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4-6

「えー、次のニュースです。本日午後三時ごろ、シェズナ公国にて大規模な船のジャック事件が起きました」

 テレビの画面に客船の様子が映し出される。

 映像が荒い。

「一時は人質が取られましたが、警備隊が決死の突入を試み、見事人質を解放しました。この事件について防衛省のアダム・ギッテルマン大臣は――」

 若干頭のはげかけたキャスターがそんなニュースを読み上げている。

 ふ、とミハエルが口の端を釣り上げた。

「放送局はうまいことやってくれたようですね」

 ミハエルの隣ではグライツが胸をなでおろしている。

「そう神経質になる必要もないさ。万一ばれたとしても、シェズナの式典にいた元軍人、というだけだしな」

 孤児院の事務室で、ミハエルとグライツがそんな話をしている。

「して、その……新世界を目指す組織というのは?」

 テレビの中では夏の到来を告げるようなニュースが流れている。

 まだまだ夏の日和ではないが、ヒマワリの花畑が映し出されていた。

「情報が入るまでは黙認、だ。こちらに危害を加えてくるならば抗戦するがな」

 カチャリ、とドアが開き、双子が二人を呼ぶ。

 夕食の時間が訪れるのだ。

 グライツが車椅子を押し、席まで歩く。

「足、痛みますか?」

「何、この程度はどうということはないさ」

 ミハエルとコレットの間に腰かけたグライツが心配そうにミハエルを見つめている。

「良く言うな。両アキレス腱を引きちぎられたというのに」

 頬杖をついたエヴァがつまらなそうにそういう。

「まあ、もとより自由のほとんど聞かない足だ。今更どうにでもなれ、だ」

 笑みを浮かべてミハエルが言う。

 双子とコレットによって料理が運ばれている。

「さあ、おめしあがりくださいまし」

 エテルの言葉で食事が始まる。

 全員が手を合わせ、いただきます、と唱和する。

「ところでシャンツェ、お前は今日何をしてたんだ?」

 かぼちゃのスープを口に運びながらエヴァが尋ねる。

「戦闘訓練と鍛錬ですよ。今日は依頼人が一人も来ませんでしたから」

 さらっとグライツはそう言うと、エヴァが笑みを浮かべた。

「ほう、それじゃあそろそろ私とやってみるか?」

 グライツがむせ返る。

「まあ冗談だがな。しっかし、お前鍛錬してると言ってもなんだその体は。ひょろひょろじゃないか」

「こういう体質です。食べても太りませんし、筋肉も分厚くはつきません。こう見えても、薄い筋肉が覆ってるんですよ?」

 器用にナイフとフォークでオムレツを口に運びながらグライツが言う。

「ほう。じゃあ今日は久しぶりに一緒に風呂でも入るか?」

 コレットとグライツがむせ返る。

「……お前ら、それ町で流行ってるのか?」

「入りません! それに流行ってもいません!!」

「久しぶりに、ってどういうことですか!? ウォル!? どういうことなの!? あなたリエイアちゃん一筋じゃないの!?」

 今にもつかみかからんばかりのコレットが半ば叫ぶように言う。

 ミハエルと双子はにやにやとその様子を見つめている。

「あー……十四年ぶりか? そんなもんだろ?」

 コレットににやにや笑いを向けながらエヴァが言う。

 それに気づいたコレットははっとした顔でエヴァをにらんだ。

「な、なんだ。そうよね。うん、私ったら何勘違いしてたのかしら」

 一人で顔を染めたコレットがぶんぶんと首を振りながらつぶやく。

「まあ、私は一向に構わんがな。そうだコレット、シャンツェの代わりに私に付き合え。裸で語らおうじゃないか」

 なぜかこんな流れになり、グライツは口元を釣り上げて力なく笑っている。

「エヴァ、浴室の場所は……」

「ああ、地下にプール並みのを作ったはずだ。温泉を引き込んでいたな?」

 楽しそうにエヴァが言う。

「……なんかこの組織って本当フリーダムよね」

 コレットが言うと、グライツがうなづいた。

「だが、それが良い」


――――


 パシャパシャと水音を響かせながら、エヴァが浴槽を歩いて真ん中ほどまで進んでいる。

 一応タオルで隠してはいるが、羞恥などない堂々とした歩みであった。

 いつも黒いローブで覆い隠されている肢体はどう見ても二十代のそれだ。

 体の前では大きいとは言えないが、形のよい胸がタオルで形作られている。

