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4-5

「ずいぶんと暴れてくれたなぁ?」

 コツコツと靴音を響かせて現れたのは金髪の女性であった。

 青い軍服を纏った女性である。

 切れ長の黄色い瞳、シェズナ人であった。

「国内に裏切り者がいたのか」

 心底残念そうにミハエルがつぶやく。

 床にはいつくばっているが、抵抗するそぶりは無い。

「裏切り者? 改革者と呼んでくれたまえ。私たちはこの腐った世界を変えるために動いているのだよ」

 女が大仰な身振りで言う。

「申し送れたな。私はフィーア・オニキス。将来、新世界で重要なポストにつく人間だ」

 新世界、という言葉が出た瞬間、ミハエルが噴出した。

 冷たい金色のフィーアの瞳がミハエルを捉える。

「何がおかしい?」

「新世界? そんなものを作ろうとしているのかね?」

 蛇の瞳のミハエルがフィーアをにらみつける。

 フィーアの瞳と交わったその瞬間、ブツンという大きな音とともにミハエルの両足首から血が噴出した。

「ぐぉ……ッ!?」

 アキレス腱を切られたようだ。

「同士を葬った代金はきっちりと返してやる。いまなら復讐の気持ちをプレゼントしようじゃないか」

 汗を浮かべたミハエルの体が光り輝き、雷鳴がとどろいた。

 至近距離からの放電である。

 しかし、フィーアはダメージを受けている様子も無く、平然とたっていた。

 その様子を見てミハエルは苦い顔をした。

「雷魔法とは、めずらしいなぁ? おかげで盾が吹き飛んだぞ?」

 勝利を確信したのだろうか、頭を押さえつけるものはすでに消えていた。

 ミハエルが起き上がろうと動いた瞬間、フィーアがミハエルの顔面をサッカーボールのように思いっきり蹴り飛ばした。

 ミハエルが窓際に追い詰められてゆく。

「簡単には殺さないぞ? 同士を葬ったのだ。生まれてきたことを後悔させるくらいにいたぶってやる」

 どこまでも冷たい声で、フィーアが言う。

「オーヴィシェル・ルイナ・アンクィリエ」

 聞きなれない言葉であった。

 だが、フィーアがその言葉をつぶやいた瞬間にミハエルの背筋に悪寒が走った。

「カース・ドール(忌み人形)か……これは分が悪い」

 力の無い笑みを浮かべたミハエルは言葉の意味を知っていたのだ。

 自らの魔力を死霊に分け与え、自らの道具とする魔法。

 今は失われたとされる、闇属性魔法の一端である。

「物知りだなぁ? さすがはケファウスとの戦争を生き抜いただけはある」

 フィーアが右手を上げると、ミハエルの四肢が見えない何かによって拘束される。

「いかにも。今はすっかり失われた闇魔法使いの一人だよ。我々はこの強力な武器を復活させているのでなぁ」

 フィーアがカカトでミハエルの顔面をゴリゴリと踏みつけながらそう説明する。

「ひとつお願いを聞いてくれないか?」

 汗を流したミハエルがフィーアを見つめる。

 目にはありありと恐怖を浮かべている。

「なにを言ってるんだぁ? こういうのは大体話を聞いてるバカが死ぬってのが相場だろ?」

 フィーアは右手を上げたまま、左手を服の中に突っ込み、一丁の銃を引き出した。

 銀色の、銃身の長いリボルバーである。

「シェズナの武器でシェズナ人が死ぬとは、滑稽なもんだなぁ?」

 フィーアが笑いながら劇鉄を起こした瞬間、ミハエルが狂ったように笑い出した。

「どうしたぁ? 気でも触れたかぁ?」

 冷静に歩み寄り、フィーアがミハエルの眉間に銃を向ける。

「いやね、あまりにも想像通りにことが運ぶ。チェスよりもずっと楽しいな」

 こつり、とフィーアがミハエルへの一歩を踏み出したとき、突然フィーアの左手が消え去った。

 手首から血が噴き出し、ミハエルを血で染める。

「っぎゃあぁぁぁぁッッ!!」

 まるでくりぬかれたようになめらかな断面の手首を押さえたまま、フィーアは後ずさる。

 後ろ向きに右足を一歩戻した瞬間、ボコンという音とともに右足もくり抜かれていた。

 耳をつんざくような声が船内に響く。

「私を見くびりすぎたな。敗因はそれだ」

 四肢の拘束が解かれたミハエルは壁づたいに何とか立ち上がり、床にうずくまるフィーアを見下ろす。

 恐怖などない、冷たい瞳であった。

「なんで……どんな魔法を……」

 体を丸めて傷口を圧迫しているフィーアが尋ねる。

「第一魔法実験歩兵隊のころに仕込まれた魔法でね。空間魔法だよ」

 崩れるように椅子に腰かけ、ミハエルが答える。

「久しぶりに面白い戦いができたぞ、ミス・オニキス」

 慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、ミハエルが言う。

「は……ははは……! 私が本気でやっても……! 手前には楽しむ余裕があったのかよ……! バケモノめ……!」

 フィーアが体を震わせ、短くしゃくりあげる。

 ミハエルはそんな様子をみながら、一人心の中に冷たい炎を灯していた。


――――


「本当に、なんとお礼を言ってよいやら……」

 肩で息をするレオノーレが車椅子に腰かけるミハエルに頭を下げる。

「おやめください。あなたが頭を下げられては私は地面に頭をつけねばなりません」

 玉座の間にて、ミハエルとレオノーレ、それにエヴァが事後の話し合いをしていた。

「それで、その女、いや、その組織というのはどんな組織なんだ?」

 床に胡坐をかいているエヴァがミハエルに尋ねる。

「さぁな。腐った世界を変える、と言っていたが……」

「彼女たちから取り調べをしている最中です。何か情報をつかんだら、すぐにでもあなた方にお知らせしますよ」

 レオノーレが人懐っこそうな笑みを浮かべる。

「そうだ、報酬をお支払いしなければ」

 思い出したようにレオノーレがそうつぶやくと、エヴァが手で制した。

「及ばん。情報と引き換えでいい」

「楽な仕事でしたから」

「まぁ……それでしたら、治療費だけでもお受け取りください。心が痛みます」

 心底お人よしの吸血鬼だが、こんな彼女だからこそ民が付いてくるのかもしれない。

「よし、事後処理も終わりだ。何かあれば孤児院へ」

 エヴァが踵を返し、ミハエルの車椅子を押して部屋を出ていく。

 レオノーレはいつまでもその後ろ姿を見つめていた。


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