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あの頃私は……まだ人間だった。
二十の誕生日を迎えたばかりだったが、国では……今は亡きアクトーブでは戦争の真っ最中だったよ。
私は生まれつき魔法の才能を持っていたからな、近々徴兵される予定だったんだ。
もちろん、私もその頃は愛国心をもっていたよ。
人並みにはな。
だが……徴兵の前日に兵舎と役所が吹き飛ばされてな、私達は死に物狂いで逃げたんだ。
雪が舞い始めた枯れた森の中を着の身着のままで走ったよ。
後ろからは敵、反魔法使い達の銃弾が体をかすめては目の前の味方の体にめり込んでいったな。
そんな時だ、ついに私の体にも銃弾が突き刺さったんだ。
ちょうどこのあたり、そう、背中から入って左胸から抜けていったな。
すさまじい熱に耐えきれずに崩れ落ちたよ。
口から生ぬるいものが出て、顔に枯れ葉と土が触れて。
目の前が真っ暗になった。
私は……気が付いたら焚火のそばで眠っていたんだ。
周りには何人もの人間がいて、私が目覚めたら喜んでいたよ。
なぶりものにされるのかと思ったが、聞いてみれば国を騒がせている孤児院という反戦組織だったんだ。
そのリーダーに、私は一目ぼれをした。
どんな姿だったかって?
ああ、珍しい髪だったな。
銀色の髪が真上に逆立っていて、青い瞳がきらきらと輝いていたよ。
年齢は……そう、私と同い年だ。
いつもあいつを見上げては、話しかけていたな。
あの頃の私はまだ人間らしい感情があったし、こんな話し方じゃなかったんだ。
ただひたすらに、あいつを知りたかった。
――――
「へぇー。エヴァンジェリンさんも乙女だったんれすねー」
呂律の回っていない口調でコレットが言う。
こっくりこっくりと首が上下している。
「それれー、そのひとの名前はー?」
眼の焦点が定まっていない。
「……ふふ、もう忘れてしまったよ」
街灯に照らされた町の風景を眺めながらエヴァが言う。
「えー? 本当れすかー?」
「本当だよ」
眼を細めてエヴァが言う。
――――
それで私は、めでたく孤児院の悪魔になったんだ。
孤児院は、戦争終結のために走っていたよ。
戦争参加者全員を鎮圧すること、これが目標だった。
あの頃は本当に大変だった。
逃げる人々とは逆に走って、戦場で自分たち以外の奴らをばったばったと倒していくんだ。
あいつは戦い方もすさまじかったな。
闇属性の使い手で、あいつが手をかざした場所では眠るように人が倒れていったよ。
まだ私は思いを伝えられなかった。
女は私を含めて八人いてな、良くそういう話になった。
あのときは十八人がメンバーで、みんなひどく仲が良かった。
たわいもない話をしては、笑い合っていたな。
そう、あいつのことを好いているやつもいた。
あの頃は私も若かった。
譲るつもりなんてなかったよ。
だが、恋敵、メルとステフとは親友だった。
同じ男を好いたから、わかりあえたんだ。
――――
ちらりとエヴァが視線をやると、コレットは机に突っ伏してすうすうと寝息を立てていた。
エヴァは笑みを浮かべながら、コレットを優しく抱き抱える。
「……お前みたいなやつもいたよ。コレット。私の後に入ってきた奴で、九人目の女だった」
そのままエヴァは扉を開け、コレットをベッドに寝かせる。
「あいつの名前は、アサカといったな。無邪気で、素直な女だった」
エヴァはコレットの寝息を聞き、笑みを浮かべて部屋から立ち去る。
自分の席に腰かけると、椅子がきしんだ。
「(忘れてしまえば、どんなにかは楽だろうな……)」
ぼうっとした目つきで、エヴァは街灯に照らされた街を眺める。
「アシュレイ」
ぽつり、とエヴァがつぶやいた。
彼女が忘れたといった、孤児院のリーダーの名前であった。
「お前の考えに、特別に異議を持つことはなかったが……これだけは言わせてくれ。この世に神なんていない。いるのは……Rex tremendae(恐ろしい御稜威の王)だけだ」
それだけつぶやくと、エヴァは背もたれに深くもたれかかり、眼を閉じた。