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Intermission4

 さんさんと太陽の光が降り注ぐ街中で、明らかに異質な青年が一人歩いていた。

 上から下まで眺めても黒黒黒、黒づくめの男である。

 瞳も、髪も、靴でさえも黒である。

 だが、皮膚は驚くほど白かった。

 顔立ちと身長が男だとつげているが、皮膚だけを見れば女のような肌である。

 彼、グライツは心底嫌そうに、まるで体を倒すようにして日差しと熱を直に吸収しながら通りを歩いていた。

 手にぶら下げているのは、買い物袋であった。

 グライツは光に目を細めながら、街の裏路地へと歩いて行った。


――――


「ただ今戻りました」

 吐き出す息に乗せるような、力のないグライツの声が孤児院に響く。

「ああ、お帰り。すまんな、便利に使って」

 孤児院にいたのはエヴァ一人だった。

 ミハエルと双子は急な用事で出かけているし、コレットはまだ寝ているというから驚きである。

「この暑さ、何とかならないものですかね……」

 崩れるように椅子に腰かけ、着込んだ装束を着崩す。

 まだ二十才だが、独特の色香というかフェロモンというかが汗と一緒に服の間から染み出しているようだ。

 なるほど顔立ちは上等であり、視線や態度も一人前のものである。

 割と全方位にモテるのだろう。

 実際、買い物に向かう最中に三回、買っている最中に一回、帰ってくる最中に二回逆ナンされているのだ。

「そうはいってもな、毎年のことだ。熱いなら全裸になってもかまわんぞ」

 がさがさと買い物袋をあさりながらエヴァが言うと、グライツがハッ、と喉を軽く鳴らした。

「さすがに私も、まだ羞恥はあります」

「言うようになったじゃないか。昔はよく一緒に風呂に入ったもんだがなぁ」

 眼をつぶりしみじみとそんなことを言い出すエヴァから袋の中身を二,三失敬すると、グライツは取り出したジュースの瓶に口をつけて中身を飲み始めた。

「お前。背はいくつになった?」

「百八十一.五センチですが」

 とん、とビンを机に置き、吐き出す息に乗せてグライツが言う。

 部屋がわずかに甘い香りに包まれる。

「ほう。じゃあ体重は?」

「六十七.三キロ……でしたかね。七十は行っていないはずです」

 こめかみに指を当ててグライツが答える。

「はっ、その身長でそれは痩せすぎだ。もっと太れ」

 エヴァが袋の中からビンを取り出し、一気に流し込む。

「……では、卿の体重はいかほどで?」

 むせ返る声とともにエヴァがビンを机に打ち付け、真っ赤な顔で咳をしている。

「……お前、紳士かと思えば変なところでアレなんだな」

 ため息を吐き、ビンの残りを流し込んでエヴァが言う。

「紳士であるつもりはありません。ただ本当の自分をさらけ出すのが怖いだけ。臆病者なのですよ、私は」

 自嘲気味にそう呟き、グライツがビンの残りを少しずつ飲みほしてゆく。

「……少なくとも、この私に面と向かっても冷や汗をかかずにいられるやつはチキンじゃない。珍しいじゃないか。お前が自嘲するなんて」

 頬杖をついてエヴァが尋ねる。

「寝不足なだけです。少々事件の整理が……」

「ああ、なるほどな。お前若いからな。リエイアちゃんの相手をしてるんだな」

「なんでそういう風になりますか!?」

 珍しく大きな声を出してグライツが言う。

「ん? 私は何も言っていないぞ? 相手をしている、と言っただけだ」

 にやり、とエヴァの口元がゆがんだ。

 反対にグライツの顔は赤らんでゆく。

 肌が白い分、一層朱がつよい。

「く、く、く。本当にお前らというか、私の周りの男どもは一途だな」

 肩を震わせてエヴァが言う。

「――少なくとも、交際をしている女性がいる以上はほかの女性をどうこうする、という趣味はありませんよ」

 顔を赤らめたままグライツが言う。

「ああ? 私をどうこうしたかったのか?」

 その言葉と同時に、グライツが背もたれごと後ろに倒れこんだ。

「卿、私、ユーモアのセンスはありません。それに、あなたをそのような対象とは……というか、妙齢の女性がそのようなことをおっしゃらないでくださいよ」

 頭と腰をさすりながらグライツが立ち上がる。

「本当にお前からかうと面白いな。今までどうして気づかなかったんだろうな」

「その方が私にとって幸せだからですよ。ある程度の話はともかくとして、リエイア関係の話はいかにエヴァンジェリン卿といえどご勘弁していただきたいですね」

 かしゃん、と軽い音とともに椅子を立て、グライツはコーヒーを作り始めた。

「ああ、わかったわかった。私もこの前コレットに散々ゆすられたからな」

 やれやれ、とエヴァが息を吐き出し、後ろ手に手を組んで椅子に深く腰掛ける。

「そういえば、どうですか、コレットは」

 コトリ、とエヴァの前にアイスコーヒーを置き、グライツが尋ねる。

 置いた後で自分のものを作っているようだ。

「ん? どう、とは?」

「孤児院的に、ということですよ」

 スプーンでカップをかき混ぜながら、グライツが座る。

「戦力は悪くない。テストでお前を追い詰めた、魔力糸まで使用させたんだからな」

 コーヒーを口に含み、エヴァが言う。

「だが、あいつは甘すぎる。人の痛みをわかるが、エテルのように無情にもなれずにいる。それは孤児院向きじゃない。孤児院的な判断としては、あいつは二線級だ」

 冷たい言葉がエヴァの口からコーヒーの香りとともに吐き出される。

「だが、個人的には、あいつは好きだ。戦力はどうでもいい。ここには私含めバケモノしかいない。必要なのは常識人だ。人を殺すことにためらいを覚え、いつまでも恐怖が消えないような奴が要るんだ。殺しになれたら、死んだ方がマシだ」

 口元を釣り上げたエヴァがそう言うと、グライツが深くうなづく。

 同時にコレットが部屋から出てきた。

「おはよう。コレット」

「おはよう」

 グライツとエヴァが眼をこするコレットに挨拶をする。

「ふあ……おはようございます……」

 まだ起きたばかりで焦点のさだまらないコレットが言う。

「もう昼だぞ。いくら休日だと言っても寝すぎだ」

 あきれたような眼でエヴァがつぶやく。

「まあまあ、疲れているのですよ。コレット、もうすぐ昼飯の時間だ。ハイメロート公と双子が帰ってくるまでは空腹を我慢してくれ」

 穏やかな笑みを向け、グライツが言った。


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