーバがシビルに目配せをし、シビルは軽くうなずく。
「オーカ・ウェルラ・ウェイヒム」
空気が、変わった。
「!? 伏せろ!! アルフィ!!」
血を吐きながらエヴァが叫ぶ。
言葉の通りにアルフィが地面に伏せると、アルフィの頭上で何かがはじけるような音が響いた。
パキン、という、ガラス器具が割れたような音。
「ッチィ! 邪魔を!」
シビルがエヴァをじろりとにらむと、エヴァの下半身が切り取られるように消え去った。
ブツン、という音とともに、エヴァの傷口から致死量をはるかに超えた血が噴き出す。
「あぁぁぁっ!!」
周囲に血だまりを作りながら、エヴァがのたうちまわる。
「手前等……覚悟できてんだろうな!?」
アルフィがサングラスを外し、シビルに投げつける。
そして、アルフィはエヴァの正面へ移動し、挟み撃ちの陣形を作る。
パキンという甲高い音が響き、サングラスが消え去った。
「手前はなんでこの女をかばってんだよ? お前も孤児院関係者か?」
ウィーヴァがアルフィに手をかざすと、アルフィが血反吐を吐いた。
「げほっっ!?」
「なあ、お前、俺達に勝てると思ってんの?」
アルフィは何が起こったか理解していた。
「(空間魔法ってやつかい!?)」
自らの胸をえぐるような感覚と、痛み。
そして、エヴァの傷を見て、アルフィは確信した。
"ミハエルのものと同じだ"と。
「へっ……空間魔法使いが二人か……だが、お前らの負けだぜ?」
シビルとウィーヴァが疑問符を浮かべる。
「っはあ? 何を言ってんだ?そこの女は全身に銀をブチ込んでんだ。アホみたいな量の銀を皮の下一枚のところで全身を覆うように移動させて作ってんだよ」
「それとも何か?お前がそのチンケなフィルムケースでどうにかするってのか?」
けらけらと二人が笑う。
その瞬間、バシュン、という音とともにシビルの胸に穴が開いた。
口から血を流し、シビルが眼を見開く。
「っへへ……大当たりだぜい」
アルフィの持ったフィルムケースのキャップが吹き飛び、ケース本体から白い煙が立ち上っている。
ぐらりとシビルの体が傾き、地面に崩れ落ちた。
元素変換能力の応用により、ケース内に入っていた鉛を二酸化炭素に変え、キャップを射出したのだ。
「ッの野郎ォォォォ!!」
ウィーヴァがアルフィに激高し、掌を向けると、ウィーヴァの首筋に鋭い歯が突き立てられた。
「感謝している。貴様の言葉のおかげで銀が取り出せた」
ギラギラと光る眼でウィーヴァの首にかみつき、上半身だけのエヴァが言う。
「ぐおぉぉぉぉぉッッッ!!」
メキメキと牙が肉に食い込む。
アルフィは息を吐いてへたり込む。
「(まっさか……体の中の銀を全部とりだしたってのかい?)」
ちらりとエヴァの後ろに目を向けると、人の形をかたどった銀色の物体が転がっていた。
「(孤児院ってのはバケモン揃いじゃねぇかよ。オイラぁ無理だぜい)」
大の字になってアルフィが地面に寝転ぶと、ウィーヴァの絶叫とともに肉を引きちぎるブチブチという音が響いた。
「埋め合わせは、デート1日でいいですぜ?」
「ああ、考えておこうか」
絶叫が止み、どさりという音が鎮まった空間に響く。
「そっちはどんな調子だ?」
すっかりと下半身を取り戻したエヴァがアルフィに歩み寄りながら尋ねる。
腰から下の物すべてが飲み込まれたため、エヴァは体を隠すために樹木を自らの体に生やし、下半身を覆っている。
「うっへ、色っぽいっすね」
「黙れ小僧。貴様の海パンも引きちぎってやろうか」
エヴァが倒れた二つに手をかざしながら言うと、肉から樹の芽が生える。
生えた木の芽は驚異的な速さで成長し、二人を包みこんだ。
「いんや、俺っちはそっちの趣味は無ぇんで。いてて、一応傷口はふさぎましたから、もうちょっとは動けそうっすね」
大きく、ゆっくりと息を吸い込みながらアルフィが言う。
その言葉を聞き、満足げにエヴァはうなづいた。
「よし、もう一仕事だ。魔法陣を書かせるな」
「はいはいっと。そんじゃ、行きますかい!」
アルフィとエヴァは、ゆっくりと先へ向かう。
かすむ視界の先には、大慌てで怒号を発しながら背を向ける男たちがいた。
――――
10分後、50人はいたであろう男たちは既に全員地面に倒れていた。
しかし、全員生きていた。
「なんつーか、だんだんこいつらがかわいそうになってきましたよ、おいらは。こんな人相手にするなんて無理でしょ?」
「抑止力も兼ねている。私は無益な殺生は好かんからな。できる限り人間は殺さんようにしているんだ」
書かれていた途中の魔法陣の真ん中で、エヴァは両手を広げる。
エヴァの体が淡く輝くと、魔法陣はぽろぽろと灰のような色になり、地面からはがれて天に昇って行った。
「本当、らしくないっすね、孤児院って」
「言ってくれるな。これでも私たちは必死なんだ」
大きく息を吐き、エヴァが言う。
「あ、そだ。病院連れてってくれません? ちょっとなんか呼吸が苦しいんで」
にへらと笑いながらアルフィが言うと、エヴァはアルフィを担ぎあげる。
「わ、わ、わ! ちょっと! せめてこれで隠してくださいって!!」
アルフィはみずからのカーディガンをはだけ、エヴァの樹木の上に掛ける。
はあ、と息を吐きながら、エヴァは病院へと歩き出した。