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6-3

「ふいぃー。我ながら今日はがんばったぜい」

 孤児院の事務室、グライツの席に深く腰掛けているのはアルフィである。

「しかしシャンツェが深手をなぁ……」

「考えられませんわね」

 アルフィの隣には、エテルとエヴァが腰かけている。

 ちょっとしたハーレムが展開されているようだ。

「あいつただもんじゃないぜい? クローシャっていやあただでさえ無茶な野郎が多いんだがよう、あいつは間違いなく修羅場を何十回もくぐってる。そういう奴だね」

 コップに酒を注ぎながらアルフィが言う。

「それにしても、ずいぶん良いタイミングだったそうじゃないか。まさか影から見てた、なんてことは――」

「ヒーローってのは遅れてくるもんなんですぜ? ピンチで助けんのが一人前のヒーロー……って! これじゃあ俺がウォルっちが死にそうになるまで放置してたみたいに聞こえるじゃねえか!! 誤解ですぜ誤解! 俺っちがたまたま通りがかった時にやりあってやがったんですぜい!?」

 ゴゴゴ、と二人の女性から威圧をされたのがこたえたのか、アルフィはぺらぺらとしゃべりだす。

「……まぁ良い。まずはシャンツェを回復させて、それからだな」

「ええ。そうですわね。では私は今から兄上の――」

 エテルが立ち上がった瞬間、エヴァがじろりとエテルを見つめる。

「良い。休んでいろ、エテル」

 息を吐き、エヴァが冷蔵庫から缶ジュースをエテルに投げ渡す。

「は? で、ですが――」

「お前まで倒れたら、私はどうすれば良い?」

 エテルが短く息をのみ、深くうなづいた。

 くつくつとアルフィが笑う。

「なんってーか、あったかいっすね。こういうの。俺の知ってる裏の組織は皆、構成員を"替えのきく道具"だと思ってんですよ。でも、あんたたちは違う。うらやましいっすね」

 コップの中身を呑み、アルフィが言う。

「お前さえ良ければ、孤児院に来ても良いんだぞ?」

「いんや、そりゃああんまりにも世話をかけっちまいますから。俺みたいなやつは一人でいる方が良いんすよ。世界の為にはね」

 真面目な瞳がサングラスの奥から覗く。

「っとまあ、実際はこんなビジンさんが一杯のところにいたら俺のリミッターがブッ壊れちまうってのが理由なんすけどねー」

 けらけらと笑うアルフィに、エテルとエヴァはため息を吐いた。


――――


 ミハエルは自室にいた。

 木の机と椅子がひと組、残りが本棚という奇妙な部屋でミハエルは一通の手紙を読んでいた。

"親愛なるハイメロート准将殿へ"

 このような書き出しで始められた手紙は実に5枚にも及ぶものであった。

 差出人は、レオノーレ・リザ・フォルハート"中佐"である。

"だんだんと暑さが近づくこの季節、いかようにお過ごしでしょうか。こちらはもうすぐ豊穣祭が開催されます。毎年、このイベントが楽しみでなりません。

 さて、積もる話もありますが本題を話しましょう。

先日のあなたからの手紙を拝見しました。

解放軍は本当に厄介、というのが、私の見解であり、補佐のフリッツ・ゴールドバーグの見解でもあります。ついては、非常時に蒼い鳥とペンドラゴンの牙の使用も辞さないことをここに明記します。

もちろん、今すぐに、というわけではありません。「敵」がこちらに明確な敵意を見せたときは、国民にすべてを説明し、防衛を行う覚悟です。

 

 堅苦しいお話はここまでにしましょう。私も心苦しいのです。

非力な君主と思われても仕方ありません。ただ、誰であろうと血が流れるのは悲しいものです。

必要とされていない人間などいないのですから。

 お説教くさくなってしまいましたね。忘れてくださって結構です。

そうそう、この前アルテュールが――"


 このような内容が続いている。

 細長く整った文字で、しっかりと書かれていた。

 ミハエルは笑みを浮かべ、机の引き出しを開けた。

 机の中には様々なものが入っている。

 自らの名前が刻印された、銀のドッグタグ。

 黒く煤に塗れた、ねじ曲がった金属。

 そして、金の指輪。

 そのほかにもさまざまなものがつめこまれている。

 ミハエルはその中からインクとペンを取り出し、手紙の返事を書き始める。

 穏やかな笑みを、ミハエルは浮かべていた。


――――


 円卓があるだけの、真っ白な部屋。

 壁も、扉も、天井も、明かりさえも真っ白な部屋である。

 円卓だけが木の茶色を表している。

「痛むかね、ミスター・ヨイカワ」

 小柄な老人が、円卓を挟んで宵川に尋ねる。

 白い司祭服を纏った、老人である。

「……かたじけない」

 宵川は首を垂れる。

 目の周りには包帯がまかれている。

「何を言う。君は私にとって必要なんだ。最終的に私

キング

を守備するのは親衛隊

クイーン

だが、それらが役に立たないときには君

ルーク

が必要なのだよ」

 老人が掌をかざして魔力を集中していると、宵川は立ち上がった。

「おや?」

「世話はかけぬ。あのままであれば、拙者は殺されていた。一度は失った命。貴殿の為にささごう」

 宵川は手探りで刀をつかむと、部屋から出て行った。

 老人はため息を吐く。

 老人の目の前の円卓には奇妙なチェス盤があった。

 白の駒は盤のほとんどを埋め尽くしている。

 ほとんどがポーンであるが、3つのクイーンと6つのルーク、そして、4のビショップと10のナイトが存在 し、いちばん手前にはキングが一つ。

 たいして黒い駒にはキングがない。

 2つのクイーンと2つのナイト、そして、2つのポーンが存在するだけだ。

 そもそもこれはチェスとして成り立たないのだ。

 だが、老人は面白そうに自らの白い駒から1つのナイトを取り、床に落とす。

 ナイトには、レイナ・アーウィンの名前が刻まれている。

「こちらは1手につき1つしか動けないが、あちらはすべての駒を動かせる。組織が巨大化することの欠点だな」

 ふむ、とつぶやき、老人は白い駒を一つ取った。

「このポーンがプロモーション(成って)してしまうと、非常に厄介なのだが――」

 ポーンに刻まれた文字は、Mr.X。

 孤児院の死神を表す暗号であった。

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