6-5
「ウォルフガング・シャンツェ。ただいまより孤児院に復帰いたします」
いつもの黒装束をまとい、グライツが宣言する。
ぽっかりと空いた一つの机を見つめてため息をつき、グライツは椅子に座った。
「グライツ君、気づいていると思うが……」
「病院で、合いましたから。俺は……守れなかったんです」
コレットとアルクが顔を見合わせ、バツが悪そうに目を伏せた。
「まあ、こちらとしてはメンツがわからん以上、手を出すわけにはいかない。エテルが回復してから行動を起こすつもりだが――」
「そういえば、解放軍って、なんか奇妙じゃありません?」
エヴァの言葉をさえぎったコレットに視線が注がれる。
「……どういうことだ?」
「だって、そうでしょう? 思想、目的ははっきりしてるのに、それに向けて動いているのが少なすぎますよ。今まで私たちが会ったのって、あの火傷の人と、レイナさん。それに、宵川流。明らかに少なすぎますよ、これ」
コレットが手近な紙に名前を書きながら説明する。
「確かに。これは……陽動?いや、それならばもっと格下を使う。なんで中堅をわざわざ命の危険にさらしてまで……」
「どんな目的が?」
アルクとグライツは顔を見合わせ、考え込む。
ミハエルとエヴァはつまらなそうに息を吐いた。
「大勢の人数が必要な何か、だな」
「ああ。例えるならこの街全体を対象とした魔法……懐かしいな。てっきりアネア条約とやらで封印されたと思ったが」
大きく伸びをして、エヴァが立ち上がった。
キイキイとフレームをきしませ、ミハエルが引き出しから銀色のリボルバーを取り出す。
「世界さま? 悪魔さま?」
「行くぞ、お前達。見当はついた」
「大規模展開魔法だよ。おそらく数百人態勢のものだろうな」
いまだ理解ができない、という3人は顔を見合わせる。
エヴァは扉を開け、外へとかけだした。
「つまり、要所を魔法陣で包み込んで攻撃するものさ。広範囲かつ無差別。シェズナもあれには苦しんだからな。おそらく範囲は街……いや、もっと狭い。これ以上ない宣伝になるものだ。たとえば……」
「魔法学区!!」
グライツがショットガンを握りしめ、ドアノブに手をかける。
「ウォル!あなたがそこに行ったらまずいでしょ!?」
コレットがそう言うと、アルクは自らの机から傷ついた仮面を取り出した。
「ぼくと姉上が行きますよ。兄上は世界さまを」
仮面を顔につけながら、アルクが言う。
「くっ……わかった。頼んだぞ、アルク、コレット」
グライツは心から残念そうにそう言い、かけだす二人を見送った。
「さて、グライツ君、ここの守備を一緒に引き受けてくれるかい?」
「もちろんです。ハイメロート公」
ショットガンに弾薬を装填し、グライツはそう言った。
――――
エヴァは街中を歩いていた。
早足気味で表通りを巡回し、エヴァは獲物を探し求める。
そんなエヴァには好奇の視線が注がれる。
ぼろぼろの黒いローブに、サーベルトでは珍しい金髪。
当然であろうか。
そんなエヴァの背後に、一人の男が近づいた。
「なあなあおねーさん、今ヒマかい?」
エヴァは自らの肩に乗せられる手を振りほどこうと男の顔を見つめ、目を見開いた。
短い茶髪にサングラス、おまけに耳にいくつもピアスをはめている「いかにもチンピラです」といった風貌の男エヴァの肩に手を載せていた。
「なんか厄介事があるんでしょーう?」
アルフィ・エンピシャスがエヴァに話しかけていた。
「ちょうど良かった。手伝え、バッドフォーチュン」
詳しい事情を説明するでもなく、エヴァはアルフィの腕を引くとそのまま歩きだした。
「っうおい! おねーさんってば積極的ぃ! おにーちゃんうれしくなっちゃうよ!」
走るような速度で歩くエヴァに皮肉を言いながら、アルフィは小走りでエヴァに並ぶ。
「んで、本当のところはどうしたってんです?」
サングラスの奥の瞳が真面目さを帯びる。
「解放軍の狙いというか、ちょっと最悪のパターンを考えてな。まあ、杞憂なら良いのだが――」
エヴァが小さくそう言うと、アルフィがうなづく。
「西のほう、あの寂れた高速道路のあるところで怪しい動きがありますぜい?」
「わかった。行くぞ」
エヴァがアルフィの手を引いたまま走り出す。
「くへっ!? はやすぎゃあしませんかい!?」
「息切れしたくなかったら真面目に走れ」
優に100メートルの世界記録は狙えるであろう速度でエヴァが走る。
基本的な肉体強化ならアルフィもできるのだが、なんといっても吸血鬼と人間では基礎の身体能力が違いすぎるのだ。
「ああもう! 本当についてないぜい!!」
アルフィがそう叫ぶと、エヴァがさらに速度を上げた。
――――
「で、来てみたは良いけど……」
中央市街南端、通称学校前通りと呼ばれるその場所は、小学生から高校生まで、さまざまな年齢の男女が行きかっている。
時刻は16時。ちょうど下校時間と言ったところだろうか。
アルクとコレットは人の波に逆らうように学校が集合している場所へと向かう。
人の波は途切れることなく、容赦なくコレットとアルクを阻む。
「校内には入れないでしょうね」
「んー……でも、それは向こうも同じだと思うの。だから、学校の周りでなんかやってる人を探せばいいと思うわ」
軽くアルクがうなづき、大股に校舎へと向かう。
もちろん、周囲への警戒は怠っていない。
長い一日が始まった。