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5-1

 一人の男が歩いていた。

 全身が黒い男であった。

 髪も、服も、靴も、瞳も、肌でさえも黒い男であった。

 黒ぶちの眼鏡をかけた、下着でさえも黒そうなその男は、街はずれの邸宅を訪れていた。

 一つ呼吸をして、魔道ベルをならす。

 軽い足音が聞こえ、扉が開かれる。

 中から現れたのはグライツであった。

「初めまして。サーベルト第四魔法学校のエドガー・キューと申します。家庭訪問に参りました」

 エドガー・キュー。

 それが黒い男の名前であった。

「ああ、遠いところをわざわざどうも。おあがりください。散かっていますが」

 Tシャツにジーパンというラフな格好のグライツが手で屋内に導く。

 グライツの言葉とは正反対に、きれいに屋内は片付いていた。

 応接室に案内し、グライツはコーヒーを用意する。

「お構いなく。さて、リエイア・シューリエーさんですが……」

 事務的に会話が行われる。

 まとめて言うと、活発でくせのない少女で、先の魔法テストでは優秀な成績だった、ということである。

「鼻が高いですね」

「事実、ですから」

 二人はしっかりと互いの目を見据える。

「それでは、ごちそうさまでした」

「いえいえ。お構いもしませんで」

 エドガーが立ち上がり、グライツも立ち上がる。

 頭を下げて、グライツがエドガーを見送った。


――――


「エドガー・キュー……!」

 グライツの背中に悪寒が走りぬけ、冷や汗が流れおちた。

「黒炎……焼却屋のエドガー……!」

 彼の異名の一つであった。

 裏の世界では有名な男である。

 いや、あった、というべきか。

 ケファウス出身の男で、類稀なる錬度を誇る炎使い。

 共和国守備隊に所属し、共和国令でさまざまな「表にできない任務」を冷徹にこなしてきた男であった。

 しかし、彼は決して殺しを楽しんでなどいなかったのだ。

 いつか孤児院にほしいものだ、とミハエルがいつか言っていたのをグライツは覚えていた。

 しかし、どういうわけか彼は数年前からぴったりと足跡を消していた。

「手を伸ばせば触れられる距離にいたとはな。だが……俺が手を出すような問題じゃない。炎使いは……アドラーだけ……あのクソ野郎だけ殺ればいい」

 いつもからは想像できないほどの汚い言葉がグライツの口から吐き出された。

 アドラー・シャレイオット。

 グライツの過去の元凶であり、彼が焦がれるようにその命を欲する男であった。

「胸糞悪い……行くか……晴れているし」

 そう言うとグライツは厚い装束を着こみ、ガレージのシャッターの裏側から孤児院へと歩き出した。


――――


「おはようございます」

 けだるそうにグライツが言うと、エヴァとミハエルが挨拶を返す。

 ショットガンをミハエルに構えた男を挟んで、たわいもない話が続けられた。

「おい小僧。テメェも死にた――」

「申し訳ありませんが、孤児院内部への武器の持ち込みはご遠慮ください」

 その瞬間、男のショットガンが火を噴き、グライツが壁にたたきつけられた。

「シャンツェ!?」

「グライツ君!?」

 さすがの二人もあせっている。

 何のためらいもなく、顔色一つ変えずに引き金を引いたのだ。

 ミハエルは口元に銃を押しつけられ、口を開くことができないでいる。

 エヴァがグライツのもとに小走りに向かうが、にやりと口元を釣り上げた。

 ゴキッ、という音とともに男の顎がぐるりと横に回り、真上を向いた。

「ご……ッ!?」

「はァい注目」

 上を向いた顎をつかみ、狂気を瞳に浮かべたグライツが言う。

 ガクガクと男の足が震えている。

「持ち込みは禁止なんですよ。ご理解いただけますかァ?」

 白目をむいて口から血を流している男に向けてそうつぶやく。

 まるで人形のようにつられている。

「なァんだ。壊れちゃったんだァ?」

 くつくつくつ、という笑い声をあげながらグライツが顎を離すと、文字通り糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。

