6-2
街中で血しぶきが舞った。
黒い装束の男が糸の切れた人形のように前のめりに倒れこみ、何とか持ちこたえたようにたたらを踏んだ。
ぽたぽたと白い街路に赤い血が滴る。
血でぬれた刀を構えたのは一人の青年だ。
黒い髪に、黒い瞳。
若干浅黒い肌の上から東方、クローシャの和服を着こんでいる。
真っ白な上半身と比べると目を刺すような紅の袴、その足元にはわらじが見て取れる。
「ふむ。面妖な甲をまとっておるな?」
グライツは冷や汗を流しながら目の前の男を見る。
周囲の街人の視線を意に返さずに、ただ目の前の男と自らの体だけを意識に存在させる。
「貴様……」
「しゃべるでない。三寸程は切り込んだはずでござろう?」
男が刀でグライツの傷口を指し示す。
右肩から左の腰まで、赤い線が一直線にひかれている。
グライツの足ががくがくと震え、肩で息をするのが精いっぱいという様子だ。
「本来ならばそのまま切り落とせていたんでござるがなぁ。なんとも面妖。そしてなんと愉悦。拙者の初太刀を防いだのは貴殿で四人目でござる」
すぅ、と流れるような動きで男が刀を構えた。
自らの顔の高さまで柄を持ち上げ、そのまま顔の右横で構えたのだ。
「拙者名を宵川流と申す。貴殿と死合いたい」
空気が張り詰める。
周囲の人だかりもすっかりと黙ったが、勇敢にも警察官の何人かは警棒を振りかざしながら宵川に近付く。
「動くな! 貴様ここをどこだと思っている!? 真昼間の中央市街でこんな――」
瞬間、警察官は続きの言葉を発する間もなく首を刎ねられた。
分断された体は今は亡き首を捜すように傷口を触り、首は切り離された体を見つめていた。
そして、体が崩れ落ちると同時に首は白目をむいた。
「名乗られよ」
静かすぎる中央市街の一角に、宵川の声が通る。
野次馬さえも目をそむける光景の中で、二人の男だけは現実を見つめていた。
「通り魔に名乗る名は……持ち合わせていない!」
グライツが両手を広げ、自らの周囲に棘を展開した。
「ならばよろしい、名無しの。気づいておろう、貴殿の背に痛みにも似た快楽が駆け抜けていることを!」
グライツの口元がつりあがる。
ひどく邪悪な、ひどく醜悪な笑みであった。
「貴殿も戦闘狂か。ならば死合おうぞ。我こそは解放軍第一二部隊隊長!」
宵川が刀を横に振った瞬間、グライツの周囲の棘がなぎ払われるように吹き飛んだ。
「首刎刀の宵川よ!」
宵川はそのまま一歩踏み出し、グライツの股の間にまで足を踏み入れる。
そのまま横に回転し、横に振るった刀を下に降り下ろす。
「おぉぉぉぉッッ!!!」
「あぁぁぁぁっ!!」
グライツが足で地面を踏みつけると、それに連動したように土の槍が生え、宵川を襲う。
「ぐむっ!?」
わずかにうろたえたようだったが、宵川は刀を振り下ろした。
生えた土柱は賽の目状に切り裂かれ、グライツの足へと降りゆく。
周囲から悲鳴が聞こえるが、グライツは笑みを浮かべていた。
何かに気付いたのか、宵川は冷や汗を流す。
「貴殿!」
「遅い!」
グライツの体中から、細い魔力の糸が放出されている。
切られた傷口からも放出されているそれは、束になって宵川の目の下に突き刺さっていた。
「馬ッ!」
「落ちろ!! 暗闇の世界へ!!」
ブシュッ、という音とともに、宵川の顔から血が噴き出した。
「ぐおあぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
宵川が体を丸め、刀で糸を切断する。
「勝った……!」
グライツが安どの笑みを浮かべた瞬間、グライツの肩に銀色の刃が突き刺さり、肉を切り刻んで下方へと沈んでいった。
――――
「がはぁっ……」
「グライツ!!」
グライツはのろのろと状況を確認する。
「(右手……左……足は……よし、付いてる)」
「グライツ……よかった……」
グライツの横にはリエイアが腰かけ、ギュッとグライツの手を握っている。
白い部屋に、薬の臭い。
「心配したんだから……病院から連絡があって……グライツが通り魔に襲われて……」
涙声で話すリエイアの髪を優しくなでながら、諭すようにグライツは言う。
「大丈夫。いなくならないから。あなたをおいては行かないから」
「うん……うん」
その言葉に安心したのか、リエイアは涙をぬぐうとグライツの顔を見つめた。
「お医者さんを呼んでいただけますか?」
「うん!」
ぱたぱたと走りながらリエイアは廊下に飛び出す。
グライツは一人になった病室でため息をついた。
「(リエイアにだけは、関わらせたくなかったな)」
霞のかかる頭で考えるが、グライツは首を振る。
「(まあ、良いか。眠い……)」
うとうととグライツの瞳が閉じられようとした瞬間、病室の扉が開かれ、白衣の女が入り込んできた。
白衣の下に栗色のセーターをという、真夏では考えられないような格好をしている。
ただ救いなのは、下半身は白のプリーツスカートだということだろうか。
防寒具を着ていてもおかしくはない。
「ああ……また君か。そっち関係のことだと思って連れの子は廊下で待ってもらっているよ」
けだるそうに話すその女性の栗色の瞳の下には、大きなクマが二つできている。
物憂げな瞳はしっかりとグライツを見つめている。
彼女の名前はセレスタ・オース。
グライツのなじみの女医である。
「すいませんね……ところで、私をここまで運んでくれたのは?」
ベッドから起き上がろうとグライツが動くが、うめき声をあげてグライツはその動作を止めた。
「無理をしちゃいけないよ……ふぅ。まったく。左鎖骨から右わき腹までだよ? 普通なら縫合なんだけど、君はガムテープだからね?」
「えっ!?」
グライツが入院服をめくり、傷口を覗きこもうとすると、セレスタはふっと笑みを浮かべる。
「冗談だよ……ふぅ。ちゃんと止血バンドで留めてあるよ。傷はどうなるかは分からないが……まあ、いろいろと検査をしたけど、古傷はほとんど消えているね。良いことだが、気味が悪い」
セレスタが椅子に腰かけ、息を吐く。
「まあ、しばらくは入院かな。傷がふさがるまでは勘弁してくれ。っと、質問の答えだが、君の友達の……そう、アルフィだ。あの子が運んできたよ……ふぅ」
グライツが笑みを浮かべ、うなづいた。
「そう……ですか。ありがとうございます」
「良い。医者は直すのが仕事だ。君たちの反対だ。まあ、こちらから話をすることはないよ。まずはゆっくり休んでね……ふぅ。眠い」
ごしごしと目をこすりながら、セレスタは病室を後にした。
残されたグライツは目をつむったが、それは無情にもリエイアによって壊されることになった。