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6-1 ここから

 一人の少女がため息をついた。

 立派な玉座に腰かけた、年端もいかない少女である。

 黒のドレスを着て足のつかない椅子に腰かけた、輪廻の輪から外された存在の一人。

 シェズナ公国元首、レオノーレ・リザ・フォルハートである。

「ここのところため息をついてばかりですね」

 十二段の階段の下で控えるのは側近のフリッツ・ゴールドバーグである。

 ゴールドバーグ家はシェズナでは有名な家系であり、大多数の人物はコネなどなしに自分の力で国の要職に就いているのだ。

「……ミハエルから報告がありました。解放軍についてです」

 目を閉じながら、レオノーレはささやくように言う。

 玉座の間はフリッツとレオノーレ以外には誰もいない。

 陽光がステンドグラスを通り、淡い色合いの光で二人を照らしていた。

「内容は?」

「世界中に展開していますね。それこそ、総攻撃を受ければ今のシェズナでも危ういでしょう」

 その言葉に、フリッツは目を見開いた。

「そんな! 無礼ながら申し上げます! 我らが国は総兵力が人口の大国ですよ!?」

 跪いていたフリッツは立ち上がり、階段の上を見上げながら異議を唱える。

「今のシェズナでは、です。戦争中のシェズナでは容易に勝てるでしょう」

 レオノーレが苦しそうな表情で言う。

「は? つ、つまり?」

 理解できない、というようにフリッツが疑問符を浮かべる。

「場合によっては――ペンドラゴンの牙と蒼い鳥を再び軍事転用する、ということです」

「馬鹿げております!!」

 フリッツが立ち上がり、叫び声をあげた。

「両方とも"過ぎた武"であります!!」

「重々承知していますよ、フリッツ」

 にこ、とレオノーレは柔らかな笑みを浮かべる。

「あくまで、解放軍が我々に対して全面戦争を仕掛けたときだけです。蒼い鳥はまだしも、ペンドラゴンの牙は二度と引き抜かれる代物ではありませんから」

 レオノーレは天窓を見上げ、ステンドグラスを通した光を顔に浴びる。

「あの戦争で、多くのことを学びました。あの二つは、捨てるのも持つのも、持て余す代物です」

「異議を唱える余地もありません」

 再び頭を垂れ、フリッツが言った。


 ――――


 ミハエルは裏路地にいた。

 細長く切り取られた空を見上げ、ミハエルは目を細める。

「幸せとは常に近くにあるものだ、とは誰の言葉だったか」

 孤児院の入り口を少し出たところに一輪の花が咲いている。

 ひっそりと、誰にも知られることなく白い花を咲かせる花が、ミハエルはお気に入りだった。

「我らが君、どうか……どうかあの兵器だけはよみがえらせてはなりません」

 ミハエルは空を見上げ、昼間の月を見つめた。

 小さな小さな黒い点が一つ、うっすらとその影を浮かべている。

 蒼い鳥、と呼ばれる、かつての戦争の兵器であった。

 全部で十二機虚空に打ち上げられた、孤独な鳥のうちの一羽。

 誰が言った言葉だったか、あの鳥のエンジン音が悲鳴のように聞こえる、と言ったのは。

 一から十二番までの番号を振られた、それ以上でもそれ以下でもない兵器。

 その半生は、あまりにもあっけないものであった。

 かつてシェズナ本土の爆撃を行った、ケファウスの砲弾を破壊することを目的として作られた超精密衛星兵器であり、国土防衛のモーセウス計画の象徴であった。

 戦後は兵器をはずされ、世界中を飛び回る観測衛星となっているのだ。

 決して安息など許されぬ、死ぬことすら許されない蒼い鳥。

 ミハエルは深くため息をつき、花に水を与えた。

 雫が陽光を照り返し、白くきらきらと輝く。

 ふぅ、と息を吐いてミハエルは再び空を見上げる。

 カンッ、という金属の甲高い音がミハエルの後方から響いた。

 見れば、柄の悪い人物が数名、手に手に武器を持ってにやにやと気味の悪い笑みを浮かべている。

「お花遊びが趣味なのか?」

「良い年こいて良くやるぜジジイ」

「ボケが始まってるんじゃないのか?」

 さまざまな挑発の言葉がミハエルに投げかけられる。

「何か用か?」

 勤めて温和な声で、ミハエルが尋ねる。

