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ミハエルが金色の目を開けると、そこは甲板であった。
ちょうど甲板の先端に現れたのだ。
海風がミハエルの白衣を揺らす中、何人もの視線がミハエルを捕らえていた。
「し、侵入者! 一名!!」
「射撃開始! 各自の判断で行動しろ!」
客船を占拠している者、テロリストたちが口々にそう叫ぶ。
皆一様に濃い緑色の衣装を身に着けている。
口元をマスクで覆い、目だけを出しているため、男女の判断がつかない。
「ああ、待て待て。私は――」
ミハエルが杖の先端をレイピアのように前に突き出してそういうが、前方から何発もの銃声が響く。
普通であれば銃弾がまともにミハエルを貫いたであろうが、銃弾はなぜかミハエルに届かず、杖の周囲を漂うようにふわふわと浮いている。
「話し合いに来たのだ。殺し合いじゃない」
ミハエルが杖を下に振ると、からからと音を立てて銃弾が甲板に散らばる。
「だが、君たちが望むのならそれを叶えよう」
兵士たちは唖然とした表情でミハエルを見つめていた。
「君たちならば、瞬きをする間に鎮圧できる。どうする? 私とやり合ってみるか?」
笑みを浮かべてはいるが、言っていることは尋常ではない。
「ふッ! ざッ! けッ! んッ! なッ! 老いぼれェェェェ!!」
一番先頭にいたテロリストが銃を構え、ミハエルに走り寄りながら引き金を引く。
銃口から銃弾がばら撒かれミハエルに襲い掛かるが、杖を突き出すとまるで磁石のように杖に引き寄せられてゆく。
ミハエルはそのさまを見て笑みを浮かべていた。
「私も君くらい元気なときがあったよ。年はとりたくないな」
ふわふわと漂う銃弾をひとつ指でつかみとり、左手で銃弾を包み込む。
銃弾の先端がテロリストに向いている。
次に杖を持った右手で左手の小指側をトン、とたたいた瞬間、ミハエルの手から火花がほとばしった。 銃弾はほんの三メートルほどまで接近していた男の顔面を直撃し、骨と赤い肉を飛び散らしながら黄昏に染まる空へと消えていった。
顔面をこそぎとられた男はすでに絶命しているに違いないが、ビクビクと細かく痙攣をしながら血を噴出していた。
――――
「あーあ、こりゃあ生存者なしだな」
退屈そうにエヴァがつぶやいている。
甲板の様子が丸見えなのだ。
銃声と、そのあとのパキュッ! という音。
それだけで状況が推察できてしまう。
ミハエルはレールガンの原理を自身で使用しているのだ。
左手をレール、右手を電源として銃弾を放出し、超速度で銃弾を放出する。
電熱に銃身が耐えられない、大電力を必要とするなどの理由でお蔵入りとなったシェズナの技術である。
「まだ遊んでるな。あいつも溜まってたのかな?」
ふあぁ、と一声あくびをし、エヴァが退屈そうにそうつぶやいた。
稲光と同時に雷鳴がとどろき、周囲が一瞬だけ真っ白な光に包まれるのと同時であった。
――――
「まだやるかね?」
杖を甲板につき、大きく息を吸い込みながらミハエルが言う。
体からぱちぱちと静電気がほとばしっている。
先ほどまでミハエルに銃を向けていたテロリストたちは甲板に崩れ落ち、体を弓なりにそらせて痙攣していた。
以前ミハエルが孤児院で放った、エレクトリック・カフェを展開したのだ。
自身の魔力を電気に変換し、空中に放電する。
原理としては雷魔法の初歩の初歩なのだが、錬度が並大抵ではない。
その気になれば、船ごと感電させることもできるだろうか。
ミハエルはつまらなそうに息を吐くと、こつこつと杖の音を響かせて甲板から船内に移動してゆく。
不気味なほどに静まり返った船内をミハエルが歩いていくが、まるで人の気配がない。
船内の案内板を頼りに食堂へとたどり着く。
慎重に内部を覗き込むと、数人のテロリストと人質がいた。
数が合わない。
そんなことを考えていると、後ろから硬いものが頭に突きつけられた。
「ヘイ、オールド。スパイごっこにしちゃあお年が召していませんかい?」
男の声だ。
ミハエルの頭には黒く輝く銃が押し当てられていた。
ゼロ距離ともなれば、磁力誘導で回避もできない。
ミハエルは両手をあげる。
汗はかいていない。
「杖をおきな。三秒以内に。三、二――」
一、と男が数えようとした瞬間、ミハエルの体が光り、稲光が周囲を包んだ。
同時にドーンという音が響き、食堂の扉が吹き飛んだ。
「な、何だ!?」
内部では数人の男女のわめき声が聞こえる。
ミハエルは杖を突きながら、一歩一歩歩を進めていった。
――――
食堂に踏み入ったミハエルがにっこりと微笑む
「こんにちは。諸君」
ミハエルに何十もの銃口が向いている。
どうやら扉から隠れて見えなかったのが何人かいたらしい。
「甲板でのアレはアンタのせいか?」
男の声がそうたずねる。
「いかにも」
うなづき、ミハエルが言う。
テロリストの一人が人質である女性をつかみ、盾のようにミハエルとの間においた。
女性は悲鳴を上げ、足を震わせている。
軍服を着ていないので、シェズナ人ではないようだ。
「はっはァ!! どうするねオイボレェ!!」
盾を手にした男が叫ぶと、周囲も同じようなことをしている
テロリスト全員が盾を持ち、銃を打ち出した。
しかし、銃弾がミハエルの体を掠めることはあっても直撃することはない。
曲線を描くように、ミハエルの体をそれていくのだ。
ミハエルが悲しそうに頭を振り、ベルトに挟んでいた銀色の銃を取り出す。
銃弾が体を掠め続ける中、意に解する様子も無く引き金を引いた。
吸い寄せられるように弾丸が腕に向かう。
目の前でテロリストの腕と頭が吹き飛ぶ。
命の消えた持ち主から放り出された盾は立ち上がることもできずに震えていた。
「君たちが人質を殺すのが早いか、私が君たちを殺すのが早いか、試してみるかね?」
くるくると銃を回しながらミハエルがいうと、テロリストたちは見つめあい、うなづいた。
銃を投げ捨て、両手を挙げていた。
「降参だ」
心底憎たらしそうに男がつぶやく。
「よろしい。両手を頭の後ろで組んで床に伏せろ」
ミハエルがそう命令すると、テロリストたちは指示に従う。
その間にミハエルは人質たちを解放していた。
解放された人質は我先にと船の出口へと走っていく。
どうやら来賓の船だったらしく、シェズナ人らしき姿は見つけられない。
「甲板で五人殺した。後何人いる?」
ミハエルが銃を頭に突きつけながら尋ねる。
「三人だ」
男の声が答える。
聞かれたこと以外は答えないつもりらしい。
「よろしい。それでは次――」
ミハエルが口を開いた瞬間、何者かに頭を踏みつけられるような衝撃が襲い掛かった。
手をつくこともできず、ミハエルは顔面から床に倒れた。