 髪が湯に入らないようにしっかりとヘアピンで留めている。

「なーにを恥ずかしがっているんだ?」

 エヴァの青い瞳は湯気の奥を見据えていた。

 しっかりとタオルで隠しているのに、なぜかコレットは浴槽に入ろうとしない。

「……傷か?」

 湯気でかすんでいるコレットの姿が震えた。

 エヴァは浴槽で胡坐をかき、肩まで湯につかる。

「別段珍しくもない。はずかしがるようなことじゃないし、嫌うものでもない。私はそれを見てどうこうするというわけでもない」

 声が反響する。

「風邪ひくぞ。早くこい」

 その言葉に、コレットはゆっくりと歩みを進める。

 掛け湯をしてから、エヴァの隣まで歩んでいく。

 微妙な距離をあけて湯につかっている。

「東の方、クローシャ大陸では一般的なものだそうだ。体が芯から休まる」

 ふー、と息を吐き、エヴァがコレットをみる。

 コレットは年齢相応の体つきで、エヴァよりも若干胸は小さい。

「……傷、みても平気って本当ですか?」

「私は地獄を見てきてるんだぞ?」

 はぁ、とため息をつきながらエヴァが言うと、コレットはタオルを少し下げた。

 左肩から斜めに、赤黒い線が走っていた。

「堂々としていろ。縮こまっているだけではチャンスは来ないぞ」

 傷を見つめながら、力強くエヴァが言う。

「へ? それどういう――」

「ん? お前シャンツェに気があるんじゃないのか?」

 エヴァがさらりとそう言うとコレットの顔が真っ赤に染まった。

「そんなわけないじゃないですか!」

 勢いよく立ちあがりながらコレットが叫ぶ。

 タオルがずり落ち掛けたため、あわてて押さえている。

 右のわき腹まで、一本の黒い線が走っていた。

「まあ、私には関係のないことだがな。色恋沙汰はとうに忘れたよ」

 ふふ、と自嘲気味な笑みを浮かべ、エヴァが言う。

「へ? てっきりミハエルさんと結婚してるのかと思ってましたけど――」

 はあ!? という絶叫が浴室に響く。

「お前な……まあ、若いあいつはなかなかに良い男だったがな」

 エヴァがこほんと咳ばらいをし、目を細めて天井を見つめる。

「じゃあ――」

「あいつはこれ以上ないくらいの純情だよ。いまだに失われた影を追っている」

 それだけつぶやくと、エヴァは頭を振った。

「さて、のぼせないうちに上がるか」

 ぱしゃっという音を響かせながら、エヴァが湯をかき分けてゆく。

「ちょっ! ちょっと! もっと詳しく教えてくださいよ!」

 ばしゃばしゃと湯をかき、コレットがエヴァの後を追った。


――――


「エヴァンジェリンさーん! 教えてくださいよー!」

 コレットはあられもない恰好でエヴァにしがみついていた。

 顔を真っ赤に上気させている。

 事の発端は数分前、エヴァが冷蔵庫から取り出してグラスに入れていた一杯のウォッカが原因である。

 コレットが水と間違えて飲んでしまったのだ。

 そんなわけでコレットは今大変な酔っ払いであり、面倒見の良いグライツですらさじを投げてミハエルと勝ち目のないチェスをしている。

「あー! うるさい! うるさい!!」

 振りほどこうにもがっちりと首をホールドされているため、ほどけないのだ。

 ミハエルとグライツはそんな様子を見ながら笑みを浮かべている。

「ミハエルに聞け! そのことは私の管轄じゃない!!」

 ぶんぶんと体を振り、コレットを振り落とそうとするがまるで効果がない。

「ちーがーいーまーすー! エヴァンジェリンさんの色恋の話ですー!!」

 その言葉に、二人の男の笑いが小さく響く。

 その瞬間、ミハエルとグライツに凍てつくような殺気のまなざしが向けられた。

 殺気の塊を向けられた二人は軽く咳払いをするとこそこそと部屋から逃げ出した。

 バタンとドアが閉まったことを確認すると同時に、エヴァはため息をついて椅子に掛けた。

 背もたれに器用にコレットが乗っている。

「わかったわかった。話すから離せ」

 目をつむってエヴァが言葉を吐き出す。

 根負けしたようだ。

 言われた通りコレットはエヴァから手を離し、エヴァの向かい、エテルの席に高速で腰かけた。

 期待に目を輝かせている。

「……あれは五百年前の寒い冬の日だった」

 エヴァの言葉で物語の幕が上げられた。


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