5-8
スクリーンにド派手なB級映画が上映されるさびれた映画館に、黒の紳士服とソフト帽をかぶった人物がきしむ扉を押しあけて入ってきた。
その人物は暗がりの中で一人の女性の隣に座った。
ゆるくカールした茶髪の女性である。
カジュアルな服装に身を包んだ、どこにでもいそうな女性であった。
「あら、早かったのね。本当に指令通りにしか動かないわけ?」
スクリーン、正確にはスピーカーから爆音が響く。
言葉はすっかりとかき消されていた。
「吾輩の任務は終了である」
金属のこすれるようなきぃきぃという声を出し、黒の人物が答える。
「そ、ご苦労さま」
気のない返事をしながら、女性はスクリーンを見つめている。
「……」
「……」
沈黙が続く。
映画館とはいえ、人は十人もいないだろう。
まして、隣り合って座っている人間は二組とない。
「ねえ、前から聞きたかったんだけど、あなたのその顔、誰にやられたの?」
じろり、と炭の瞳が女性をとらえる。
「――聞いてどうなるのであるか?」
「別に。ただの興味よ。冥王ティタニア、烈風の使者、黒雲の王。私みたいな人間でもあなたの"伝説"は知ってるのよ?」
その言葉に、ティタニアは口元を釣り上げた。
ケロイドの皮膚が醜くつりあがる。
「カハハハ。それは光栄であるな。ご教授願いたいのであるが?」
ソフト帽を手で押さえ、ティタニアは笑う。
「風属性のエキスパート。ケファウスの生まれ。年齢は五十八才。戦争にも参加。かつて王国守備隊で汚れ仕事だけを受け付ける部隊、通称『デッドマンズ・チェスト』の部隊長を務めたが十三年間の勤続の末に除隊。以後行方不明。数年後、醜く顔を焼かれた"冥王"と名乗る男が裏の世界で有名になる。その彼の名は、ティタニア。奇しくも行方不明になった男の名前と一致。そのあとの足跡は身の毛もよだつような話ばかり。特に孤児院の死神とは一触即発の空気となったが――」
「もう良い。十分」
ティタニアがさえぎる。
「ずいぶんと詳しく調べたものであるな。どこに頼ったのであるか?」
「私、王立図書館の司書をやっているの。だから禁書、封印書は簡単に読めるわ」
スクリーンが暗転し、映画は終わった。
「でも、孤児院関係はすっかりお手上げ。なんたってメンバーの名前すらわからないもの。強烈な情報規制があるみたい」
「ハイメロートのせいであるな。あの男は世界中にコネを持っている」
ティタニアが杖をつき、立ち上がった。
「あら、もう帰るの? せっかく美人とご一緒にランチでも、と思ったんだけど」
「あいにくであるが、少々やるべきことがあるのである」
こつん、と杖をつくと、旋風と共にティタニアは消え去った。
――――
どん、とティタニアの肩がチンピラの肩にぶつかる。
中央市街から少し離れた街は治安が悪い。
「おいてめえどこに眼ェ付けて……ッッ!?」
「申し訳ない。少々呆けていた」
身長、体格では圧倒的にチンピラが有利だが、ティタニアの容姿と声を聞いた瞬間にチンピラは腰を抜かした。
「ひっ……!! め……! め……!! 冥王ぉぉぉぉ!!!?」
チンピラはがたがたと震えている。
「いかにも。吾輩ティタニアと云う」
ティタニアが杖をチンピラに向けると、まるでトラックにはね飛ばされたようにチンピラの体が真横に吹っ飛んだ。
音を立ててチンピラはゴミの山に突っ込む。
打ちどころが悪かったのか、チンピラは地面に突っ伏したまま動かない。
「人の顔を見て叫ぶとは、心外も良いところであるな」
こつ、と杖をつき、ティタニアは歩き出した。
――――
「オラァァ!!」
「くッ!?」
孤児院の地下、訓練場ではアルフィとグライツが戦闘訓練を行っていた。
物質変換能力とは言っていたが、それだけではないようだ。
グライツの土はことごとくぼろぼろと崩れおち、アルフィはグライツの砂の鎧を突き破ってグライツに有効打をたたきこんでいる。
「物質変換魔法! 本当に厄介だな!」
「なーにをおっしゃる! 魔法使わないでも俺様とどっこいかよ!!」
アルフィの前蹴りがグライツの鎧を溶かし、腹部に直に突き刺さる。
グライツが前向きに倒れこんだ隙にアルフィは距離をとり、拳を握りなおした。
「重たい鎧なんざ纏わないで、かるーくやろうぜい!」
アルフィの言葉に、グライツは笑みを浮かべた。
「後悔すんなよ!?」
グライツの装束の隙間からおびただしい量の砂が流れ落ちる。
常々彼が纏っている、超重量、高硬度の砂の鎧を解除したのだ。
「体力が続く限り、やりあおうぜい!」
「もちろんだ!」
その言葉とともに、二人は距離を詰める。
グライツの拳がアルフィの腹へ、アルフィの拳がグライツの顔へ突き刺さった。
――――
エテルの治癒魔法を二人仲良く受けた後、アルフィとグライツは事務室でくつろいでいた。
「ウォルっちずりーんだって。あんな分厚いもんいっつも着てんの?」
「あれがなければもう死んでるよ。ショットガンくらいなら三十センチくらいの距離で撃たれても生きていられる」
「うっへえ。お前本当にすさまじいことやるよな」
「危ない綱渡りだからな」
ふふ、とグライツが笑い、冷蔵庫から酒の瓶を取り出した。
「昼間だが、飲んでいけ。どちらにしろお前も解放軍から目を付けられているんだろう?」
「おお、気がきくぅ。まあこれからのことなんかどうしようもねぇわな」
男二人、透明なコップに透明な酒を入れ、軽くコップを同士を当てる。
チンッ、という透き通った音が孤児院に響いた。
嵐の前は、不気味なまでに静かであった。