「グライツ君……?」

「ああ、ご心配なく。先日の薬莢爆発で学習しましたので」

 グライツが装束の胸のリボンをほどき胸を露出すると、細かい砂の鎧に食い込んでいる何発もの鉛色の銃弾が見て取れた。

「厚さ五ミリから十ミリへ。魔力で圧縮した高硬度の砂の下に柔らかい砂をまとっていますのでなかなかに 頑丈です。衝撃が少しばかり辛いというのは相変わらずですがね」

 自慢げにグライツが言う。

 どうもいつもの彼ではない。

「……少し落ち着け。ああ、そうだ。コレットが呼んでいたぞ。頭を冷やしてこい」

 ため息をつきながらエヴァが言うと、グライツは両手を軽く広げて笑いながらコレットの部屋へと向かった。


――――


 なめらかな扉を開け、グライツがコレットの部屋に入り込んだ。

「こんにちわ。昼飯一緒にどうだ?」

「あなたねぇ……入っていきなりそれ?」

 部屋の中に甘い紅茶の香りが漂っている。

 あきれたような眼でコレットが言った。

「そう言ってくれるな。この間の埋め合わせだよ」

 その言葉に、コレットは短く声をあげた。

 先日、グライツがリエイアに告白するかしないかでウジウジと悩んでいた時のことである。

「律儀なのね」

「約束は守るさ。どうする? 別の日にするか?」

 グライツが残念そうに言うと、コレットがほほ笑む。

 窓の光で金色の髪が輝いている。

「あなたが乗り気ならもう断る理由はないわよ。その様子だと、リエイアちゃんとはうまくいってるんでしょ?」

 コレットが立ち上がり、服のしわをなでつけている。

「なんで皆そのことばっかりなんだ……まあ良いさ。準備が終わったら事務室に」

 空気を呼んだのか、グライツはドアを閉めた。


――――


 すでに死体はすっかりと片付いていた。

 もともと何もなかったかのように、血も、砂も、何もかもが消え去っていた。

「……前々から疑問に思っていたのですが、ハイメロート公の能力はどこに消しているので?」

「うん? ああ、どこでもない場所につなげているのさ。時間も空間も存在しない場所につなげている。詳しいことは私もわからないがね。わかっているのは、触れるとその部分が消え去るということだけだ」

 ミハエルの空間魔法の精度の高さがうかがえる言葉である。

 もしも、ほんの少しでも調整が狂えば、孤児院自体が消失してしまう。

「ああそれと、卿、昼はコレットと一緒に外で食べてきます」

 グライツがエヴァに向き直る。

「頭、冷やしたのか?」

「ええ、しっかりと。今日は少し厄介事が多くて」

 吐き出す息に乗せてグライツが言うと、コレットの部屋の扉が開けられた。

 薄いピンク色のブラウスにチェック入った薄い水色のスカートのコレットが現れた。

 どうも彼女は全体的に薄めの色が好みらしい。

「気をつけて行って来い。遅くても夕飯までには帰ってこいよ」

「エヴァンジェリンさん、お母さん見たいですよ、それ」

 思わずコレットが突っ込むと、エヴァが顔を真っ赤にして叫んだ。

「早く行ってこんかーっっっ!!」


――――


 数分後、逃げるように走った二人は一軒のカフェにいた。

 エテルやコレットのお気に入りとは正反対の、にぎやかな場所である。

 周りはほとんどが男女のペアで、残りわずかは女性のグループである。

 つまり、先日コレットが話していた「カップルだらけのカフェ」なのだ。

「なんでここにしたのよ……」

「ここならばある程度の音はかき消える。それにうそかまことかわからんような話題が飛び交っているからな。やれ吸血鬼をみただの、ベヒーモスを殺しただの……」

 心底あきれたようにグライツがつぶやく。

「でも、あなたならやりそうよね、ベヒモ狩り」

「できる、と言えば嘘になるな。後先考えずにやるならばできるかもしれない」

 く、く、く、と笑いながらグライツが言う。

「……なんていうか、あなた変わったわよね」

「どこが?」

「なんて言うのかしら、私が初めて会ったときは、ネガティブシンキングの典型みたいに暗ーい顔して沈んでたけど、今は憑き物が落ちたみたいに見えるわ。リエイアちゃんのおかげ?」

「ああ、そうかな。あいつのおかげでずいぶん楽になった。笑うことも増えたよ」

 ふふ、とグライツが笑う。

「おノロケは結構。あなたは何飲むの?」

「惚気てなんかいない。コーヒーだ、アイスの」

 コレットが近くを通った店員に注文をしている。

 割と抜け目がない。

「でも、前よりは断然良い顔になったわ。それは断言できる」

「ありがとうな。本気で俺をほめてくれるのはほんの数人しかいないから素直にうれしいよ」

 グライツが頭をかきながら笑みを浮かべている。

「……なーんか変な感じね」

「グライツ、だからな。ウォルフガングであればこれほどまでにはならん」

 グライツが声をひそめる。

 さすがにこういうことは徹底しているようだ。

「お待たせいたしましたーアイスティーとアイスコーヒーになりまーす」

 ふわふわとした感じの店員がトレイに乗せられた飲み物を置き、一礼して去っていく。

 ちらり、とグライツをみて、頬を染めていた。

 その店員はぱたぱたと下がり、何やら他の店員と黄色い声をあげていた。

「……あなた、すっごいモテるでしょ?」

「うん?」

 突然の言葉に理解できず、グライツが聞き返す。

「……まあ良いわ。うん、あなたは何にも悪くないわけだしね」

 コレットが紅茶にミルクを垂らし、ストローで一口口に含む。

「一体どういう……」

 しばらく考えたようだがグライツは首を振り、ミルクとガムシロップをコーヒーに入れた。

「意っ外。あなた絶対ブラック派だと思ってたわ」

「あんな苦いものを好き好んで飲む奴の神経がわからないよ。多少子供っぽいと言われようが俺は自分が幸せになれる方を飲むね」

 黒から褐色へと変化したものを一口口に含み、グライツが言った。


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