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5-7

「あーあ、降ってきちゃったかぁ」

 灰色の空を見上げてコレットがつぶやく。

 どうしようかしら、ときょろきょろしているコレットにため息をつきながら、エテルは眼を閉じて小さく指先を動かした。

 とたんに二人をすっぽりと包むように透明な水の膜が出来上がる。

 まるで小さなビニールボールの中にいるようである。

「さすがね、エテル」

 コレットが自らの目の前の膜をつつきながら言う。

 ぷにぷにと弾力を持ち、触れた場所が波を打っている。

 優しくたたく雨粒が膜全体に触れ、さながら水溜りのよう波紋を浮かべている。

「私を誰だとお思いですの?」

「孤児院の月だろーう?」

 ふふ、とエテルがほほ笑んだとき、背後から若い男の声が投げかけられた。

 その言葉にエテルは鋭い眼をして振り向きながら、メイド服の背中に手を突っ込んだ。

 コレットは小さく詠唱を行っている。

「おおっと。そこまでだ。なーんもしなけりゃ俺ぁ手はださねえぜい?」

 短い茶髪にサングラス、おまけに耳にいくつもピアスをはめている「いかにもチンピラです」といった風貌の男が左手を前に出して制止する。

 夏だからであろうか、そのまま海にでもいけそうな、前のジッパーを開いたカーディガンと短パンを身につけてる。

 カーディガンの下には薄く線の入った腹筋がのぞいている。

「露出狂!?」

 コレットが叫ぶ。

 ぺたぺたとサンダルの音を立てて近づきながら男が肩を落とす。

「そりゃあさすがに失礼ってもんだぜお譲ちゃん……」

 まじめに落ち込んでいるようだ。

「――あなた、解放軍」

「ぶぅえっくしょぃぃ!! 雨降るなんて聞いてねえぞ天気予報のバカヤロウ!!」

 エテルが鋭い瞳を向けながら男に尋ねた瞬間、男が盛大なくしゃみをしてジッパーを閉じた。

 しかも曇り空に向けて右手を突き上げて叫んでいる。

「うぉぉお! 足さむっ!! 中学んときの冬場の女子の気持ちがわかるぜい!  あいつらストーブの周り占領してちくしょうめとおもったがこれならしょうがねえな。まったく」