「孤児院に用があってな。入口を開けろ、オイボレ」

「解放軍だぜ? 命が惜しけりゃとっとと施設に帰りな」

 ケタケタと笑いながら男たちはミハエルに歩みを進める。

 油断しきった、馬鹿げた顔である。

 ミハエルは一つため息を吐き、首を振った。

「おい、聞こえなかったのか?邪魔だからどけ、っつったんだぜ!!」

 男がポケットに手を突っこんだまま足をあげ、そのまま前に突き出した。

 低い前蹴りである。

 男の足がミハエルの胸の部分の白衣に触れた瞬間、男は全身を弓なりにのけぞらせてはるか後方へ吹き飛んだ。

「すまないね。どうもうまく調節ができなかったようだ。さあ、かかってこい。老練の魔法使いをナメるとどうなるのか、教えてあげよう」

 十メートルほど吹き飛び、昔は民家であった裏路地の壁に張り付くようにして男は絶命した。

 他の男たちは罵声と銃弾をミハエルに放つが、ミハエルの手前で銃弾はそれるか、クルクルとミハエルの周りを回転している。

「聞きたいことがあるのでな。少々痛むぞ?」

 ミハエルが白衣から銀色のリボルバーを取り出し、のんびりとリロードをする。

 銃弾がミハエルの体をかすめていくが、意に返した様子はない。

 カチンと銃身を戻し、ゆっくりと男たちに向けた。

 爆発音が六回響き、男たちは全員地面に倒れていた。

 威嚇射撃もない、冷徹な発砲であった。

 ミハエルは車椅子をきしませ、近くにいた男、唯一生き延びた男の傷口、大腿部に指を突っ込んだ。

「ぐおぁぁぁっ!!?」

 男が涙目で悲鳴をあげるがミハエルは気にしない。

「情報を寄越せ」

 冷たい声であった。

 ひどく冷たい声であった。

「仲間は売らねぇ!!」

 チンピラにしては気骨がある、ミハエルは心の中でそうつぶやくと、指を更に深く差しこんだ。

「っぎゃあぁぁぁっっ!!」

「情報を寄越せ」

 二度目の質問であった。

 瞳は蛇の瞳であり、声は氷点下を優に超えている。

「くたばれ。ジジイ!!」

 ミハエルはため息をついた。

 あまりにも剛毅。

 あまりにも勇敢。

 あまりにも、無謀。

「痛むぞ?」

 ミハエルが小さくつぶやくと、男が疑問符を浮かべる。

 次の瞬間、裏路地に絶叫がこだました。

 ミハエルは傷口の神経に微弱な電流を流し、痛覚すらもコントロールしているのだ。

 虫歯の数十倍の痛みが全身を駆け抜けているといえば理解しやすいだろうか。

 涙を流しながら男はミハエルの指を傷口から引き抜こうとするが、筋肉にも電流を流されているため体を動かすことすらできない。

「がは……!!」

「昔を思い出すよ。まったく」

 パチッ、と空気中に静電気のような音が響いたとき、男が叫んだ。

「俺が悪かった!!!」

 がたがたと震え、涙と泡にぬれた顔で、男が叫んだ。

「良い子だ」

 にっこりと笑みを浮かべ、ミハエルが言う。

「まずはじめに、だ。お前らのリーダーは?」

「ひっ……わ、わからないんだ! 本当だ! いつも電話で女の声で伝えられる! そいつかもしれねえ!」

 ミハエルが疑問符を浮かべる。

「女の声? あの女性は男の声と言っていたが……」

「か、階段状に序列ができてんだ! 俺らは下っ端の下っ端だ!」

 ふむ、とミハエルがひげをなでつける。

「お前はどうやって組織に入った?」

「か、勧誘されたんだ! 孤児院に恨みはないかって! た、頼む。もう許し――」

「どんな格好の奴にだ?」

 言葉をさえぎり、ミハエルが威圧する。

「ぐあ……お、女だ! 茶色いセミロングの髪が軽くカールした女だ!」

「特徴は?」

 なおもミハエルは聞き出す。

「と、とにかく普通の女だった! これと言って目立たねえ! どこにでもいそうな女だった!」

 ふむ、とミハエルは再びつぶやき、傷口から指を引き抜いた。

 血でぬれた指をミハエルが見つめ、少し考えてから言葉を紡ぐ。

「ふむ。ありがとう。おかげで一歩近づけた」

 ミハエルは反対方向に向けて進みだした。

 一人残された男はばったりと倒れこみ、昼間の月を見上げた。

 裏路地では白い花が、ひっそりと風に揺られていた。

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