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Intermission5

 グライツの家の中、キッチンにコーヒーの香りが漂う。

 普段はインスタントで済ませているのだが、ときどきこだわりぬいたコーヒーを作るのが彼のわずかな楽しみなのだ。

 豆、温度、タイミングを寸刻みで測り、自らが納得するコーヒーをゆったりと飲みながらしばらく物思いにふける。

 それが彼の楽しみであった。

「ま〜たやってるの〜?」

 既に日は高く上ったが、リエイアは今起きてきました、とでも言うように目をこすり、キッチンにやってきた。

 水玉の模様が入ったパジャマにかかる長い黒髪は、あちらこちらで寝癖がついている。

「ああ、おはようございます。これが楽しみで」

 くす、とグライツが笑う。

 テーブルには、苦めのチョコレートケーキと甘いコーヒーが載っている。

 本気でコーヒーを愛する人が見かけたら卒倒しそうな、コーヒーにミルクと砂糖を加えた、いわゆる「邪道」を満足げに口に流し込みながらグライツは目を閉じる。

「ほんとグライツってばコーヒー好きだよね〜。ボクは断然紅茶派だけど〜」

 ちらりとリエイアは壁にかかった時計を見ると、げっ、と小さくつぶやいた。

 ちなみに、時計の針は短い針が十一と十二の間を、長い針は六を示している。

「もうお昼かぁ〜。ずいぶん眠ってたな〜」

 ん〜、と大きく伸びをして、リエイアは椅子に着く。

「せめて着替えでもしたらどうですか?」

 静かに立ち上がり、グライツが昼食の支度を始める。

「いや〜。せっかくのお休みだしいいじゃないか〜」

 にっこりと笑みを浮かべながら、リエイアが言う。

 いつの間にか彼女の足元にはイリヤがすり寄っていた。

「おいで〜。イリヤ〜」

 リエイアの声を判断したのか、軽々とイリヤはリエイアの膝へと飛び乗った。

 グライツは先ほどまでコーヒーを飲んで、正確には飲みかけていたのでイリヤにはめっぽう嫌われている。

 軽く手を伸ばしただけでも全身の毛を逆立て、まるでこの世界開闢以来の一族の仇でもあるかのように威嚇している。

「そういえばさ、街に新しくお菓子屋さんができたらしいんだけど」

「午後から買い物にでもいきますか?」

 トーストにスクランブルエッグを挟みながらグライツが言う。

「マジ!? ありがと!」

 全身で喜びを表現しながらリエイアが応えた。

 寝起きだというのにハイテンションなリエイアに、グライツは小さく笑みを浮かべる。

 イリヤはお気に入りの場所であるリエイアの頭の上で小さく声をあげていた。


――――


 中央市街南端の学校前通りには、なるほど新しい店がオープンしている。

 この通りには学校と店しかないのだ。

 何せ土地を確保するために、周りには結構厳しい土地が待ち構えているためである。

 しかも、その土地も学校と国の誘致のごたごたのせいで、普通の土地よりも高い金額になっている。

 そんな場所に住むのは、よっぽどの世間知らずであろう。

 ただ、初等、中等、高等と、基本的な教育はこの通りだけで受けられるようになっているのは非常に便利である。

 そして、この環境は若年層をターゲットにした店には喉から手が出るほど欲しいものでもあった。

「これとこれと、それからこれを」

「あ、じゃあこれも追加!」

 まだ床のタイルがきらきらと光を返している店内で、グライツとリエイアはケーキを買っていた。

 店内は混んではいるが、それほど騒がしくはない。

 淡いオレンジの光が優しく店内を照らしている。

「おまたせいたしました。お会計は――」

「ああ、これでお願いします」

 グライツが財布の中から銀色のキャッシュカードを取り出し、店員に渡す。

 孤児院での稼ぎ、十四年間の膨大な金額の詰まったものである。

 もっとも、彼は入団当初孤児院は無償で仕事を行うのだとばかり思っており、初めての給料の多さに目を見開いて驚いたのはこぼれ話として語っておこう。

「そういやさ、グライツってお仕事何してるんだっけ?」

「警察官ですよ。教えていませんでしたか?」

 突然の質問に内心冷や汗を流しながらグライツは嘘をつく。

 孤児院も警察も犯罪者相手の仕事だから、と自らを納得させると、グライツはカードを受け取った。

 彼自信必要最低限のもの以外は買わない性質であるため、このまま働かなくても十分な程の貯えが入っていることは気づく由もない。

 ありがとうございました、という店員の声を背中に受け、グライツは駐車場のバイクにキーを差し込んだ。

「あー、お兄さん? もしかしてなんだけど……この前カフェの事件を片付けてくれた人?」

 グライツの心臓がとび跳ねた。

 できる限り冷静にグライツは頭をあげる。

 見れば、先日のカフェの際に銃撃された人物が元気そうに彼女を侍らせていた。

「ごめんなさいね、盗み聞きするつもりはなかったんだけど……警察官だって言ってたから。お礼を言っておこうとおもって。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 二人は深々と頭を下げる。

「いえ、私は当然のことを――」

「そういえばあの時のお連れの女性は? 同僚さんですか?」

 再びグライツの心臓が跳ねる。

 しかも今度はリエイアの方から冷たい視線も追加されている。

「ええ。その通りです。タレこみがあったもので捜査をしようと思ったんですが、どうも男の一人客はいないということを教わりましてね。意地悪な先輩と同期の悪友に嵌められまして」

 くすくすとわらうが、グライツは内心冷や汗をこらえるので必死である。

「ああ、なるほど。仲の良い御兄妹のようですね。それでは」

「また、縁があれば」

「ええ、ではまた」

 カップルの方は歩き出しグライツはようやく胸をなでおろした。

「ぐ〜ら〜い〜つ〜?」

 今度はグライツは本格的に冷や汗を流した。

 ぎぎぎ、と音がしそうなほどに首をリエイアへむけると、怒りをあらわにしたリエイアがグライツをにらみつけていた。

「いや、仕事上しょうがなく――」

「な〜んで兄妹って否定しなかったのかな〜?」

 ぴきぃっ、とグライツの思考が凍りついた。

 そりゃあここで恋人です、なんて云った日には警官=ロリコンの方程式が出来上がってしまうから、なんて口が裂けても言えないではないか。

「まだ気恥ずかしくて。リエイアは恋人です、と言った方がよかったですか?」

「む〜……まあいいや。そう言うことなら許す。でも、そのうちちゃんとしてよね?」

 グライツはリエイアにケーキの箱を渡し、バイクにまたがった。

 リエイアは箱を受け取り、グライツの背にしがみつく。

 願わくば誰にも会わないように、と、グライツはバイクのエンジンをかけ、魔力を流し込んだ。


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