 エテルの言葉を真っ向からかき消し、どことなく大物の雰囲気を漂わせる男である。

「おっとっと、自己紹介がおくれっちまった。聞いて驚けい! 俺の名はアルフィィィ・エンピシャァァァス!」

 両手を広げながら、しかも自らの名前に無駄なビブラートをかけて男が言う。

 エテルはじりじりと後ずさり、コレットのそばに寄った。

 気持ちは分からなくはない。

「あ、ちなみに今日二十一歳ピチピチの独身。彼女大募集中。好きな食べ物はオムライス。趣味はサーフィンで好きなタイプは――」

 はあ、とエテルがため息をつき、背中から無骨な銃を取り出した。

 銃身に桜の花びらの模様があしらわれたそれは不気味に黒く光っている。

 アルフィの顔が変わった。

「うぉぉい! ちょちょちょちょいまち! こんな場所でそんなもん出すんじゃないよお譲ちゃん!」

 どこかおどけたようで、どこかおびえたような男である。

「ねえエテル、この人知ってる?」

「……どこかで聞いたような。異名の方が有名なのかもしれませんわ」

 チャキッ、とG-66を構えながら、エテルが答える。

「おいおいおいぃ。そりゃああんまりだぜえ」

 銃を向けられているのに、男はおどける余裕があるらしい。

「そんじゃあ割と真面目に名乗ってやるかな。アルフィ『バットフォーチュン』エンピシャスだ」

 ああ、とエテルが小さく声をあげた。

「ついてない、エンピシャスですわね。思い出しましたわ」

 その言葉にエンピシャスがずっこける。

 かっこよく決めただけに台無しである。

「ついてないって何が?」

「バッドフォーチュン、不運、ついてない、ですのよ。風の噂では、悪戯しすぎたせいで本当に"付いてない"という話も……」

「あらら……その、ご愁傷様」

「ついとるわ!! ついてないけどついとるわ!!」

 地団駄を踏みながらアルフィーが叫ぶ。

 濡れた地面に足を取られ、アルフィーがすっ転んだ。

「っでぇぇぇ!! ちくしょう! 本当についてないぜえ!!」

 頭を押さえて転がりながらアルフィーが叫ぶ。

 はあ、とため息をついてエテルが近寄る。

「して、本題はなんですの? そんなチンピラみたいな恰好でこんな場所を通るだなんて、殺されても文句は言えませんわよ?」

 すくっ、とアルフィーが立ち上がった。

「ぐう……。ま、まあ良いさ。うん。お兄ちゃん大人だからな。うん」

 顎に手を当てて一人うなづくアルフィーをみて、エテルとコレットはため息をついた。

「さぁて、本題なんだけどここじゃあちぃっとばかし耳が多い。孤児院に連れてってくれないかい? ああ、安心しとけ、ウォルっちにききゃあすぐわかるぜい」

「その必要はありませんわ。お連れします。コレット、先に戻って連絡を」

「わかった!」

 コレットが孤児院に向けて走り出す。

 アルフィーとエテルはゆっくりと歩き出した。

「孤児院の月、ねぇ。まっさか本当にこんなチビっこだったとはなー」

「ついてないエンピシャスがこんな人だとは思いませんでしたわ」

 互いに互いを見つめあい、そんな言葉を紡ぐ。

 雨にぬれたからであろうか、二人を冷気が包み込んだ。

「さーむっっ!! ったく! 本当についてないぜい!」


――――


「そうかそうか。あの男か。懐かしいな」

 ミハエルが笑みを浮かべ、コレットの話を聞いている。

「なんてゆうか……怪しげな人でした」

「まああいつはそういう奴だ。やるときはやるらしいがね」

 がちゃっと孤児院の扉が開かれる。

「お連れしましたわ」

「おっじゃまっしまーす。っと! ミハエルさん久しぶりっすね!」

「おお、相変わらずのようで安心したよ。グライツ……ウォルフガングなら今任務でね、昼には帰るはずだが……」

 ミハエルがひげをなでつけていると、がちゃりと扉が開かれた。

「騒々しいぞ、何事だ」

 濡れた髪をタオルで乾かしながらエヴァが尋ねる。

 黒のローブをだいぶたくしあげているため、膝上十センチほどのワンピースをはいているようである。

 そんな妙齢の女性を若い男が放っておくはずはなかった。

「うぉぉぉぉ!? すっげえ美人さんじゃないっすか!! ミハエルさん! 一体どういうことっすか!? まさかのアレですか?! そういう大奥計画ですか!?」

 勝手にギアがトップに入っているらしい。

 冷めた目の女性三人組を気にもせず、アルフィはミハエルを質問攻めにしている。

「あー……少し落ち着いた方が良いぞ? うん。特にこいつの前では……」

「良い、ミハエル。さて、孤児院に何用だ? 若造」

「若造なんてツレナイ言い方しないでくださいよう。あ、俺アルフィっていいます。バッドフォーチュンって異名も……」

「ん? ああ、ついてない男か。なるほどなるほど」

 風呂上がりの芳香を放ちながら、アルフィをミハエルの向かいに座らせ、エヴァはミハエルの隣に座る。

「んで、おねえさんの名前はなんつーんですか!?」

 どうもぴったりはまったらしい。

 エヴァンジェリンがあきれたように息を吸い込んだ瞬間、孤児院の扉が開いた。

 グライツとアルクが一人の女性を引き連れ帰ってきたのだ。

「おお! ウォルっち! ずいぶん久しぶり……って、お前なんでお姉さん連れてきちゃってんの? アレなの? 大奥計画の一歩なの? お前これ以上女の子にモテるんだったらお兄ちゃんいい加減怒るよ?」

「あー……まあ、色々あってな。そうだ、お前にも協力を頼みたい。ラッキーボーイ・アルフィ」

 何が何だか分からない、といったアルクをエテルが引き寄せながら、情報収集が始まった。


――――

 

 孤児院の玄関口であり、簡易修練室も兼ねている部屋、机がひと組あるだけの部屋で、レイナの尋問がおこなわれていた。

「……解放軍の目的は、この腐った世界を変えること。そのためには、一度すべての"古い考えの人間"を消去しなければならないの」

 エヴァとエテル、それにコレットがレイナの尋問をしている。

「古い考え?」

 壁に寄り掛かっているエヴァが尋ねる。

「ええ。正義だ悪だ、と区別をする人間よ。だから必然的に孤児院を囲む形になったの。解放軍の中には、それが目当てで参加してる人たちもいるみたいだけど」

 尋問にしてはあまりにも無防備である。

 レイナは手錠はおろか、杖さえ取り上げられてはいない。

 だがそれは――反抗したら殺す、ということでもあるのだ。

「……あなたたちのボスは?」

 レイナの向かいに座っているコレットが尋ねる。

「名前はわからないわ。いつもボスの指示はアジトに電話で伝えられるの。男の声だけど、それがボスかは分からないわ。私みたいに末端の構成員だと、そんなところなのよ」

 嘘は言っていない瞳だ。

「じゃあ、お前よりも上の奴らを引きずり出すにはどうしたら良いか教えてくれないか? 私はこの場所が気に入っているからな、下手に争ってここを壊したくはないんだ。話し合いで解決できるようなら……」

「無理よ。もう賽は投げられたわ。解放軍は世界中に展開しているし……」

 難しい顔をしてエヴァが考え込んだ。

「あの、ひたすら下部組織の連中を狩るだけではだめですの?」

「シャンツェとアルクの話だと、罪の臭いが感じられないそうだ。若いの、アンタ人を殺したことは?」

 じろりとエヴァがレイナを見つめる。

 一切の嘘を許さない瞳である。

「あるわけないじゃない。ついこの前までは病院で看護師してたのよ?」

 ふふ、と笑いながらレイナが言うと、コレットもつられてほほ笑んだ。

「……でも確かに、言われてみれば罪の臭いがありませんわ。こうなると本当に厄介ですわね……私たちの嗅覚ならば犯罪者は容易に見つけられますけれど――一般人は無理ですわ。背後を取られたらおしまいですものね」

 息をつきながらエテルが眼を閉じる。

「ところで、この人どうするんですか?」

 レイナの体が硬直する。

「好きなようにさせる。あいつらと本気の殺し合いがしたいのであればそのようにさせるし、生き延びたいのであれば生かしてやる。罪人以外を手に掛けるのは私の正義にも反するからな」

 その言葉に、ほっ、とレイナが胸をなでおろした。


――――


 事務室では残されたグライツとアルフィが何やら話しあっていた。

「いー加減教えてくれよーう。あのお姉さんはなんなんだーい?」

 アルフィはグライツに肩を組み、しつこくそんなことを聞き出している。

 グライツも背は高い方なのだが、アルフィは百九十はあるだろうか。

「その前に、だ。お前、解放軍という組織を知ってるか?」

 その言葉に、お茶らけていたアルフィの瞳が真剣さを帯びた。

「この前執拗に勧誘されたよ。美人なおねーさんに誘われたんで喫茶店行ったらぱっと見であぶねえとわかるおっさんが出てきてよ。本当についてないぜ」

 ごそごそとカーディガンをあさるが、もちろん内ポケットなどない。

「ウォルっち、タバコもってる?」

「健康には気を使え。肺を病むと辛いぞ?」

「いーのいーの。俺ってばなんでか知らんけど不幸な分体めっちゃくちゃ丈夫だからさ」

 そう言うとアルフィは自らの人差し指の先端に口をつけた。

 触れるだけのキスのように唇を当て、軽く息を吸い込むと指先からタバコ臭い煙が上がる。

「本当に便利だな、お前の魔法」

「なんてったって物質変換よ。まあ、そのおかげで他の魔法はからっきしなんだけどねー」

 紫煙を吐き出しながらけらけらとそう笑っていると、アルクとミハエルが分厚い資料を持ってやってきた。

「なんすか、それ」

「名簿だよ。解放軍の物と照合していたんだ」

 ぱらぱらとページをめくっていくと、だんだんとアルフィの顔が曇ってゆく。

「なんっつーか……裏の人間大集合っすね」

「ああ、そうとも。冥王、処刑人、吸血鬼狩り、それに確認したらスカーフェイスと掃除屋もいたよ」

「うっへぇ。無駄に豪華なメンツっすね」

「ゲスト(ぼくたち)を楽しませるには物足りませんけどね」

 アルクが事務室の席に腰かけ言うと、アルフィがほほ笑んだ。

「こいつぁ驚いた。この坊ちゃん将来大物んなるぜい?」

 わっしわっしとアルクの銀髪をかき混ぜながらアルフィが言う。

 アルクもまんざらではないようで、眼を細めてされるがままになっている。

「俺と同じくらい強いんだ。当然だろ」

 冷蔵庫からジュースと酒を取り出しながらグライツが笑う。

 コップを四つ置き、アルクとグライツにはジュースを、アルフィとミハエルには酒の瓶を置いてゆく。

「っへぇー。じゃあ俺なんか太刀打ちできねえや。孤児院ってのはいつからチートの集団になったんだい?」

「そう言うお前も大概だろラッキーボーイ。マシンガン零距離で食らってもピンピンしやがって」

「んや、ありゃあ俺の魔法だ。物理攻撃なら俺ぁ死なねえからな」

 その言葉に疑問符を浮かべたアルクをみて、アルフィは笑みを浮かべた。

 人懐っこい笑みである。

「よっし。んじゃあ実際に見せてやんよ。おいウォルっち――」

 ドン、という爆音が響き、アルフィが壁際まで転がった。

 いつの間にか握られていたグライツのショットガンからは煙が立ち上っていた。

「っでぇぇぇぇぇ!! てめえウォルフガング!! いくらなんでもためらいなしで撃つバカがあるか!? タンコブできたらどうするつもりだコラァ!!」

 アルフィは撃たれた腹ではなく、頭を押さえて立ち上がる。

「え?」

「こいつの魔法は特殊でな。属性には分けられん奴だ。物質変換魔法……だったか?」

「ああ、そうだよ。ってぇー……お前って本当容赦ねえのな」

 栓抜きで酒の瓶を開け、アルフィがコップに液体を注ぐ。

「でも、どうやって?」

「銃弾が肌に触れる少し手前で変化させてんのさあ。今は銃弾を窒素に変えた。つまり空砲にしたわけよまあ、結構な量を作っちまったわけだから吹っ飛ばされたわけな。どういうわけか質量保存の法則だったかには干渉しきれてねえからなあ。魔術師崩れ、ってとこかい?」

 アルフィーが適当な席に腰かけ、資料を覗きこんでいる。

「それで、君はどうして裏路地何かに?」

「あ、そうそう。そのことっす。解放軍のこと、知らせておこうと思いましてね。なんつったって孤児院は裏の奴らにとっちゃあ――絶対に逃げることのできない悪魔っすから」

「間違ってはいないな」

 口元を釣り上げ、ミハエルが言った。


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